車輪は回る

(これは大変なことになったぞ……)

 劉協は焦っていた。

 なにしろ女の口は軽い。

 この一軒は曹操の耳には必ず入るだろう。

『噂をすれば曹操が』と宮廷で言われるほどである。

 人々の間でどのように噂されるか……。

 想像するだけでぞっとする。

 曹操は必ず圧力をかけてくる。

 これまでもそうだった。

 力づくでも従わせようとする。

 曹操にとって、漢の皇帝なぞ意思を持たぬ土偶のような存在にすぎない。

(だが……)

 劉協はふと思う。

 曹節はこうなることをあらかじめ予感していたのではないか……。

 女だけの文学論とは、ずいぶんと風流なことを考えたものだと劉協は感心していた。

 しかし、である。

 文学を論ずるはずの高尚な場所が、なぜか夫婦の営みを語り合う場になってしまった。

 そもそも、曹華が火種であった。

 劉協が三姉妹をいまだに抱いていないなどと言ったのである。

 その場にいた女たち、少なくとも姉の清河長公主はあちこちに言うだろう。

(だが、これは曹節が仕組んだことではあるまいか……)

 疑念が、劉協の胸のなかに生まれていた。

 最初は米粒のように小さかった。しかし一度疑いだすと疑念は一気に膨張して劉協の心のなかを支配していった。

(朕は、あの女から逃げられないのではないか……)

 ふと、劉協は背中に視線を感じたので思わず振り返った。

 曹節だった。

 劉協は声をかけられるまで気づいていなかった。

 壁に手をあてて、物陰からずっと劉協のことを見ているのだった。

「陛下、あたし待ってますから」

 曹節は静かに言った。

「陛下が愛してくれるまでずっと待っていますから」

 劉協の全身から冷や汗が流れ出た。

 緊張のあまり喉が渇いた。

 が、劉協は動けなかった。

 曹節も愛する人をじっと見すえたまま、その場を動こうとはしなかった。

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