余談

おまけ。猫又のその後











「いい天気ねえ」

 にゃあ。

「お洗濯日和ね」

 にゃあ。

「日向ぼっこにはもってこいよね」

 にゃあ。

「マリー、ご機嫌ね」

 にゃあー。

 焦げ茶色の毛並みをした猫が長く鳴いた。

 主人らしい娘は座りこんだまま、隣でゆったりと尾を動かす猫を見やる。

「ずっとその機嫌のままいてほしいわ」

 娘は穏やかに微笑んだ。

「だからマリー、今日はお風呂に入りましょう?」

 みゃー……

 即座に不満そうな声が返る。

 娘が手を伸ばすと、猫はすぐさま飛びあがって距離を取った。首にさがった鈴が澄んだ音を立てる。泣きそうな黄色の目が主人に訴えていた。

「どうしてそんなにお風呂が嫌なの?」

 にゃー。

「普段はいい子なのに……」

 娘は溜め息をついて、乱れた髪を手櫛で整えた。ついでに泥だらけの服をぱたぱたとはたいていく。

 そばには小さな桶がひっくり返っていた。濡れた芝生が陽光を反射し、きらきらと輝いている。

 濡れそぼった猫は体を震わせ水滴を弾くと、毛づくろいを始めた。

「ねえマリー、まだ汚れが落ちていないわ」

 にゃあ。

「きれいになったら気持ちいいと思うの」

 にゃあ。

「マリーはいい子だもの、少しくらい我慢できるわよね?」

 賢い猫は、それには返事をしなかった。やはり切なそうな瞳で、小さな耳を左右に伏せ、じっと主人を見つめる。

 困ったわ、と呟くと、娘はひとまず猫から視線を外し、再び空を見上げた。

「……いい天気ねえ」

 にゃあ。

「無理矢理洗おうとしたら、また家出しちゃうのかしら」

 にゃあ?

 猫は人間のように首をかしげた。

「マリーがいない間、わたし、とても心配したのよ?」

 にゃあ。

「なにかひどいことしちゃったのかしらって、ずっと悩んでいたの」

 にゃあ。

 ととと、とやってきた猫は、主人の腿に顔をすりよせると、その傍に寝そべった。上機嫌な尾が綿帽子のように娘の足を叩く。

 娘は困り果てた表情で嘆息した。そして再度空を仰ぐ。

「マリー、いい天気ね」

 にゃあ。

「お洗濯したら、すぐ乾いちゃうわね」

 にゃあ。

「日向ぼっこも楽しいわね」

 にゃあ。

「だからお風呂に入りましょ?」

 ……………

「……………」

 主人と猫の攻防は続く。

 その頭上で、のんびりと雲が流れていった。

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