余談
おまけ。その後のクレア
「何を企んでるの!?」
魔女の家に飛び込んできたのは、ひとりの少女だった。
突然決めつけられ、魔女は目を丸くする。膝の上に本を置いた姿勢のまま、可愛らしく小首をかしげて闖入者に問いかけた。
「なんのことでしょう?」
「しらばっくれないで! ユーインをたらしこんで、一体何をするつもりなの?」
「ク、クレア!」
あとから入ってきた若き勇者がクレアを制する。
だが、彼女は構わず魔女を睨みつけた。
「あのバカがここに通ってるってことは知ってるのよ! 魅了の魔法でもかけたんでしょ!」
「ひどい言いがかりです」
余裕の微笑みを返す魔女。
「勝手に魅了されたのは彼の方ですよ」
「ぬ……ぬけぬけと!」
クレアは拳を震わせた。
強気を装った瞳が怯えていることに、魔女は気づいていたが、知らぬふりをして本のページをめくる。
その態度がまた怒りを煽ったようで、クレアは怒声を弾けさせた。
「どうせ、ユーインからイルフェード様の情報を聞き出そうって魂胆でしょ! 勇者は魔女の天敵だから!」
「勇者様の、ね……」
優雅に笑って、魔女はイルフェードを一瞥する。
若き勇者は、成り行きをハラハラと見守りながらも、いつでも腰の剣を抜けるよう緊張していた。
「私から勇者様の話を出したことはありませんよ」
「なにをっ……」
クレアの反論を、魔女は視線だけで抑え込んだ。
細められた黒眼が、濡れたような艶を帯び、戦慄さえ覚えるほどの不気味な色気を漂わせる。
二人が完全に凍りついたのを確認してから、魔女は甘く囁いた。
「ベッドの上で他の男の話なんて、無粋でしょう?」
クレアは絶句し――そして瞬く間に顔を赤く染め上げた。呼吸困難にでも陥ったように口をぱくぱくと動かし、泣きそうな表情で肩を震わせる。
「ふっ……」
潤んだ瞳から涙が溢れる前に。イルフェードが声を掛ける前に。
「不潔よ――っ!」
絶叫すると、すさまじい勢いで駆け去っていった。
イルフェードはあとを追いかけたが、魔女がくっと声を漏らし、体を折って、どうやら爆笑しているらしいと知ると、ひとまず足を止める。
「……すみません、魔女殿。彼女はこう――あの通り、少し感情的なところがあって」
「可愛らしいことですね」
「ああいう冗談は通じないんです」
「冗談とは言っていませんけど?」
「……え?」
イルフェードの顔が凝固する。
その素直な反応に魔女は大層満足したらしく、小鳥のように笑って、冗談です、と返した。
若き勇者は頬を引きつらせる。
「――それで」
魔女は静かに本を閉じた。
「相棒をそそのかす魔女を、あなたはどうします?」
「……どうも」
イルフェードが苦笑してかぶりを振る。剣の柄に触れ、そしてすぐに離した。
「あいつは、魔女の呪に捕らわれるような奴じゃありませんよ。そうでなきゃ、この剣はとっくにあなたに向いてる」
「これはこれは」
細い指先を唇に寄せ、鷹と呼ばれる魔女はおかしそうに目を細めた。
「では、精々爪を隠しておくとしましょうか」
少なくとも、ウサギに飽きない間はね――
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