鷹とでたらめな魔法3

「おかえりなさい。鍵はありませんでしたか?」

 収穫なく書斎に戻ってきたユーインを、魔女はそう言って出迎えた。椅子に座り悠々と足など組んでいる。これが自宅であれば、のんびりと茶でもすすっていたに違いない。

「……何。その言い方」

 ユーインは口角をひくつかせた。

「なかったのでしょう?」

「なかったけど……まさか、クロさん知って」

「確信したのはあなたが出ていったあとです」

「……………」

 推測でも可能性があるなら先に言ってくれればいいのに、とユーインは思ったが、魔女にそんな素直な優しさなど求めるだけ無駄だろう。

 クロは知らん顔のまま腰を上げ、彼とすれ違った。

「ゲームは終わりです。地下へ行きますよ」

「地下?」

「このでたらめな魔法を生み出しているものが、そこにあります」



 冷たい石造りの階段をおりていく。

 使い魔の少年が先回りをしたのか、両側の壁に備え付けられたロウソクには、灯したばかりと思われる火がちらちらと揺れていた。

「――多種の魔法を組み込まれた魔法装置ねえ」

 頑として先頭を譲らなかったユーインが、慎重に足元を確認しながら呟く。

「それが暴走して、装置内部の魔法を適当に放出してるって?」

「ええ。屋敷内にある無数の魔法はそれが原因です」

 クロは若干疲れたように答える。

「放っておけば融合して暴発しかねません。主人が作ったものを自分が壊すのは忍びないので、誰かに何とかしてほしかったと」

「じゃあ初めからそう言やあいいのに……」

「主が主なら使い魔も使い魔ですね」

 ユーインは一瞬だけ肩越しにクロを振り返った。

「……じゃあウメもそのうちこうなるのか」

「具体的にどうぞ」

「さぞ美しく賢く素晴らしい使い魔になるんだろうなと」

「あなたほどではないでしょう」

 磨き抜かれた刃物のようにすっぱりと言い切られて、ユーインはそれ以上余計な発言をするのはやめた。黙々と先を進む。

 やがて階段の終わりに小さな扉が見えた。ユーインは注意深くノブをひねり、ゆっくりと開いていく。

 か細い旋律が漂ってきた。リズムは軽快だが、どこか寂しげな音の流れ。

「オルゴールか」

 狭い部屋の中央――古びた机の上に、小さな楽器が置かれていた。木製の箱だ。側面についたハンドルがくるくると回転し、音楽を奏でている。周りには紙片や細かな部品、工具類が散らばっていた。

「――ゴール!」

 手を打ち鳴らしながら少年が現れる。机の端に軽く腰かけ、止まらぬオルゴールを指差した。

「これこれ。これをねー、何とかしてほしいんだよ。延々動き続けてるの。まったく迷惑なことこの上ないよね。最期までイタズラすることしか考えてなかったんだから」

「……………」

 クロはフードを深くかぶり直し、うつむき加減にオルゴールを観察した。直視しては目がくたびれるのだろう。

「私は破壊するしか止める方法を知りませんが、それでも構いませんか」

「いいよ。まあちょっと残念だけど、仕方ないよね。ほうっておいたらいつか誰かに怪我をさせちゃうかも知れないし。元々、完成前に死ぬようなことがあったら壊すようにって言われてたんだ」

「出来はいいのに、もったいないな」

 オルゴールを近くで眺めていたユーインが身を離した。入れ替わりにクロの杖が乗せられる。

 その箱には何の装飾もなかった。音はよどみも濁りもなく美しいが、楽器というにはあまりにもそっけない。魔法装置だからとデザインにはこだわらなかったのか、それともこれから施すつもりだったのか――あるいは別の理由があったのか。

「黄色い花はお好きですか?」

 魔女はふいに尋ねた。

 使い魔の少年がきょとんとする。

「僕? 好きだけど」

「虹も?」

「うん。きれいだよね」

「鈴とオレンジジュースも?」

「好きだよ。何で知ってるの?」

 なるほど、とうなずいてから、クロは質問には答えず問い返した。

「では、水飴や爆竹は?」

「――好き、だけど」

 ユーインが何かに気づいたように目を見開く。

「この魔法装置に組み込まれた魔法は、すべてあなたが好きなもののようですね」

「なにそれ? どういうこと?」

「――さて」

 クロはいたずらっぽく小首をかしげた。

「あなたの主の意図など、私の知るところではありませんが」

 杖がこつりとオルゴールを叩く。

 止まる気配のないハンドル。切ない旋律は鳴りやまず、次から次へと魔法を噴き出していく。

 クロは使い魔の少年をひたと見据えた。

「もう一度お伺いします。私は止めるすべを知りません。壊すことになりますが、それでも構いませんか?」

 彼は、今度は即答しなかった。困りきった表情でオルゴールと魔女を見比べ、初めて瞳を揺るがせる。

 だが、うつむいた顔を再び上げたときには笑みを浮かべていた。

「いいよ。人に怪我をさせたら凶器になっちゃう。マスターが好きだったのは『イタズラ』だから」

「――分かりました」

 クロは目を伏せる。杖を振り上げ、そして。

 小さな楽器はあっけなく砕け散った。



 ユーインは手の中の小鳥をそっと地面に置いた。小さな体はすでに硬くなっている。もう動くことはなく、立ち上がることもさえずることもない。

 水分を含んで湿った土をかぶせていく。

「本当に律儀ですね、あなたは……」

 クロが溜め息をついた。声音には相当の呆れが混じっている。

「だって、あのまま地下に置きざりにしとくのは可哀相だし。こいつの主人もこの辺に埋まってるんだろ?」

「感傷ですよ。そんなことを気にするのは生きている者だけです。死霊になんて滅多になりませんし」

 山にした土をかためながら、ユーインは不満げにクロを見上げた。

「僧侶という職を敵に回すぞ」

「元々神さまや僧侶さまとは相容れぬ存在ですよ」

 彼はそれもそうかと納得してしまい、丁寧に土山を叩いて作業を終わらせた。さらに小さな花を摘み取って供える。

 その様子をじっと眺めていたクロが、小さな呟きを降らせた。

「……嫌いではありませんけどね」

「へ? 何か言った?」

「いいえ、何も」

 ユーインは立ち上がって腰を伸ばし、すぐそばに建つ無人の屋敷を仰いだ。

「普通、使い魔って主人が死んだら死ぬよな」

「そうですね。主人となんらかの契約をしていれば話は別ですが」

「ああ、完成前に死んだら魔法装置を壊すように言われてたって話してたっけ」

「――庭を見る限り、少なくとも数年は放置されたままだったようですけどね」

 ユーインがきょとんとすると、クロはかすかに笑って返した。

「それも感傷でしょう」

 ローブをひるがえして屋敷に背を向ける。

 ふと思い出したように、後ろをついてくるユーインに言った。

「お茶でも飲んでいきますか?」

「え。どういう風の吹きまわし?」

 ――イタズラというのは、怪我をさせなければ良いそうですよ。

 心の中だけで答えると、魔女はくるりと杖を回した。

 さて、とうがらし茶の買いだしに行かなければ。











「鷹とでたらめな魔法」了

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