余談
おまけ。ウメを連れ帰ったその後
「……何やってるの? クロさん」
戸口で立ち尽くしたまま、ユーインが問いかけた。
魔女は睨みあいの最中だった。手のひらに小さめの皿を乗せ、2メートルは離れているであろう仔犬を警戒して佇んでいる。
一方、仔犬は無邪気に尾を振って主人を見上げていた。
「ご飯を。犬に」
かたい声音で答えてから、クロはゆっくりと身を屈めて皿を床に置く。そして慎重に後退していき、いつもの椅子に腰掛けた。
待ってましたとばかりに仔犬が皿へ飛びつく。
――毎回これやってんのか。
ユーインは苦笑しつつ、クロの向かい側に腰をおろした。
が、使い魔の仔犬がエサを食べるでもなく、皿の前でうろつきだしたので、不思議に思って覗きこむ。と――
「……クロさん」
「なんです?」
魔女はもはや完全に無関心を装って読書を始めていた。
「一応聞くけど、何をあげたの?」
「野菜炒めです」
「上に乗っかってる赤いやつは?」
「とうがらしです」
「……………」
ユーインは仔犬を見て、とうがらし入りの野菜炒めを見て、それからまたクロに視線を戻した。
「あの犬、ちゃんとあれ食べてるの?」
「あげているんですが、食べませんね」
「食べない理由があるということに気づこうよ」
「食べないからといって安易にエサを変えるのはよくないと、本で」
「その本には、とうがらしはダメって書いてなかったの?」
クロは顔を上げた。容貌に似合わぬ幼い表情で、ぱちぱちと瞬きをする。
「とうがらしは駄目なんですか?」
「駄目だよ。なんで大丈夫だと思ったのか聞きたいよ」
「ちゃんと量は減らしたんですが」
「量の問題じゃないし全然減らしたようには見えない」
なるほど、と相槌を打ったクロは、しごく真面目に言った。
「わさび派ですか?」
「……とりあえず刺激物から離れようか」
「え?」
「なにその予想外ですみたいな反応」
ユーインは脱力して頭を抱えた。使い魔の仔犬はすでに与えられたエサには見向きもせず、訴えるような視線をユーインに注いでいる。
「……まさか、今までずっと何も食べてないの?」
「いいえ。自分一人で森の奥へ入って、何か食べてきているようです」
「仔犬なのにそんなサバイバル……」
「犬はわりと何でも食べる印象があったので、とうがらしも平気だろうと思ったんですが……それなら何を食べるんです?」
そもそも辛く味付けしようとする考えを改めてほしい、とユーインは思った。だが言っても無駄だということは分かっていたので、溜め息をついて立ち上がる。
「分かった、俺が買ってくるよ。ちょっと大きな町に行けばドッグフードがあるだろうから」
「ドッグフード? 犬専用のご飯? そんなのがあるんですか?」
「うん。最近出はじめたんだよ。今度からそれをあげて」
「それだけあげていればいいんですか?」
「そう。
念を押した。
察しの良い魔女は自分が責められていることをすぐ理解し、反抗的にユーインを睨んだが、当事者である仔犬が用意したエサに一切の注意も向けないので、さすがに黙ってうなずいたのだった。
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