鷹と迷子の小鳥3

 魔女は足早に通りを進んでいく。

 その手にあるのは不気味な杖ではなく、愛らしい布が敷かれた小さな籠だ。普通の町娘に見える格好をしているからか、普段では考えられないほど似合っている。

 これで少女らしい恥じらうような微笑みでも浮かべてくれれば格別可愛いのに、とユーインは溜め息をついた。

 それを耳ざとく拾ったのか、クロはちらりと視線をよこす。

 何を言ったわけでもないのに心中を読み取られた気がして、ユーインはついついあらぬ方向を見やり、とぼけたふりをした。

 クロは無言のままで町の門をくぐり、空を仰ぐ。澄んだ青空に波のごとく七色の光がにじみ、ゆらゆらと揺れて、長い翼の鳥を切り取って落とした。

「鷹さま、お待ちしておりました」

 姿を現した精霊鳥は、ぱさりと外壁の上にとまる。

 期待をこめてじっと見つめる鳥に、クロは持っていた籠を差しだした。

「――見つかりませんでした」

「……え?」

 籠は空っぽ――いや、美しく輝く小さな羽根が1枚。

「一足遅かったようです。もうここにはいません」

「どういうことですか?」

「あなたと私が感じたのはこの羽根です。本体は見つけられませんでした」

 ユーインは口を挟まずに聞いていた。クロは相変わらず淡々としている。

「比較的暖かいのも今週まででしょう。まもなく寒くなります。早く去った方がいいと思いますよ」

「鷹さま、何をおっしゃっているのですか? あの子は見つかったのでしょう? どこにいるのです?」

「いいえ。私では見つけられませんでした」

「……嘘です!」

 精霊鳥はくちばしを大きく開ける。

「鷹さまに見つけられぬはずはございません。〈鷹の目〉は遥か高みからすべてを見通す神の目にも等しきもの。鷹さま、なぜそのような嘘をつかれるのです?」

「……………」

「これだけ待っても帰って来ないのです。あの子は人間に捕まったのでしょう? 鷹さまは人間の味方をされるのですか? あの子の居場所をお教えくださいませ!」

 責め立てられても魔女は沈黙を続ける。静かに依頼者を見返していた。

「鷹さま!」

 クロは答えない。ただ、ゆるりと頭を振った。

 すると精霊鳥はだんだんと感情が冷えてきたようだった。吹いてきた風にぶるりと体を揺らし、北の方角を見やる。

 クロは静かにささやいた。

「依頼を果たせなかったのは私の力不足です。それについては謝罪します。――これ以上ここにとどまっているのは危険でしょう。季節とともに在るかぎり、精霊鳥に死の概念はない。もしかしたら、お子さんも無事でいるかもしれません」

「……………」

 精霊鳥はうなだれて、しばらく微動だにしなかった。やがて力なくはばたき、ふわりと浮きあがる。

「……残念です、鷹さま。鷹さまなら必ず見つけてくださると思っておりましたのに――」

「申し訳ありません」

「……………」

 もう文句も恨みごとも言わず、季節を追いつづける鳥は高く飛び上がった。それでも未練げに何度か上空を旋回したあと、虹色の軌跡を残して遥か天空へ消えていく。

 クロの淡白な様子は最後まで変化しなかった。手の中で籠と羽根を燃やし、炭にする。

 ユーインがちゃかすように声を掛けた。

「うーそつき」

「なんです」

「クロさんはものすごーく嘘つきだってことを今日改めて理解した」

「……………」

 彼女は返答せずに町を振り返る。

 ユーインが嘆息した。

「自分の意思で残るって言ったんじゃないか、あの子」



「――母さまが?」

 小鳥はちょこんと籠から顔を覗かせた。

「母さまが来ているのですか?」

「ええ、多分いまは町の外に」

 籠を抱える青年は困惑し、小鳥を見下ろした。

「ニコ、わたしこの方たちとお話をしたい。ちょっと離れて待っていてくれる?」

「え? で、でも」

「大丈夫、すぐに戻るから」

 彼は戸惑いつつもうなずき、そっと籠をその場に置いた。クロをうかがいながら離れていき、恐る恐るユーインとすれ違う。

 彼が角の向こうへ姿を消し、足音がさらに小さくなると、小鳥は小さな翼をはばたかせて籠から飛びでた。

「ご迷惑をおかけしました。でもごめんなさい。わたしは戻れません」

 ユーインは唖然とするが、クロは無表情を崩さなかった。

「というと?」

「わたし、あの人のそばにいたいんです」

 クロがまぶたのあたりを覆って息をつく。呆れているらしい。

「冬の精霊鳥がやってくれば、あなたはかき消されてしまいますよ。どれだけ布を巻いて部屋を暖かくしてもです。必ず新しい季節に上書きされる。それは死と同義では?」

「……分かっています」

「……………」

「あの人は今までずっと独りぼっちで、色んな辛い思いをしてきたんです。それでも迷子のわたしを拾って優しくしてくれた。わたしがいれば笑えるって、元気をもらえるって、そう言ったんです。――あの人には、冬が来る前に帰った方がいいと言われたけど……でもわたし、最期までそばにいて役に立ちたいんです」

 ぱたぱたと必死に羽根を動かして力説している。人間のような身振り手振りという意味はなく、単に思いを伝えるのに必死なのだろう。

「確かにわたし達は、季節を追っていれば永く永く生きられます。でもそれはずっとわたしとして存在しているわけじゃない。季節が終わるたびにわたし達は一度還って、生まれ変わっているんです。本当にささやかでおぼろげな記憶だけを持って。……今が過ぎれば、わたしはあの人のことをきっと忘れてしまう」

 同じ秋は二度と来ない。時の巡りと同様に。精霊鳥は不思議な存在だ。

「役に立つって、とても奇妙な心地なんですね。今までそんなこと考えもしませんでした。母さま達の生き方を否定はしないけど、ただ飛び続けて何になるのでしょう。わたし――初めて、自分に意味が持てたような気がしたんです」

「……………」

 お願いです、と小鳥は懇願した。

「母さまに会えばきっと決心が揺らいでしまうから。――だから、どうかわたしは死んだとお伝えください」

「お母上は嘆くでしょうね。それでも?」

 精霊鳥の枯葉色の目が悲しそうに揺らいだ。

 しかし芯は歪まぬまま。

「……嘆いてほしくはありません。今だって会いたい。このままお別れなんて嫌。だけど」

 彼女は決別するようにはっきりと告げた。

 ――あのひとのそばにいたいんです、と。



 クロならば意思など無視して連れ戻すことは可能だったろう。

 そもそも彼女の受けた依頼はそれだった。冒険者であれ魔女であれ、信用を売りものにしている以上、依頼の遂行がすべてである。

「嘘をつくにしても、言われた通り死んだって伝えれば良かったのに」

 わざわざ汚名をかぶることもないだろ、とユーインは続けた。

〈鷹の目〉はすべてを見通す。見つけられぬものはない。そう噂されるほどの名なのだから。

 しかし魔女は涼しい顔で町に戻り、露店に陳列された野菜を物色しはじめていた。

「魔女には傷ついて困る名誉なんてありませんから」

 魅惑的な笑顔を浮かべると、店主はあっさり相好を崩し、きれいだからオマケね! とデレデレして商品を多めに袋へ詰めだす。

 魔女が普通に買い物をしている。シュールな光景である。

 ユーインは中身の詰まったその紙袋を、クロの代わりにひょいと持ち上げた。

 クロが不思議そうに目をぱちくりさせる。

「死んだって言えばあの母鳥が悲しむから?」

 ちらりと冷たい上目遣い。

「あなたは私を買いかぶっているようです」

 ユーインは強気に言い返した。

「好きなだけ買いかぶることにした。どうせクロさんの本心なんて分からないし」

「……………」

 投げやり気味の溜め息が聞こえた。ユーインは耳に入らなかったふうを装って、荷物を持ち替える。

「しかしあれだよな。いずれまた逢える可能性もなくはないのに、一時でも確実に一緒にいる方がいいもんかね。二度と逢えなくなるのに」

「――ご自分でおっしゃったじゃないですか」

 腰をかがめて露店を眺めていたクロは、艶っぽさのかけらもない調子で言い放った。

「それが恋なのでしょう」











「鷹と迷子の小鳥」了

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