鷹と迷子の小鳥2

 嘘つきな魔女を見つけるのはそれほど苦労しなかった。尾行相手が寄り道でもしたのか、それとも歩みが遅かったのか、適当に道を進んでいただけで、壁際に佇む彼女を発見する。

 近づいていくと、振り向かぬまま冷淡な言葉だけが投げられた。

「まだ何か?」

「精霊鳥に伝言を頼まれて」

「……………」

 少しの沈黙。

 黒髪が揺れ、顔だけがユーインの方を向いた。特に驚いた表情でもなく、忌々しげな舌打ちもない。実際のところ、彼が来ようが去ろうがどちらでもいいのだろう。

「会ったんですか」

「会いました」

 黒眼が促すようにユーインを見上げる。

「子供だから、どうかよろしくってさ」

「……律儀なことですね」

「女の子は律儀な男の方がいいんだろ?」

 くす、とクロは冷やかすように笑った。

「律儀で誠実、マメで適度に嘘がうまい――ですか」

「よくご存じで」

 ユーインは舌を巻く。それは男好きで名高い、とある太后がのたまったと伝えられるセリフだ。

 いわく『男は、律儀で誠実でマメで、あとは適度に嘘のうまい者が良い』――なぜなら浮気をされても気づかずにいられるからだ。

 名と男性遍歴はそれなりに有名だが、発言もとなると、わざわざ調べでもしない限り知ることはない。マニアックな領域である。

 一体全体、普段どんな本を読んでいるのか。ユーインは疑問に思ったが、魔女はそれで会話を終わらせた。塀から離れ、小さな家屋へ接近していく。

「まあ別にいいです。彼は家に入ってしまいましたから、今更目立っても関係ありません」

「さっきの奴? 精霊鳥は希少だからな……一季の宝石つって、かなりの高値で売れるみたいだし。人は好さそうに見えたけど、目が眩んだのかね」

「季節が過ぎれば消えてしまうのに、ほんのわずかの間だけ抱え込んでどうなるというんでしょうね。理解不能です」

 あなたの方が理解不能です、とユーインは思ったものの、口には出さずに別の返答を考える。が、冷たい半眼とかち合ったので、おそらく胸中は筒抜けだろう。

 それでも知らないふりをして言った。

「そりゃ、胸くそ悪い話だけど金持ちの見栄にはなるし、手元に置いておける期間が短いからこそ尚更欲しくなるんじゃないか? ずっととどめてはいられない、一つの季節が過ぎれば去っていってしまう……あ、なんか恋みたい?」

「阿呆ですかあなたは」

「……もうちょっと柔らかく言ってくんねえかな」

 家の前でいったん足を止め、クロは少し首をかしげた。

「――あなたの頭は常春のようですね」

 彼女に柔らかさを頼んでも無理だった。

 クロは杖を召喚すると、その先端をドアノブに当てる。彼女の短い呪文に応え、かちりと鍵の回る音がした。

「クロさん、せめてノック……」

 ドアは自ら魔女を歓迎するように開いた。――かなり勢いよく。勢いあまって内側の壁に激突し、ゆらりと半分ほど戻ってくる。

 半開きになったドアの正面で、仰天した青年が凍りついていた。手には可愛らしい小さなバスケット。中から銀色の頭だけがちょこんと出ている。

「あっ――」

 思わずユーインが指を差した。

 男ふたりが硬直する中、クロは無遠慮に室内へ足を踏み入れる。

「失礼。少し捜しものをしているのですが」

「さ、捜しもの……」

 おうむ返しに呟く青年。突然の事態に混乱しているようである。だが次の言葉を耳にした瞬間、さっと顔色が変わった。

「季節外れの秋を捜しています」

 青年の背後の椅子が、けたたましい音を立てて転がった。よろめいてつまずいたらしい。

「本格的な冬がやってくる前に帰さなければなりません。その籠の中身、渡していただけませんか」

 青ざめ、おろおろと視線をさまよわせた青年は、泣きそうな顔でバスケットを背に隠した。

 クロはわずかに眉を上げる。

「それが返答ですね?」

「……す」

 彼は唇をわななかせ、息を吸い込んだ。

「す、すみませんごめんなさいっ!」

 突然叫ぶと背中を向け、ゴキブリも真っ青という駿足で窓から飛び出していく。がたたごとがたんっ、とやかましい物音。ゴミ箱でも倒したのだろう。立て続けに起こった騒音はあっという間に遠ざかった。

 おどおどした雰囲気からは想像もつかない逃げっぷりに、珍しくクロもぽかんと目を丸くする。しかしすぐに唇の端を持ち上げると、杖を振りかぶって窓枠を叩き壊した。



「クロさんってわりと力任せだよな……」

 ユーインは彼女と並走しつつ、背後をうかがった。出てきた家はすでに遠く、窓の前に散らばった木くずも確認することはできない。だが、あの惨状を見た家主はさぞ嘆くであろう。

「魔女ですから」

「なんでもかんでも職のせいにするのは卑怯だと思う」

「職ではなくさがです」

 涼しげに言い切られれば反論できない。魔女だろうがなんだろうが、しょせん女に口ゲンカでは勝てないのだ。

 ユーインは諦めて視線を戻した。さきほどから、ちらちらと視界に入っては消える青年の背中。入り組んだ路地を何度も曲がっているためだ。

「まずいな……」

 相手の足が意外に速いこともあるが、地の利はあちらにある。頻繁に曲がり角で姿を隠されては魔法で足止めすることも難しいし、角と分岐が多ければいつ見失うかもしれない。撒かれるのは時間の問題だ。

「……………」

 しびれを切らしたクロが杖をくるりと回した。ユーインはぎょっとする。

「クロさん、ここで魔法なんか使ったら――」

 が、彼女はふわりと杖に横座りしただけであった。靴底が浮き、爪先が大地から離れる。即座に察したユーインだったが、伸ばした手はむなしく宙を切った。

「自分だけずりぃ!」

「来てくれとは言ってません」

 木枯らし吹く季節にぴったりの声音で言い捨て、魔女はさっさと滑空していった。



 逃げなければ逃げなければ逃げなければ!

 彼――ニコ・サルミはひたすらそれだけを唱えていた。

 美しい小鳥が入った籠をしっかりと抱きしめ、20年の人生の中でこれ以上ないくらい必死に路地を駆け抜ける。

 子供の頃、いじめっ子たちに追いまわされた時も、ここまで死力を尽くして逃げはしなかった。体力のない彼はどうせいくらもしないうちに囲まれてしまうからだ。

「……………」

 ちら、と後ろを確認する。突然現れた男女はいまだに追跡をやめていなかった。一人は華奢そうな少女だが、もう一人は冒険者風の男である。体力勝負で勝てるはずがない。

 なんとかしなければ――と籠の中へ目を落とす。小鳥はびっくりして瞬きも忘れているようだった。

 ……なんとかしなければ。

 どれだけ強面のお兄さん方に因縁をつけられても、覚えのない親の借金のために付け回されても、きれいな娘さんの恋人だというヤクザに追いかけられても、今回だけは諦めるわけにはいかなかった。

 足が動かなくなっても逃げ続けなければいけない。

 いま自分が抱えているものは、暗く不幸続きだった人生で初めての……光なのだから。

「……あ、れ?」

 再び追手を確かめたニコは、いつの間にか追跡者が一人減っていることに気づいた。

 不審に思いつつ、もはやいくつめかも記憶していない角を曲がり、振りきるためにさらにもう一つ角を。

 ――曲がった先に黒髪の少女がいた。

「う、うわぁ!?」

 ついさっきまで後ろにいたはずで、こんなに早く先回りできる道もないはずで――さらに訳の分からないことに、彼女の背後には壁が立ちはだかっていた。ここは行き止まりではなかったはずである。

 空間を移動したかような気味悪さ。ニコはとっさに回れ右をしたが、当然のことながら、そちら側からは魔法使い風の追手が迫っている。

 逃げ場がない。

 さーっと血の気が引いた。



「……さて」

 クロはこつりと杖先を大地に当てた。もう片方の手は腰へ。わずかに足を開いて目を細め、少女の外見に不釣り合いな冷笑でも浮かべてやれば、相手がどんな印象を抱くか彼女はよく知っていた。

 案の定、気弱そうな青年はぞっとした様子で後ずさりする。

「秋の宝石を渡すのと、左胸にあるご自身の宝石を手放すのと、どちらがよろしいですか?」

 ユーインが頬を引きつらせたが、クロは気にせずじっと青年を見据えた。彼はすぐに怯んでうろたえる。泣きそうになっていた。しかし潤んだ瞳からうかがえるのは、はっきりとした拒絶の意志だ。

「ど、ど、どっちも、嫌、です……」

「……………」

 どうやら恫喝は意味がなさそうだ、とクロは早々に判断をくだした。弱腰の人間が腹をくくって徹底的に内にこもれば、北風を吹かせても逆効果というものだろう。

 竜巻でも起こして服を剥ぎ取ることは容易ではあるが――

「あんた、その鳥が秋の精霊鳥だって知ってるのか?」

 ユーインが尋ねると、青年はびくっと体を震わせてうつむいた。籠の中の小鳥がその顔を覗きこんでいる。

 クロは試しに一言投げた。

「私は母鳥に頼まれてその子を捜しに来ました」

「――母さまが?」

 だんまりだった小鳥がようやく反応し、ばさりと翼を動かして振り向いた。

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