鷹と蛇の呪い2

 公園には子供たちの姿があった。遊具など何もないただの広場で、楽しそうにはしゃぎまわっている。鬼ごっこでもしているのだろうか。悲鳴をあげて一人の少年から逃げており、その少年は一生懸命に手を伸ばして友達を捕まえようとしていた。

 たまに通りすぎる散歩中の人々も表情はゆるやかで、真昼らしい温かな日差しを受けてゆったりと歩いていた。

 ――そこへ陰気な深い紺色が侵入する。クロである。

 一目で冒険者と分かるユーインはともかく、頭から足首までをすっぽりと隠した彼女のローブ姿はかなり目立つ。遠巻きに奇異な視線を向けられているが、魔女は堂々とした足取りで進んでいた。

「……あなたまで来る必要はなかったんですけどね」

 溜め息まじりで、後ろをついてくるユーインに言い放つ。

「まーいいじゃないか。減るもんじゃないし」

「時間は減りますよ。モンスター退治こそあなた方の本業でしょう」

「大抵イルひとりで何とかなるから問題ないない」

 クロは頭痛の種を追いだすように頭を振った。しかしあまり意味はないようである。諦めてそのまま公園を横切っていく。

 向かっているのは1脚のベンチだった。正確にはそこに腰掛けている老人だろう。彼はついた杖に両手を乗せ、じっと子供たちを見守っていた。

「……………」

 クロの体が陽を遮ってようやく、老人はゆっくりと彼女に視線を向ける。ふてぶてしくにやりと口元をゆがませると、年月を経たしわがさらに深く刻まれた。

「よう、鷹」

 まるで親しい友人にそうするように、老人はひょいと片手をあげる。

 クロの返事はいささかげんなりとしていた。

「――あなたですか。勇者オーシアン」

「勇者ぁ!?」

「昔の話さ、若ぇの。今はただの隠居じじいだ」

 その口調ははきはきしている。表情も若々しく生気に満ち、まだ現役かと思わせる力強さがあった。見れば体格もよく、しっかりとした筋肉が骨を覆っているようである。

 未来の相棒の姿を見た気がして、ユーインは何となく複雑な気分になった。

「何でそんな人と知り合いなの、クロさん」

「永く生きていればそんな縁もあります」

「……………」

 不自然に黙り込んだ若い魔法使いに、魔女はからかうような視線を送った。

「『何歳の婆さんなんだ』?」

「い、いや思ってない、思ってない、そこまでは」

「正直なことですね」

 クロは再びかつての勇者へと向き直る。

「――で、どういうつもりです。ハクルースの妹をけしかけたのはあなたでしょう、遊び人スプー

「久しぶりだってのに情緒がねえな。――そうだ。兄に呪いをかけたのは〈鷹の目の魔女〉だと、俺が教えた」

「ニートじゃなくて本当に呪いなのか……」

「当たりめえだ。だからこそイリナには嘘を教えたんだよ」

 深く息をつくと、彼は公園ではしゃぐ子供たちを眺める。ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、その微笑みは優しげであった。

「あの兄妹とはこの公園で会ってな。半年ほど前だ」

「すみませんが、そこまで遡らずに要約してください」

「……本当に情緒ってもんがねえ」

 わざとらしく肩をすくめるオーシアン。ぼりぼりと色の薄くなった髪を掻き、言葉を整理するように空を仰いだ。

「――まあ、よく話すようになったわけだ。だが最近になって、兄貴のアウリスに妙な影がちらつくようになってな。それが呪いの一種だと気づいたときにはもう遅かった」

「どんな?」

「魂をほとんど奪われてる。しゃべりもしねえ、笑いもしねえ。だけど息はしていて、わずかに意識も残ってる。生きた屍だ。おめえなら思い当たる魔法もあるだろう」

「……………」

「以前から、アウリスに言い寄ってる女がいたらしくてな――」

 少し声を落とす。人に聞かれるのを避けたというよりは、単に重要なことであると教えたいのだろう。

「アウリスの様子がおかしくなる少し前から、姿を見せなくなったそうだ」

「明らかにそいつが関わってるじゃねえか! なんであんた、そこまで分かっててのんびりと――」

「そうしたいのは山々なんだがな、歩くのも辛ぇんだよ。あの兄妹に会うために、最近はふんばって毎日ここに来ていたが……」

 かつての勇者は自嘲気味に杖を揺らした。こつりと自分の足を叩く。ユーインは口をつぐみ、ばつが悪そうに目を泳がせた。

「本当のことを教えれば、イリナはそいつの所へ殴りこむだろう。だがそんなことをさせるわけにはいかねえ。なんせタチの悪ィ相手だ。だけど鷹、あんたならそう悪いようにはしねえと踏んだのさ」

「……成程。不審に思った私があなたを探し出すことまで計算済みというわけですか。自分を見つけられるように、精霊の加護を彼女に譲り渡してまで」

「譲り渡したって?」

 ユーインが尋ねる。

「彼女、精霊の加護があったんですよ。私の拘束魔法が途中で解除されたでしょう」

「あれってクロさんが自分で解いたんじゃ……」

「あれ以上は効果が続かなかったので逃がしたんです」

 そんな素振りは一切なかった。一体どこまでがはったりでどこからが実力なのか。ユーインは困惑するのみである。

 ユーインの心中に気づいたらしいオーシアンがおかしそうに笑っていた。

「魔法を使っていたのに勇者であるはずがない。非常にまれなことですが、一時的に権利を彼女に移したのでしょう」

「俺ぁ精霊に好かれていてね。そらもうモッテモテよ。現役を引退した今でも、ありがたいことについてくれてる。――だけど加護を譲ったのはそれだけが理由じゃねえ。アウリスに呪いをかけた奴が、イリナにも危害を加える可能性があったからだ」

 その物騒なセリフに顔色を変えたのはユーインだけで、クロは冷淡とも言える無表情を崩さなかった。

 もう結構です、とだけ魔女は返す。淡々とした口調だが、冷え切っている。間違いなく彼女は怒っていた。

「気に入りませんね」

 氷のような温度。

「私はあなたの便利な道具ではありません、オーシアン・サーリ。利用されるような形で呼び出されて良い気分になるとでも?」

「……それについては謝る。悪かった」

 だが、と言いかけたオーシアンをとどめ、クロは冷たく吐き捨てる。

「あの兄妹を助ける義理も義務も私にはないんですよ」

「ク、クロさん!」

 ユーインのことは完全に無視し、クロはひたとオーシアンを見据えた。座る彼の目線に合わせて少し腰を曲げる。艶やかな黒髪がさらりと滑った。

「私のことを情にほだされるお人好しだと思っているのなら、即刻首をくくるべきです。その方があなたにとって幸せでしょう」

「――報酬は払う。助けちゃくれねえか」

「……………」

 魔女の瞳が試すように揺らめく。ほんの数拍でオーシアンから離れた。

 魔女であっても決して非情ではない。渋っていても最後には折れるのだろう――以前彼女に助けを求めた魔法使いはそう思っていた。

 それゆえ愕然とする。

「――お断りです」

 クロは不機嫌を隠そうともせず、はっきりとそう切り捨てた。

「私は私の好きなようにする。あなたの望みなど知ったことではありません」

「まっ……ク、クロさん!」

 踵を返したクロを追いかけようとして、ユーインは思いとどまった。振り返って見やれば、オーシアンは意外にも落ち着いている。

「俺が、できる限り協力するから! 相棒は一応勇者やってるんだよ。今はノースフールにいるけど、すぐに呼んで――」

「いや、平気さ。鷹が動いてくれたからな」

「……へ?」

 オーシアンは体を曲げてくくっと笑いを漏らしていた。

「クロさんは……断るって言ったよな?」

「あれは嘘だ」

「はあ!?」

 混乱するユーイン。

 オーシアンはちょっとした裏技でも伝授するように指を立てた。

「覚えておきな、若ぇの。鷹は基本的に人のツラを見ねえ。それがじっと見つめてるときは、大抵嘘かはったりをかましてる。自分の言に相手を引き込もうとしているのさ」

「……………」

 言われてみれば――とユーインは前の事件を思い出す。そして確かに、彼女は普段会話をしていてもあまり視線を合わせない。

「まあ、あいつはそんな自分の癖もしっかり把握しているようだがな」

「ちょ、ちょっと待った。それじゃ結局、本当か嘘かなんて判断つかないじゃねえか」

「そうさ」

 あっけらかんと、かつての勇者は言った。

「だからつまるところ、こっちが鷹を信じるか信じねえかなのよ」



 クロを追ったユーインは困り果てていた。公園のどこにも彼女の姿がないのである。

 仕方がないので公園の外も捜し回ってみたが、それでも象徴的な紺色のローブを見つけることはできなかった。

 激怒して一人で先に帰ったのだろうか、と肩を落としたところで、ようやく彼女は戻ってきた。

 魔女はほんの少し眉を上げてユーインを見返す。

「……帰ってなかったんですか」

「それはこっちのセリフだよ。どこ行ってたんだ?」

「ハクルースの兄の状態を見てきただけです」

「――断るって言ってなかった?」

 試しに聞いてみると、クロはそれさえも見透かしたように、フードの奥からちらりと彼を見上げた。

「そのあとでこうも申し上げました。私は好きなようにする、彼の望みなど知ったことではないと」

「じゃあなんで?」

「呪い主は顔見知りの魔女です。忠告してくるだけですよ」

 それは結局、頼みを引き受けるということではないだろうか。

 しかしそれも嘘かも知れない。本当に忠告にとどめるだけなのか、それとも呪いを解いてもらうつもりなのか、そもそも行く気などないのか――

 ユーインは問い詰めたくなったが、クロがくるりと杖を回したので声になることはなかった。

 彼女はその流れのまま、杖の先端を地面に当てる。

「あなたをノースフールに帰すくらいはやってあげますが」

「いや――俺はイリナって子のところに行くよ。危ないかも知れないんだろ? あの様子じゃクロさんの家からそう離れないはずだ」

 クロが半眼になる。

「それはつまり、まだ私の家に移動符を貼ってあるということですね」

「――しまった!」

「……………」

 睨まれるかと身構えたが、クロは呆れた表情を浮かべただけであった。

「……あなたは損な気質ですね」

「はい?」

「お人好しは長生きできませんよ」

 ぽかんとするユーインをよそに、クロはさっさと呪文を唱えて魔法陣とともに消えていった。

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