余談

おまけ。ファリアのその後











「んーむ、もうちょっとか」

 小皿に注いだスープを舌先で舐めとると、フィナは首をひねって呟いた。

 右手に持ったおたまでぐるぐると鍋をかき混ぜながら、棚の小瓶を取る。片手で器用にふたを開け、軽くスープに振るい入れた。

「このっくらいかな。えーとあとは……」

「ただいま、フィナー」

 背後から聞こえてきた声に、フィナは目だけで振り返った。肩までの金髪が揺れる。

「おう、ファリア姉ちゃんお帰りー」

「『おう』はよしなさいってば……年頃の女の子なんだから」

 フィナによく似た金の髪、気の強そうな瞳。清楚な僧侶服に身を包んだ女性は、しかし勝気そうな外見に反して控えめに彼女をたしなめた。

「うん、気をつける気をつける。ご飯ちょっと待ってー、スープがもう少しでできるから」

「いつもごめんね、家事任せちゃって」

「いーよ、嫌いじゃないし。冒険者が大変なのは知ってるし」

「でも、神のご加護のおかげで今日も無事帰れたわ。感謝しなくては」

「……………」

 フィナはこめかみを引きつらせ、一瞬だけ姉に視線をやった。しかし聞こえなかったふりをして戸棚を漁り始める。

「何か手伝う?」

「んーん、本当にあとちょっとだから手出し無用。――ていうか、それいつまで続けるの?」

「え? 何のこと?」

「……面倒な呪いでもかけられたのかなぁ」

 じろじろと姉を眺めつつ、フィナは流し台下の戸を開ける。

「高慢、高飛車、唯我独尊という姉ちゃんの三大要素をどこかに置き忘れたとしか思えん」

「私は神の愛に気づいたの」

「うわぁ」

 姉は胸の前で祈るように手を組み、うっとりとした面持ちで宙を見つめた。

「今までの私は愚かだったわ。神は常にそばにいらっしゃるの。何事も神の試練であり、ご加護なのよ。神を信じ、神に祈り、神のためにすべてを捧げれば、必ず救われるの。救われるのよ」

「あたしは今この現状から救われたい」

 ぼやいてフィナは背後の食器棚を確かめていく。それでも目的のものが見つからなかったのか、乱暴に自分の頭をかきむしった。

「あー、どこだろ。ないなぁ。使い切っちゃったのかな」

「何がないの? 買ってこようか?」

「うん、ごめんお願い。あれがないと味が締まらないんだよね」

 フィナは言った。

「鷹の爪」

「……………」

 かちゃん、と財布が落ちる。フィナが見やると、姉は凍りついたように停止していた。

「姉ちゃん?」

「……た、か?」

「うん。鷹の爪。一袋」

 敬虔で落ち着いた僧侶の顔が、瞬く間に剥がれていく。瞠目し今にも卒倒せんばかりに顔を白くさせ、彼女は1歩後ろへよろめいた。

「おーい。姉ちゃん?」

「――ぃ」

 すさまじい勢いで首を振りながら、彼女は。

「……ぃやあああぁぁああぁっぁごぉめんなさいいぃい許してえぇぇぇえええぇっ――っ!」

 逃げた。

 つんざくような悲鳴が遠ざかっていく。かなり長く尾を引いた。意味不明な謝罪であった。

「……………」

 しばらくぽかんとしていたフィナは、やがて顎に手を当てると独りごちる。

「……そんなに嫌いだったっけ? 鷹の爪とうがらし

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