その海の名は狭界
アギキタ領本土への第七次首都急襲作戦は成功した。
本国へと舵を取る、
ただ、
「ミウトォーッ! このやろ、生きてたかっ! ははっ、お互い生き残ったな」
不意にドン! と肩を抱かれ、熱い
湯気を上げる珈琲よりも、友の、ジョシュア=レイズル=ヤマノベの体温にミウトの表情が和らいだ。
「ジョッシュも無事で。良かった、じゃあ――」
「ま、母艦
振り返れば、腰に手を当て口を
ミウト、お前は生きていると。
「
「そうだぜ、ミウト! サヤコと俺と三人で、また一緒につるんで飛ぼうや」
狭い食堂の一角に席を占め、サヤコを挟んでミウトとジョシュアは座った。テーブルに身を乗り出してジョシュアは盛んに、そうだ、それがいいと繰り返す。そうしてサヤコに何度も同意を求めるのだが、当のサヤコは当然だと言わんばかりに、静かに湯飲みを傾けていた。
「タクトさんだって最初から、ミウトが軍に入るのは反対してたしさ。どうせなら……」
「ちょっと、ジョシュア君?」
兄の名を出されてミウトは僅かにたじろぎ、その姿にサヤコが敏感に反応した。しまった、と口を両手で押さえるジョシュアを、サヤコの
確かに兄は――タクトは、ミウトが軍に入ることに反対していた。自分が
兄タクトは、ミウトが
遺された空鞘が少しだけ重さを増す。
「ヘイ、フィグビジョンをつけろよ。もう本国からの映像がつかまるぜ?」
「自分でやんな、俺ぁこの
セーラーのカラーを僅かに揺らして、
改めてミウトは、狭界と呼ばれる自分達の世界……失われた地と、滅びの天の間に広がる、不安定な海の摂理を思い出した。そこに生きる人は皆、
やがてノイズ交じりの映像は鮮明さをまし、食堂の視線が吸い上げられる。
『さて、次のニュースです。先程、アルメリア合衆国政府が公式に……』
本国の報道番組が映るや、
『なお、消滅するメエン州が肉眼で観測されており、その
映像が切り替わり、食堂が無言の悲鳴に満ちた。
「あれ、ママンの故郷だったんだぜ」
ジョシュアが一言呟き、温くなった珈琲を一気にあおった。
狭界と呼ばれる
それはつい先程まで、戦火に焼かれていた――焼いてきたアギキタ領も同じ。
『これでアルメリア合衆国は全三十二州にまで減り、大統領府は緊急にオヤシマへ援助を……』
「まあ、何もない田舎だって聞かされてたしな。枯れた島でよ、だからママンも移民したんだ」
狭界は自然と呼ぶには、余りにも
狭度を決める
生まれながらに人は
それは王であり、芸や楽をなす者であり……国を守り戦う者。その頂点に
ミウトは背の空鞘に手を回して、
ニュースが国内問題に切り替わり、スポーツや芸能の話題になると、食堂の空気が変った。誰もが同盟国の、その一部が永遠に失われたことから気を
そんな二人の会話に遠慮し、友へと心の中でエールを送って、
「ったく! このオオバカヤロウッ!
頭上から
「キョウヤさん! お疲れ様ッス、俺等三人とも今日も無事ッスよ」
「ジョシュア君はちょっと危なかったけども。オダギリ軍曹以下三名、無事
「おう、お前等も無茶すんなよ? 無茶と言えば……危ないのは、こいつ、だろぉがっ!」
ジョシュアとサヤコが、座ったままで形式ばかりの
それがキョウヤ=ナンバにとっては、亡き友に代わっての愛情表現だった。
「バラ撒いたら離脱……僕はでも、今日も。僕は、兄さんみたいには、なれない」
「……バァカ、タクトは
そうでありましょう、と急にキョウヤの声が
紅蓮の
「彼がミウト=タカナシ軍曹でありますが」
「ありがとう、ナンバ
深紅の
自然と兵士達が道を空ける中を、「諸君、御苦労」とだけ発してカナデが近付いて来る。それが自分を目指していることにミウトは目を白黒させた。サヤコとジョシュアの間を抜けて、彼女はついにミウトの眼前に立つ。
改めて見れば、その
そう、この世界で最も島の狭度に貢献できる存在――
「面影が、似てるな」
ミウトは眼前の上官が、突然ぽつりとこぼした言葉を拾い損ねた。しかし真っ赤な瞳が僅かに
「中尉殿っ! お会い出来て光栄であります!」
「ぜっ、是非、握手をしていただきたく思います! 無礼を承知でお願いいたしますっ!」
しゃちほこばってミウトとカナデの間に、肉のカーテンがしかれる。それは先程、フィグビジョンのやり取りをしていた海兵だ。カナデは顔色一つ変えず手を差し出し、硬くいかつい手を取り、さらに手を重ねる。
「
それも終りかけ、いよいよと彼女が改めてミウトに向き直った時。
「ヒツガヤ中尉、今日は敵の……アギキタの
ジョシュアが興奮に顔を上気させ、ずいと右手を突き出し
「
「ありがとう、少年」
ジョシュアは白い手の温もりを確かめるように、身をカチコチにしながら一歩踏み込む。
「ぜっ、是非<
「ちょっと、ジョシュア君!? 申し訳ありません中尉、彼はちょっと……」
それは恐らく、食堂の誰もが思いながら、口には出せないでいたことだった。若さゆえと周囲からは
「軍曹、構わぬよ。
言葉尻が消え入るように怒りを
ヒュン、と軽く振って見せ、それを何気なくカナデが放る。受け取るジョシュアは、両手でわたわたと
抜く、抜いてみる。
「おいおい、ジョッシュ……すみませんね、中尉。自分の顔に免じて、許してやってください」
「構わぬ、曹長。皆も触れてみるとよい」
そうして<
「カーッ! びくともせんぜ、これが
「しかし中尉、
「一歩、<
静かに頷き、戻って来た<
「
「ハッ、以前はタカナシ大尉と一緒に飛んでおりました。……今は中佐、でしたな」
「うん。その、あの方は……タカナシ中佐の
「どう、と申しますと? 中尉の方がお詳しいのでは?」
「確かに<
言われてミウトは、キョウヤに並んで目を凝らす。剥き出しの刀身に踊る<
「いや、同じ
「あ、はい、ええと。兄さんの<
「やはり<
「あのような、って……ミウト、何があったんだよ?
好奇心に目を輝かせて言い寄る、ジョシュアの口をサヤコが
「それはないぜ
「気をつけろ、
今日、カナデの敵を割り込み砕いた、母国の姫君、シズル=ツルガ。彼女は、生まれながらに
それでもミウトは確かに見たのだ……まるで鳥のような――今思えば、天使のような――神話に
「
「それは面白くない話だな、曹長。軍の噂は私の耳にも届いている。当事者だからな」
「これは失礼を。では、自分の友人に」
「帰国後に会う
ミウトは思わず、自分を指差し疑問符を浮かべた。
自分が、准尉?
「本国帰還後、王宮に参上せよ……
「ハ、ハッ! ミウト=タカナシ、帰還後に王宮へ……王宮!? それに、准尉って」
「面白くない話なのだ、少年。私達は出戻り姫のわがままに巻き込まれたらしい」
それだけ言って、
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