1-3

 線路は北へ。大山脈をくぐるべく、長いトンネルへと突入するエンピレオ号。

 食堂車の広い窓は、黒一色の闇。規則的な間隔で灯る小さな明かりが、猛スピードで背後へと流れてゆく。改めてダンは、多くの進んだ技術を持つ組織……浄罪鉄道じょうざいてつどうの力に舌を巻いた。


「それでは、事が前後してしまいましたが、乗車手続きを行いたいと思います」


 眼前で無機質無表情な顔が、事務的に言い放つ。

 浄罪鉄道の職員は皆、機械の人間。彼等、あるいは彼女等が何故、浄罪鉄道という全世界を結ぶ流通ネットワークを維持運営しているのかは、誰も知らない。

 だから無論、ダンも浄罪鉄道の真の目的は知らなかった。今、この瞬間までは。


「――思い出したよ。なんじは確か。久しぶりだね、ギリウス」


 窓際の席で、熱い紅茶を手に取るアナエル。彼女は無遠慮に大量のブランデーをカップに注ぐと、瞼を開いて車掌を見詰めた。その口から不意に飛び出る、親しげな再会の言葉。

 真紅の瞳をじっと見詰める、中性的な顔立ちに僅かな変化が起こった。それは驚きの表れ。遥か昔の記憶を呼び覚まし、ギリウスと呼ばれた車掌は記憶野から可能性を発掘する。それは次の一言で確信へと変わった。


「五百年ぶりだから無理もない。私だよ、こんななりだがアナエルだ。思い出したかい?」

「!――正確には五百十三年と六ヶ月、十二日と八時間ぶりです、アナエル様。お懐かしゅうございます。どうして私が個体識別名ギリウスだと気付かれたのですか?」

「戦友を忘れたりはしないさ。それに、私は汝の髪――そう、その色が好きなのだよ」


 言われてギリウスは、制帽からはみ出す銀髪を指に遊ばせる。

 ダンとリーチェはもう、何の話か解らず置いてけぼりで。ただただ、互いに顔を見合わせて茶をすするしかない。


「ギリウス、私は主より使命をたまわり、五百年ぶりに天国より物質界へ――」

「正確には五百十三年と六ヶ月、十二日と八時間ぶりです、アナエル様」

「その性格、変わらないな。まるで機械のようだよ」

「私達アンドロイドは、本質的に機械ですから」


 話の腰を折られながらも、どこかアナエルは楽しそうで。対するギリウスの鉄面皮にも、ダンとリーチェは明るい表情を投影してみることができた。


「本題に入ろう。ギリウス、職務中に済まないが……情報が欲しい。この星は、惑星プルガトリオは今、どのような状況にあるのだ? 君達が管理しているのだろう?」


 アナエルの一言に、ギリウスはちらりとダンとリーチェを見やった。しばしの間ためらう様子を見せた彼はしかし、かつての戦友に語りだす。


「あの戦いの後、『あちら側』についた人間に罪を……煉罪れんざいを償わせる為に、この星が開拓されました。煉罪については、アナエル様も御存知でしょう。こちらの方々も、煉罪人れんざいにんということになります」

「それは違うっ! 少なくともこの人は、リーチェはもう……」


 ギリウスの一言に思わず、ダンは立ち上がった。その手をリーチェが、そっと握る。なだめるような温もりに、バツが悪そうに再び席につくダン。

 アナエルは頬杖ついて外の暗闇に視線を投じて。思い出すように言葉を紡いだ。


「『あちら側』に加担した罪を、勝者である『こちら側』の人間は、寿命を遥かに超える刑期であがなうことでゆるそうと。たしかそう、定めたんだったね」

「はい、そして私達アンドロイドは戦闘機能を凍結されました。この星の管理者として、浄罪鉄道の運営と全ての煉罪の管理を託されたのです」


 ダンは煉罪については知っていた。リーチェを含む、この世界の全ての人が。なぜなら、それは目に見える数字として、全ての人間に刻印されているから。ただ、何故生まれながらに罪を背負わされているか、それは誰も知らなかったが。


「そうか……これが毎日ふえるのは、それは浄鉄がやっていた事だったんだな」


 不意にダンは、自らの額に巻かれたバンダナをほどく。


「そうです、それがあなたの刑期。魂に刻まれた、煉罪の重さです」


 ギリウスの言葉に振り向き、アナエルは見た。ダンの額には、くっきりと三桁の数字が刻まれていた。恐らくダンの刑期は初めて見るのだろう。リーチェも驚きを隠せない。


「浄罪鉄道は、全ての煉罪人をアナライズしています。その刑期は毎年減りますが、行いによっても増減します。善をなせば減り、悪をなせば増える……ただし、ゼロにするまで決して煉罪人はこの星から出られないのです」

「刑期を残して死ねばどうなるのだ? いや、確か前にも天国で議論になったな……」


 小さな白い手で、ダンの罪の刻印に触れながら。アナエルはギリウスに問う。


「煉罪は、親が死ねば子に残りが引き継がれます。子が居ない場合、遺伝子情報を元にクローン再生が行われ、各地の教会で育てられます。全くの別人ですが、刑期だけは引き継がれるのです」


 ふむ、と唸って、ダンの頭をクシャクシャなでると。アナエルはしばし物思いに沈んで。何やら納得しかねる様子で、冷めてしまった紅茶味のブランデーを飲み干す。


「まあいい、そこは人間達に任せるとして、だ。ギリウス、偶像ぐうぞうの件については? 知っていることがあれば、全て教えて欲しい」

「《エリール》の事ですね?」


 一旦言葉を区切り、アナエルに紅茶をすすめるギリウス。二杯目を遠慮されると、彼は言葉を続けた。


「実は《エリール》だけではないのです。浄罪鉄道が設定したこの星の文明レベルにそぐわぬ道具が、主に武器がどこからともなく持ち込まれているのです」


 複雑な話にダンは首を傾げる。そもそも元より学のない彼には、ギリウスの話は難解すぎた。

 だが、ダンが無関係ではないとギリウスの視線が無言で語る。ダンの腰に下がる銃を見詰めて。


「煉罪の重さを物理的な力として発現させる武器。例えばそう、こちらの方がお持ちの銃。これは我々浄罪鉄道や一般の物とは違って、煉罪を触媒とする特別な、煉罪人にしか使えない物です」

「えっ、そうなの!? これは貰い物なんだけど、弾のいらない不思議な銃だな、って」


 ダンは腰の銃を手にとり、まじまじと見詰める。


「銃器の類は、刑期が数百年あれば撃てます。無論、威力は刑期の長さ――煉罪の重さに比例しますが。そしてこの技術の延長にある物こそ……」

「あの《エリール》という訳か。こんなものがどこから?」

「解りません。プルガトリオの文明レベルは、浄罪鉄道が厳しく管理しているのですが」

「まあいい――偶像は全て、私が破壊する。時間を取らせて悪かったね、ギリウス」


 いいえ、とギリウスは平坦な声でアナエルを気遣うと。本来の業務に戻るべく、改めてダンとリーチェに向き直った。


「さて、お待たせしました。乗車手続きですが……先程拝見しました通り、こちらの」

「僕はダンです。この人はリーチェ」

「ダン様にはまだ刑期が残っている為、ご乗車できません。ご了承下さい」


 予想通りの答に、ダンは内心やはりと溜息。その横ではリーチェが、不安そうにダンのシャツの袖を掴んだ。その細い指は震えて力が篭る。


「リーチェ様は……失礼ですが、刑期を拝見してもよろしいですか? 必要なら別室を用意いたしますが」


 ギリウスの一言に思わず、窓際のアナエルを押し退け外を向くダン。しばし戸惑った後、リーチェは立ち上がると。肩に羽織ったジャンバーを脱ぎ、大事そうに畳んで椅子に置いて。寝巻きのボタンを外して胸元をはだけた。

 白い胸に輝くロザリオのすぐそばに、紅いゼロが刻印されていた。


「結構です、すぐに客室をご用意いたしましょう。後は――」


 ギリウスの視線がダンに向けられる。

 ダンはもう、腹を括っていた。途中で放り出されるにしろ、次の駅で降ろされるにしろ――リーチェは終点まで、楽園まで乗せてもらえるのだから。それだけでもう、彼には満足だった。


「ギリウスさん。この人は、リーチェはちゃんと」

「何の心配もありませんよ。ミレニアムアースでの穏やかな暮らしが保障されます。ご安心ください」


 ミレニアムアース――その名を聞いてダンは安堵した。

 餓えも差別もない、千年王国。この世界では半ば御伽噺おとぎばなしのようなものだが、その楽園は確かに存在する。刑期を終えれば誰でも行けるのだ。この、エンピレオ号で。


「良かった。僕は降ろされても、ちゃんとリーチェは……」


 手に手を取って小躍りする、笑顔のダンにリーチェはぎこちなく微笑んだ。だが、ギリウスの当然ともいえる、浄罪鉄道の定めたことわりに異を唱える者が一人。


「良くないぞ、少年。私が困る。ギリウス、戦友のよしみだ。私の頼みを聞いて欲しい」


 ティーカップになみなみとブランデーを注ぎ足すと、ギリウスをじっと見詰めるアナエル。職務に忠実なエンピレオ号の車掌。彼の高度な電子頭脳を巡る思惟が、真紅の瞳に突き動かされた。

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