04

 自衛隊特務B分室じえいたいとくむビーぶんしつ――通称ブルームB-Room所属の魔砲遣いオーバーメイジ海音寺カイオンジめぐみ一等特尉いっとうとくい。彼女は今、相棒であるオリジナル砲騎BROOM参番騎さんばんき、わだつみに両足を揃えて腰掛けて。霊子境界ボーダー内を介して、欧州は地中海へと跳躍ちょうやくを完了した。

 現実世界へ復帰すると同時に、砲騎から現在位置の座標が霊子力場アストラルテリトリー内に表示される。僅かにN計画エヌけいかく第八百六十八号のボーダーレイド地点から外れた事を知れば、迷わずめぐみは――彼女自身であるわだつみは加速した。たちま音速マッハの壁を突破し、更に増速するめぐみ。しかし霊子力場をまとう砲騎の上で、彼女は短く切り揃えられた黒髪を静かに揺らすだけだった。


《ブルームベースよりブルームワンへ。めぐみ、ついさっき敦子アツコとリサがそっちに向ったよ》


 見えない霊子力場の内側がスクリーンの様に光って、ぼんやりと画像と音声をめぐみへ伝えてくる。


「了解ですわ、金田カネダさん。今日のお相手については、何か情報がありますか?」

《今、つみれが照会中なんだけど……目標は七百ノットで大西洋から地中海に侵入、現在付近の船舶に注意を呼び掛けてるとこ》

「七百ノット、ですか。音速を超えてますわね。それと――残念ながらもう、被害は出てしまったようですわ」


 眼下を真っ暗なアフリカ大陸が過ぎ去り、朝焼けを反射する内海が視界に広がった。めぐみが砲騎のさきを向ける先に、青みを増した星空へ黒煙を巻き上げる一隻のタンカー。その傾いた船体の上で、めぐみは音も無く空中に静止した。

 恐らくその姿は、欧州圏の人間が見たら眼を白黒させるだろう。黒い振袖ふりそで姿の東洋人が、ほうきのような物に腰掛け宙に浮いている。無論、この場に居る者達に空を見上げる余裕は無く。タンカーの船員達は避難に必死だった。


喫水線きっすいせんより上にダメージはありませんわね。これは雷撃戦らいげきせん――魚雷ぎょらいによる攻撃」


 冷静に現状を把握はあくし、相手の攻撃手段を推測すいそく。一見して冷静なめぐみはしかし、激しいいかりを胸の内に秘めていた。彼女もまた、N計画と戦う事を宿命付けられた人間だから。

 その時不意に、新しい爆発音がめぐみの耳朶じだを打った。同時に、弾かれるようにわだつみが騎体を翻す。


《こちらブルームベース、N計画第八百六十八号は音速魚雷艇八○八型おんそくぎょらいていハチマルハチがたと判明!》

「了解、こちらでも肉眼で確認しましたわ。ブルーム1、エンゲージ」


 僅かに目元が険しくなるめぐみ。彼女の視線の先で、天を衝く雷撃の水柱。巨大な貨物船が揺れる。その船尾へと、まるでおくおおかみのように回り込む航跡を捉えて。常軌を逸したスピードの八○八型と貨物船の間へ、めぐみは急降下で割り込んだ。


「わだつみ、魔砲形態カノンモード


 ささやくような一言と共に、静かにめぐみは砲騎から舞い降りた。その後を追うわだつみは、徐々にその姿を変形させる。柄は長く伸びて砲身となり、照準機や銃把が生える。穂はまるで花が咲いたように展開し、その輝きも露に光る砲騎のコア――霊子波動石アストラルクォーツ。魔砲形態へと移行したわだつみが手元に滑り込めば、再びふわりとめぐみの身体は宙へ浮いた。


「この距離、わたくし向きではありませんが――これ以上の跳梁ちょうりょうは許しません」


 猛スピードで迫る旧大戦の残滓ざんしへと、めぐみは腰溜こしだめに砲騎を――魔砲形態のわだつみを構えた。

 霊子力場内に雑多な数字が映って走り、それを素早く読み取りながら。真っ直ぐ突っ込んでくる八○八型へと、迷わず銃爪トリガーを引く。

 一条の細い光が、鋼鉄のさめへと吸い込まれた。咄嗟の急速ターンで回避する八○八型。その頭を抑えようと砲身をひるがえした瞬間、めぐみの足元を雷跡らいせきが通過……その数、四。


「これ以上はやらせません。わだつみ、もっと口径を絞って……照準」


 まるで見えない大地を掴む様に、めぐみはその場で百八十度反転。つるをあしらった金の刺繍ししゅうを輝かせて、振袖が大きく翻った。貨物船のスクリューへと向う魚雷に、素早く狙いを定める。

 めぐみは三人の魔砲遣いの中では、遠距離からの精密射撃を得意としていた。それは同時に、わだつみが狙撃用に特化した砲騎である事も意味する。

 普段通り冷静に、めぐみは捉えた悪意を照星サイトに捉えて撃ち抜いた。


「先ずは一つ、そしてこれで――二つ……!?」


 先頭を走る魚雷の推進器を、光の線が貫いた。それが脱落して海中へと没する間に、二射目が低周波を響かせ海面を裂く。間髪居れず、次の目標を捉えたその瞬間――めぐみの視界を覆う真っ赤な船底キール

 大きく回りこんだ八○八型が、速度を生かして飛び跳ね圧し掛かってくる。射線を塞がれた形でしかし、海面を這うように回避運動を取るめぐみ。八○八型から浴びせられる機銃掃射に霊子力場を粟立あわたたせながら、彼女は落ち着いて三本目の魚雷を狙い撃った。

 しかしもう間に合わない――最後の一本が今、沈みかけた貨物船へ直撃。そう思われた瞬間。


「めぐみちゃん、お待たせっ! おろちさん、魔砲形態っ……あったれぇー!」


 不意に視界へと飛び込んでくる、まぶしい紅白のコントラスト。それが仲間の山田敦子ヤマダアツコ三等特尉だと、めぐみが認識するよりも早く。敦子は高速でカッ飛ぶ砲騎の上で逆立ちした。同時に、オリジナル砲騎の弐番騎にばんき、おろちが魔砲形態へと変形する。伸びた砲身が八つに分割されるや否や――おろちは敦子のトリガーを合図に、回転する砲身ガトリングから光のつぶてをばら撒く。その何割かを弾頭に受けて、魚雷は派手な水柱を上げて爆発した。


「ブルーム1、敵が離脱して行きます。指示を」


 気付けばめぐみをフォローするように、オリジナル砲騎の壱番騎いちばんき、かみかぜにまたがるリサがそのかたわらへと滑り込む。八○八型は白い航跡を引き連れ、次なる獲物を求めて全速力で離脱していた。それはさながら大海に血の一滴を嗅ぎ取る、正に鋼鉄の鮫。


「リサさん、先行して追跡――目標を撃沈して下さい。めぐみさんは私と援護を」

「了解」

「らじゃーっ!」


 敦子のおろちが、めぐみのわだつみが、再び砲騎形態へと変形する。それを待たずにリサは、引き絞られた矢の様に飛び出した。

 敵は既に、新たな船影へと移動を開始している。霊子力場内に表示される中空の文字を読み取り「速い」と呟くリサはしかし。速過ぎはしないと思えば、彼女の砲騎が――かみかぜが身震い加速した。


「目標捕捉、ブルームスリー――エンゲージ」


 互いに霊子力場を身に纏い、空気や水の抵抗を全く受けない魔砲遣いとN計画。両者は音速を超えたスピードで交差し、大きくリサが抜きん出る。

 横滑りに減速しながら、迫る敵をにらむリサ。その眼に灯る激しい憎悪が、闘争心に火を付けた。


「かみかぜ、魔砲形態……着剣ちゃっけんっ!」


 砲騎形態のかみかぜから飛び降りると同時に、鉄棒の要領で両手で掴んで。それを軸に一回転する間に、かみかぜは変形を終えた。長く伸びた砲身は、その先に銃剣がきらめく。

 リサはすぐ間近に迫る八○八型に対して、真正面から突撃した。言葉に鳴らない声を叫ぶ、彼女の激情に呼応するかのように。あらわになったかみかぜの霊子波動石が真紅に輝く。


「追い付いたっ! やっちゃえ、リサちゃん! 足止めはわたしっ!」

「リサさん、敵は近接防御用の対空機銃を装備していますわ。注意を」


 僅かに面舵を切って、衝突コースを回避しようとする八○八型。その機動を先読みして、敦子のおろちが火を吹いた。低い唸りを上げて回転する砲身から、牽制弾がばら撒かれる。

 航路を塞がれ、八○八型の船足が僅かに鈍る。その隙に乗じてリサは、更に加速して身体ごとぶつかった。かみかぜの鋭い切っ先が、強固な霊子力場を容易く突き破り――八○八型の船体を横薙ぎに切り裂く。

 そのままリサは、舞い散る火花を纏って高速で払い抜けた。


「ブルーム3より各騎へ、これより目標を完全に破壊する。射線軸より退避されたし」


 海面スレスレを蹴って、高度を取るリサ。かみかぜを腰溜めに構えるその姿を追って、八○八型が対空砲火を巻き上げた。しかしそれは、即座にめぐみが狙撃して沈黙させる。同時に敦子の一斉射が、ミシンの縫い目のように船体を走ると。八○八型は完全に停止した。


「かみかぜ、最大口径。全霊子力解放アストラルブレイク……消し飛べ!」


 眼下の敵を睨んで、その視界から仲間達が離脱するのを確認すると。リサは絶叫と共に銃爪を引き絞った。かみかぜの砲口から光の奔流ほんりゅうが迸り、それは瞬く間に広がり敵を包む。

 N計画第八百六十八号、音速魚雷艇八○八型は塵一つ残さず、完全に消滅した。


「ブルーム1よりブルームベースへ、片付きましたわ」

《こっちでもN計画第八百六十八号の殲滅を確認したよ。状況終了、お疲れさん》


 肩で呼吸をむさぼるリサに、歓声を上げて抱き付く敦子。その姿を見守りながら、めぐみはブルームベースへと報告を終えた。輪郭の滲んだ金田良子カネダリョウコ二等特尉の顔が、霊子力場の内側に浮かんで微笑む。


《各騎に損害無し――欧州圏ではしばらく、流通関連で混乱が予想されますね。それより、金田先輩?》

《おっと、そうそう。司令、めぐみ達は……海音寺一等特尉達は撤収させますが宜しいですか?》


 良子の映像に割り込むように、もう一人のオペレーター――桐原キリハラつみれ二等特曹にとうとくそうの生真面目な顔が表示された。慌てて背後を振り向く良子に、めぐみも緊張を解いて頬を緩める。


《了解、では――海音寺一等特尉以下三名、速やかに帰投されたし、っと。また後でね、めぐみ》

《詳細の報告は後程、ブルームベースで。今ちょっとこっちは忙しいから……敦子さんとリサさんは、学校に戻っても構わないとの事です。めぐみさんは――》

「わたくしはブルームベースに直行しますわ。今日は誰ともお会いする予定はありませんので」


 若干じゃっかん十八歳にして、海音寺財閥の当主を務めるめぐみ。魔砲遣いとして戦う傍ら、政財界に働き掛けて社交界で人脈を築く日々は忙しく。とてもでは無いが、学校に通っている暇などありはしない。


はなの女学生……少しだけ、羨ましいですわ。ね、わだつみ」


 砲騎形態へと変形を終えた愛騎に腰掛けて、めぐみは宙で揉みあう二人の仲間へ眼を細めた。


「山田三等特尉、我々には日本での事後処理があります。買い物をしている余裕は――」

「少し位いいじゃない。ねー、めぐみちゃんもそう思うでしょー? 折角の地中海だよ? 外国だよ?」

「そもそも山田三等特尉は、日本円しか持って居ないのでは?」

「しまった! あーん、どっかで両替して貰えないかなー? 未有人ちゃんにお土産みやげ買いたいよー」


 微笑ましいやり取りで、リサと敦子がめぐみを挟んで左右に並ぶ。三人は慌しくなる眼下の海域を一望して、互いに顔を見合わせ頷くと。再び日常へと戻るべく、朝日を背に霊子境界内へと突入して消えた。


                  ※


 放課後の学校は、授業中とは違う類の熱気で静かに燃えて。夕暮れに染まるグラウンドでは、部活に汗を流す生徒達が長い影を引いて駆ける。

 誰もが皆、自分の為に自由に過ごす時間。リサは放課後は嫌いでは無かった。自分はそれを、有意義に過ごせないと知ってさえ。

 人の気配が無いのを確認して、校舎の屋上へ舞い降りるなり。リサと敦子の二人はセーラー服の女子高生に戻ると、それぞれの日常へと帰還を果たした。

 霊子境界内へ戻る自分の砲騎を、大きく手を振り見送ると――敦子は肩を落として深い溜息。


「あーあ、午後の授業どうしよ。まるまるサボっちゃったよー」


 それはリサも同じだったが、彼女は元から出席する気が無いので気にならない。


「それにしても……今日も頑張ったから、お腹減っちゃったな。リサちゃん、何か一緒に食べに行こうよ」

「この時間に間食すると、御家族との夕御飯に差し支えませんか?」


 一度だけ山田家の食卓に招かれた事を、リサは思い出していた。それはどこにでもある、恐らくは有り触れた家族の光景。規模こそ違えど、自分もかつて持っていたささやかな幸せ。


「だいじょーぶっ! 道草の買い食いは別腹なのだ。ね、行こ行こっ!」

「折角ですが、山田三等――山田先輩」


 手短に申し出を辞退し、残念そうな敦子と別れると。リサは階段を下りて、鞄を取りに教室へと向う。夕日の差し込む廊下は静寂せいじゃくたたえて、生徒達の声も今は遠い。

 無造作に教室の扉を開けたリサは、意外な人物に出迎えられた。


「もう、ずっと勉強ばっかり。中学の時はもう、周りそっちのけで大学受験の準備してたな。その頃からもう、アタシは別格だったし……周りとはやっぱ、ずれてたと思う」

「じゃあ、未有人ミウトは部活とかやった事無いの? 凄い中学校時代ね。じゃあ明日、練習見に来てよ。私は水泳部なんだけど――あ、おかえり、リサ」


 机に身を乗り出して、お喋りに夢中だったマイが振り返る。おかえり、の一言が妙に、リサの胸に深く反響した。


「お疲れ様、天咲アマザキさん……どうだった?」

「――別に。問題無い」


 どういう訳か、未有人も教室に残っていた。どうやら自分を待っていた訳ではなさそうだと、リサはすぐに思ったが。

 未有人は机に頬杖突いて、親しげに舞と談笑していた。自分の居ぬ間に、如何いかにして二人が親しくなったか……その事にリサは全く興味が持てなかったが。

 ただ、素直に打ち解け好意に好意で応えられる未有人が、少しだけリサは羨ましいと感じた。その事自体に驚きながら、机の上に放り出されたままの鞄を手に取る。


「リサ、一緒に帰ろうよ。未有人も」

「えっ、ええ。そっか……アタシ、初めてかも。誰かと一緒に下校するなんて」

「私は別に構わない。勝手に付いて来れば――何か? 水無瀬ミナセさん」


 鞄を掴む、その手を肩越しに背に回して。きびすを返したリサの眼前に舞がずいと顔を寄せた。じっと見詰められて思わず、気圧され萎縮するリサ。


しおの香りがする……不思議。ねえリサ、今まで何処に――」

「きっ、気のせいよ水無瀬さん!」


 咄嗟に未有人が割って入った。そうかしら、と頬に手を当て首を傾げる舞。

 指摘されておずおずと、リサは自らの総髪そうはつを手に取り。そっと鼻先に寄せてみる。激戦の記憶を引き連れ、近くて遠い異国の海が僅かに鼻腔をくすぐった。


「気のせいか、そっか……あ! ちょっと未有人、さっきも言ったでしょ? 私の事はもう、舞って呼んでよね」

「え、あ、う、でも、ほら、あれじゃない? 初対面の人を呼び捨てはしないわ、社会的には」

「あのねー、未有人。貴女もう、お役人じゃないんだから。女子高生なんだし、もっと砕けないと」

「そ、そうなんだ。ゴメン……舞。これでいいかな?」


 未有人の様な人間でも、謝罪の言葉は知っているものかと。妙な感心を覚えて、思わず小さな笑みが零れるリサ。しかし舞の矛先は容赦無く、彼女にも向けられた。


貴女あなたもよ、リサ。少し突っ張り過ぎ。別にいいけど、もう付き合いも長いんだし……水無瀬さんは今日を限りに卒業して貰いますからね? いい?」

「あ、ああ。努力する、水無――舞。これでいいか?」


 腰に手を当て、ずずいと身を乗り出していた舞。彼女は、いつに無い素直さでリサが応じれば、「よろしい」と満足気に頷いた。


「んじゃ、帰ろ帰ろっ!」


 放課後の終わりを告げる、追い出しのチャイムに背中を押されて。未有人とリサを振り返りながら、舞が元気良く教室を飛び出して行く。

 恐らく今日はプールが清掃中で、体力があり余ってるのだと苦笑するリサ。


「ふーん、そうやって笑うんだ」


 気付けば未有人が、ニヤニヤと見詰めていた。だが、別段気を悪くした様子も無く、リサは舞の後を追う。その揺れる長い総髪に続く未有人。


「いい娘じゃない、舞って」

「友人に不自由はしていない。何が面白いんのだ? 綾鉄未有人アヤガネミウト

「何が、って……べ、別にいいじゃない。初めての友達なんだもの」

「そうか。そうだな――多分、私もそうだった思う」


 廊下で振り向き、手を振る舞。その姿に、未有人とリサは互いを見合わせると。二人にとって共通の、初めての友人に並ぶべく歩調を上げた。

 三人は長い影を引き連れて、他愛の無い事を喋りながら――主に未有人と舞が喋りながら。今日と言う一日を終えようとしていた。舞にとって、日々繰り返される平和な日常。それはリサが戦い守り、未有人はそれを知りながら何も出来ない。それでも三者の三様な一日は、誰にでも公平に明日へと続いていた。

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