04
現実世界へ復帰すると同時に、砲騎から現在位置の座標が
《ブルームベースよりブルーム
見えない霊子力場の内側がスクリーンの様に光って、ぼんやりと画像と音声をめぐみへ伝えてくる。
「了解ですわ、
《今、つみれが照会中なんだけど……目標は七百ノットで大西洋から地中海に侵入、現在付近の船舶に注意を呼び掛けてるとこ》
「七百ノット、ですか。音速を超えてますわね。それと――残念ながらもう、被害は出てしまったようですわ」
眼下を真っ暗なアフリカ大陸が過ぎ去り、朝焼けを反射する内海が視界に広がった。めぐみが砲騎の
恐らくその姿は、欧州圏の人間が見たら眼を白黒させるだろう。黒い
「
冷静に現状を
その時不意に、新しい爆発音がめぐみの
《こちらブルームベース、N計画第八百六十八号は
「了解、こちらでも肉眼で確認しましたわ。ブルーム1、エンゲージ」
僅かに目元が険しくなるめぐみ。彼女の視線の先で、天を衝く雷撃の水柱。巨大な貨物船が揺れる。その船尾へと、まるで
「わだつみ、
「この距離、わたくし向きではありませんが――これ以上の
猛スピードで迫る旧大戦の
霊子力場内に雑多な数字が映って走り、それを素早く読み取りながら。真っ直ぐ突っ込んでくる八○八型へと、迷わず
一条の細い光が、鋼鉄の
「これ以上はやらせません。わだつみ、もっと口径を絞って……照準」
まるで見えない大地を掴む様に、めぐみはその場で百八十度反転。
めぐみは三人の魔砲遣いの中では、遠距離からの精密射撃を得意としていた。それは同時に、わだつみが狙撃用に特化した砲騎である事も意味する。
普段通り冷静に、めぐみは捉えた悪意を
「先ずは一つ、そしてこれで――二つ……!?」
先頭を走る魚雷の推進器を、光の線が貫いた。それが脱落して海中へと没する間に、二射目が低周波を響かせ海面を裂く。間髪居れず、次の目標を捉えたその瞬間――めぐみの視界を覆う真っ赤な
大きく回りこんだ八○八型が、速度を生かして飛び跳ね圧し掛かってくる。射線を塞がれた形でしかし、海面を這うように回避運動を取るめぐみ。八○八型から浴びせられる機銃掃射に霊子力場を
しかしもう間に合わない――最後の一本が今、沈みかけた貨物船へ直撃。そう思われた瞬間。
「めぐみちゃん、お待たせっ! おろちさん、魔砲形態っ……あったれぇー!」
不意に視界へと飛び込んでくる、
「ブルーム1、敵が離脱して行きます。指示を」
気付けばめぐみをフォローするように、オリジナル砲騎の
「リサさん、先行して追跡――目標を撃沈して下さい。めぐみさんは私と援護を」
「了解」
「らじゃーっ!」
敦子のおろちが、めぐみのわだつみが、再び砲騎形態へと変形する。それを待たずにリサは、引き絞られた矢の様に飛び出した。
敵は既に、新たな船影へと移動を開始している。霊子力場内に表示される中空の文字を読み取り「速い」と呟くリサはしかし。速過ぎはしないと思えば、彼女の砲騎が――かみかぜが身震い加速した。
「目標捕捉、ブルーム
互いに霊子力場を身に纏い、空気や水の抵抗を全く受けない魔砲遣いとN計画。両者は音速を超えたスピードで交差し、大きくリサが抜きん出る。
横滑りに減速しながら、迫る敵を
「かみかぜ、魔砲形態……
砲騎形態のかみかぜから飛び降りると同時に、鉄棒の要領で両手で掴んで。それを軸に一回転する間に、かみかぜは変形を終えた。長く伸びた砲身は、その先に銃剣が
リサはすぐ間近に迫る八○八型に対して、真正面から突撃した。言葉に鳴らない声を叫ぶ、彼女の激情に呼応するかのように。
「追い付いたっ! やっちゃえ、リサちゃん! 足止めはわたしっ!」
「リサさん、敵は近接防御用の対空機銃を装備していますわ。注意を」
僅かに面舵を切って、衝突コースを回避しようとする八○八型。その機動を先読みして、敦子のおろちが火を吹いた。低い唸りを上げて回転する砲身から、牽制弾がばら撒かれる。
航路を塞がれ、八○八型の船足が僅かに鈍る。その隙に乗じてリサは、更に加速して身体ごとぶつかった。かみかぜの鋭い切っ先が、強固な霊子力場を容易く突き破り――八○八型の船体を横薙ぎに切り裂く。
そのままリサは、舞い散る火花を纏って高速で払い抜けた。
「ブルーム3より各騎へ、これより目標を完全に破壊する。射線軸より退避されたし」
海面スレスレを蹴って、高度を取るリサ。かみかぜを腰溜めに構えるその姿を追って、八○八型が対空砲火を巻き上げた。しかしそれは、即座にめぐみが狙撃して沈黙させる。同時に敦子の一斉射が、ミシンの縫い目のように船体を走ると。八○八型は完全に停止した。
「かみかぜ、最大口径。
眼下の敵を睨んで、その視界から仲間達が離脱するのを確認すると。リサは絶叫と共に銃爪を引き絞った。かみかぜの砲口から光の
N計画第八百六十八号、音速魚雷艇八○八型は塵一つ残さず、完全に消滅した。
「ブルーム1よりブルームベースへ、片付きましたわ」
《こっちでもN計画第八百六十八号の殲滅を確認したよ。状況終了、お疲れさん》
肩で呼吸を
《各騎に損害無し――欧州圏では
《おっと、そうそう。司令、めぐみ達は……海音寺一等特尉達は撤収させますが宜しいですか?》
良子の映像に割り込むように、もう一人のオペレーター――
《了解、では――海音寺一等特尉以下三名、速やかに帰投されたし、っと。また後でね、めぐみ》
《詳細の報告は後程、ブルームベースで。今ちょっとこっちは忙しいから……敦子さんとリサさんは、学校に戻っても構わないとの事です。めぐみさんは――》
「わたくしはブルームベースに直行しますわ。今日は誰ともお会いする予定はありませんので」
「
砲騎形態へと変形を終えた愛騎に腰掛けて、めぐみは宙で揉みあう二人の仲間へ眼を細めた。
「山田三等特尉、我々には日本での事後処理があります。買い物をしている余裕は――」
「少し位いいじゃない。ねー、めぐみちゃんもそう思うでしょー? 折角の地中海だよ? 外国だよ?」
「そもそも山田三等特尉は、日本円しか持って居ないのでは?」
「しまった! あーん、どっかで両替して貰えないかなー? 未有人ちゃんにお
微笑ましいやり取りで、リサと敦子がめぐみを挟んで左右に並ぶ。三人は慌しくなる眼下の海域を一望して、互いに顔を見合わせ頷くと。再び日常へと戻るべく、朝日を背に霊子境界内へと突入して消えた。
※
放課後の学校は、授業中とは違う類の熱気で静かに燃えて。夕暮れに染まるグラウンドでは、部活に汗を流す生徒達が長い影を引いて駆ける。
誰もが皆、自分の為に自由に過ごす時間。リサは放課後は嫌いでは無かった。自分はそれを、有意義に過ごせないと知ってさえ。
人の気配が無いのを確認して、校舎の屋上へ舞い降りるなり。リサと敦子の二人はセーラー服の女子高生に戻ると、それぞれの日常へと帰還を果たした。
霊子境界内へ戻る自分の砲騎を、大きく手を振り見送ると――敦子は肩を落として深い溜息。
「あーあ、午後の授業どうしよ。まるまるサボっちゃったよー」
それはリサも同じだったが、彼女は元から出席する気が無いので気にならない。
「それにしても……今日も頑張ったから、お腹減っちゃったな。リサちゃん、何か一緒に食べに行こうよ」
「この時間に間食すると、御家族との夕御飯に差し支えませんか?」
一度だけ山田家の食卓に招かれた事を、リサは思い出していた。それはどこにでもある、恐らくは有り触れた家族の光景。規模こそ違えど、自分も
「だいじょーぶっ! 道草の買い食いは別腹なのだ。ね、行こ行こっ!」
「折角ですが、山田三等――山田先輩」
手短に申し出を辞退し、残念そうな敦子と別れると。リサは階段を下りて、鞄を取りに教室へと向う。夕日の差し込む廊下は
無造作に教室の扉を開けたリサは、意外な人物に出迎えられた。
「もう、ずっと勉強ばっかり。中学の時はもう、周りそっちのけで大学受験の準備してたな。その頃からもう、アタシは別格だったし……周りとはやっぱ、ずれてたと思う」
「じゃあ、
机に身を乗り出して、お喋りに夢中だった
「お疲れ様、
「――別に。問題無い」
どういう訳か、未有人も教室に残っていた。どうやら自分を待っていた訳ではなさそうだと、リサはすぐに思ったが。
未有人は机に頬杖突いて、親しげに舞と談笑していた。自分の居ぬ間に、
ただ、素直に打ち解け好意に好意で応えられる未有人が、少しだけリサは羨ましいと感じた。その事自体に驚きながら、机の上に放り出されたままの鞄を手に取る。
「リサ、一緒に帰ろうよ。未有人も」
「えっ、ええ。そっか……アタシ、初めてかも。誰かと一緒に下校するなんて」
「私は別に構わない。勝手に付いて来れば――何か?
鞄を掴む、その手を肩越しに背に回して。きびすを返したリサの眼前に舞がずいと顔を寄せた。じっと見詰められて思わず、気圧され萎縮するリサ。
「
「きっ、気のせいよ水無瀬さん!」
咄嗟に未有人が割って入った。そうかしら、と頬に手を当て首を傾げる舞。
指摘されておずおずと、リサは自らの
「気のせいか、そっか……あ! ちょっと未有人、さっきも言ったでしょ? 私の事はもう、舞って呼んでよね」
「え、あ、う、でも、ほら、あれじゃない? 初対面の人を呼び捨てはしないわ、社会的には」
「あのねー、未有人。貴女もう、お役人じゃないんだから。女子高生なんだし、もっと砕けないと」
「そ、そうなんだ。ゴメン……舞。これでいいかな?」
未有人の様な人間でも、謝罪の言葉は知っているものかと。妙な感心を覚えて、思わず小さな笑みが零れるリサ。しかし舞の矛先は容赦無く、彼女にも向けられた。
「
「あ、ああ。努力する、水無――舞。これでいいか?」
腰に手を当て、ずずいと身を乗り出していた舞。彼女は、いつに無い素直さでリサが応じれば、「よろしい」と満足気に頷いた。
「んじゃ、帰ろ帰ろっ!」
放課後の終わりを告げる、追い出しのチャイムに背中を押されて。未有人とリサを振り返りながら、舞が元気良く教室を飛び出して行く。
恐らく今日はプールが清掃中で、体力があり余ってるのだと苦笑するリサ。
「ふーん、そうやって笑うんだ」
気付けば未有人が、ニヤニヤと見詰めていた。だが、別段気を悪くした様子も無く、リサは舞の後を追う。その揺れる長い総髪に続く未有人。
「いい娘じゃない、舞って」
「友人に不自由はしていない。何が面白いんのだ?
「何が、って……べ、別にいいじゃない。初めての友達なんだもの」
「そうか。そうだな――多分、私もそうだった思う」
廊下で振り向き、手を振る舞。その姿に、未有人とリサは互いを見合わせると。二人にとって共通の、初めての友人に並ぶべく歩調を上げた。
三人は長い影を引き連れて、他愛の無い事を喋りながら――主に未有人と舞が喋りながら。今日と言う一日を終えようとしていた。舞にとって、日々繰り返される平和な日常。それはリサが戦い守り、未有人はそれを知りながら何も出来ない。それでも三者の三様な一日は、誰にでも公平に明日へと続いていた。
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