03
他の二人の
着慣れたセーラー服に袖を通し、トーストを牛乳で流し込む。いつもと変わらぬ、平日の朝。リサは
その手が止まり、自然と指が音量を上げた。
「さて、次のニュースです。先日、突然辞意を表明した、防衛省の
砲騎の量産に合わせて造られたオーダーメイジ達……今も世界各地で、己の運命も知らされずに暮らす未来の魔砲遣い。その中から今回、試作騎の実験に選ばれた、最も
「やはり、いかに天才とは言え十七歳の子供ですからね。防衛省の内外でも当初から様々な批判が――」
リサの記憶では、未有人の世間での評判は悪くは無かった。何より防衛省自体が、非常にもてはやして
防衛省の人間が期待していたのは恐らく、魔砲遣いとしての未有人だったのだろう。
未有人は量産型砲騎の試作騎、まほろばの起動に失敗した。リサにはそれは、当然の様に思えたが。
「特例参事官の手掛けた改革方針は、防衛省が引き継ぐ形で進める事になるようです。また、一部のメディアでは、国防アイドルのまさかの電撃辞任が波紋を呼んでおり――」
リサは何の感慨も感傷も無く、黙ってテレビの電源を切る。無感情の無表情で。
あの後、未有人がどうなったのかは知らない。恐らく
少なくともリサにとってはそうで。彼女の目的は唯一つ――N計画の速やかな
「では、姉様。いってきます」
鞄を手に、
※
「リサ、おはよ――あ、待って! 今日はまだ行かないで」
自分の席に鞄を放ると、そのまま教室を出ようとしたリサ。級友の誰もが相変わらずの、無関心の視線で見送る中……そんな彼女を引き止める声があった。
「何か?
「あのね、今日は転入生が来るんだって。だからその、ホームルームだけでもどうかな、って」
「私、ちらっと職員室で見ちゃったんだけど……どこかで見た事あるのよね、今日の転入生」
全く物怖じせず、舞はリサの隣である自分の席に腰掛けて。記憶の糸を
リサはここ、
それでも舞の、押し付けがましくない程度に一方的な友情は、リサにとって邪魔に感じるものでは無いらしく。優等生とは思えぬ気さくな親しみやすさなどは、好ましいと思っていた。羨ましいとさえ。
「あ、来た来た。ほら、リサも見た事あるような気がしない? テレビか何かで」
担任の教師が、転入生を連れて教室へ入って来た。舞はリサに同意を求めると同時に、
意外な転入生に、一瞬で教室内は騒然とした。
「あー、静かに!今日は珍しく全員居るな――いいね。んで、転入生だ。仲良くするように。はい、自己紹介」
教室の何人かは、名前ばかりか具体的なプロフィールまで知っていた。転入生は有名人だったから。それでも教師に促されて、彼女は一歩前へ踏み出し教室中を見渡す。
「綾鉄未有人です。何か女子高生する事になっちゃったんで、適当に
教室中から歓声が上がった。主に男子から。
「ああ、思い出した。リサ、あの人――今朝もニュースで言ってた、防衛省の……リサ?」
静かにするよう、声を張り上げる教師の目を盗んで。リサは席を立つと、そのまま転入生を見もせず大騒ぎの教室を出る。自分に注がれる、未有人の熱い視線を平然と受け流しながら。
※
未有人の人生は一変してしまった。己の努力と才覚で、エリート街道を
ただ砲騎を駆る者としてだけ、自分は期待されていた。そしてその期待に応えられなかった。それだけでもう、未有人のキャリアは終わってしまったのだ。失意の彼女を気遣ってくれたのは、父親だった
「何が『未有人は今まで頑張ったんだから、少し女子高生でもやって羽を伸ばすといい』よっ! 体のいいお払い箱じゃない……
編入テストは全教科満点。初日から授業では、驚異的な学力を
「こうなったら、意地でも魔砲遣いになって……絶対にっ! 元の地位にっ、返り咲いてやるんだからっ!」
バン! と屋上への扉を開け放って。決意を叫びながら、日差しの中へと一歩を踏み出す未有人。彼女は尋ね人を探して首を巡らせた。
自分が珍しいらしく、何かと構ってくる級友達。彼等彼女等の話では、天気のいい日は決まって屋上で昼寝……それが天咲リサの日課らしい。
「意地でも、か。それが本気なら、本心なら……砲騎は応える筈。意地――言うは
頭上から声がして、未有人は振り返った。屋上の出入り口に建つ貯水タンクに、尻尾の様に黒い総髪が揺れている。それが一旦視界から消えると、リサは顔を覗かせ未有人を見下ろした。
「そんな所に……教えて、天咲リサ! どうすれば砲騎を使えるようになるの? アタシにはちゃんと、必要な霊子力はある
「人に教えを
「まあ、そうだけどさ。ゴメン、気に
「オーダーメイジは生物学的には、普通の人間と変わらないと聞いている。それは私達オーバーメイジも一緒だ。それに私は別に、お前に興味は無い」
それは意外な答で、思わず未有人は意表を突かれて押し黙る。そんな彼女に構わず、リサは再び天を仰ぐと。頭の後で手を組んで、長い総髪を風に遊ばせながら昼寝に戻った。
誰もが自分を
最も現実には、本当に才能を
「興味が無いなら、それは構わないけど。アタシはあの砲騎で、魔砲遣いになりた――」
「リサちゃんっ! 大変、大変だよっ! 未有人ちゃん、防衛省クビになっちゃったんだって! それでね、なんと……驚かないでね、この学校に転入して来たんだよっ!」
突如、鉄の扉が勢い良く開け放たれて。屋上に出るなり、目立つ
「
「そなんだ!? でも大丈夫かな? 未有人ちゃん、こないだの失敗で怒られちゃったのかなー」
「……本人に聞いてみて下さい。私の方では特に、
「本人に? そっか、そうだねっ! 未有人ちゃんは教室かな、ちょっと行ってみるっ!」
「あ、あのー……アタシ、ここに居るんですけど」
何からどう突っ込んだものかと思案した挙句、未有人は一人だけテンションの違う人物へと声を掛けた。確か、この奇異な容姿の少女は
敦子は未有人の声に振り返り、その鈍い脳細胞で事態を把握すると――満面の笑みで両手を広げた。逃げる間もなく未有人は、熱い
「え、ええと、山田三等特尉? 放して下さい、く、苦しいです」
「良かったー、落ち込んでると思って。わたし達、心配してたんですよ? リサちゃんも、めぐみちゃんも」
「私は特に心配していません、山田三等特尉」
どうにか長くしなやかな腕から逃れると。未有人は、頭一つ分目線の高い敦子を見上げた。確かに初めて会った時、リサと同じセーラー服を着ていたが。まさか、同じ学校だとは思わなかった。
「それとー、二人ともっ! 学校ではわたしの事は、山田先輩って呼びましょう! 結構こう見えても、頼れるんですよー」
「は、はぁ……その、山田先輩。その節はどうも、ご心配をお掛けしました」
「うんうん、ご心配をお掛けられました! でも良かった、思ったより元気そう」
「防衛省は追い出されちゃいましたけど。まあ、それも――あ、そうだ。山田先輩、一つ聞いていいですか?」
「いいよー、もう一つと言わず二つ三つと、どーんと聞いて頂戴っ!」
「山田三等特尉、機密の
部外者扱いに思わずカチン! と来る未有人。興味が無いと言う割には、リサの一言はいちいち未有人の
「山田先輩、どうすればアタシは砲騎が使えるようになるんですか?」
「えっ、砲騎? ええと、うーん……」
「山田先輩は、どうやって砲騎を
「わたしはね、えっと――悪い奴が現れて、うおお! やっつけるぞー! って気持ちになって……それで、おろちさんに乗ってぎゅいーん! って……あ、わたしの砲騎ね、おろちさんって言うの」
こう見えても頼れると、確かに敦子は言っていたが。実際には
「もっとこう、具体的な事って無いんですか?」
「具体的に? 具体的に……はっ! お腹が空いてると力が出ない! とか? 他には、むむむ……」
あっけらかんと敦子は、未有人の期待を裏切り続ける。正直、落胆を隠せぬ未有人だが、敦子に悪気が無いと感じれば責める訳にもいかず。首を傾げて腕組み、額に眉を寄せて考え込む敦子を見れば、自然と肩から力が抜けた。
「参ったな、砲騎を使うには技術論じゃなくて精神論か――こればっかりは、頑張り方が解らないから困るわね」
昔から未有人は、気合とか根性とかが苦手だった。努力はいい、それは現実的な数値を積み重ねる、その作業を言うのだから。
未有人は自分の不甲斐無さに、思わず溜息が零れた。
「
見るに見かねたか、はたまた気まぐれか。リサは身をバネにして飛び起きると。その勢いを利用して、未有人の前に飛び降りた。総髪を翻して向き直ると、彼女は未有人の言葉を一つだけ訂正させる。
「操り使うのでは無い。強い意思で――想いで霊子力を通わせ、
「強い、意志? 想い……なら有るっ! アタシは、どうしても砲騎が必要なの! 魔砲遣いじゃないと……」
「何の為に? 誰の為にそう願う? 己の為でもいい、ただ迷いがあれば――砲騎は応えてはくれない」
「まっ、迷ってなんか……迷えるもんですか」
ますます難しい表情で、うんうん唸る敦子を挟んで。リサの言葉に未有人は激しく揺らいだ。
自分が砲騎を求める、魔砲遣いになる理由。そんな物は果たして、本当に存在するのだろうか? 自分がそうなるべくして造られた人間だから? それはそうかもしれない。しかしその現実は、未有人から多くの物を奪った。キャリアもプライドも、愛する父との
「――なら、天咲さんは、貴女にはあるのよね? 砲騎でN計画と戦う、魔砲遣いになる理由が」
「無論だ。私はこの手で、奴等を……奴を
不意に携帯電話の着信音が鳴り響く。それが自分の物だと気付いても、リサは未有人から眼を逸らさなかった。その瞳に未有人は、黒く
そのまま未有人をじっと見詰めながら、リサはスカートのポケットから携帯電話を取り出す。ストラップという機能以上でも以下でも無い
「はい、天咲です」
リサがピシリと身を正した。同時に屋上のドアへ目配せして、きちんと閉じられている事を確認。
「山田三等特尉なら一緒に居りますが。連絡が取れない? はい、了解です」
見えない煙を巻き上げ思い悩んでいた敦子は、慌てて自分の携帯電話を取り出した。どうやら何度も呼び出しがあったらしく、彼女は急いで連絡を取ろうとする。しかしリサは、不要だと手で静かにそれを制した。
「では、現地で
父の名に、ビクリと身を震わせる未有人。恐る恐る確認してみるが、取り出した携帯電話に着信は無かった。
「あわわ、ブルームベースから
「断固、殲滅あるのみです。行きましょう、山田三等特尉――来いっ、かみかぜっ!」
突如、未有人の目の前で空間が割れた。そうとしか表現出来ない現象から、飛び出して来る砲騎。
リサはそのまま軽々とかみかぜを振るった。まるで重さを感じさせずに。同時に彼女の着衣が弾けて、一瞬で再構成される。その姿は未有人にも馴染みの有る制服だった。
「よーしっ! 今日もがんばろ! お願いっ、おろちさんっ!」
敦子も自分の声に応え現れる砲騎――
「天咲さんのは解るわ、細部は違うけどそれは航空自衛隊の制服よね……まだ解る。でも、山田先輩……どうして
敦子の姿は、神社の
「あ、わたしは実家が神社なんです。それで代々、霊子力の強い家系で、ずっと前におじさんにスカウトされて」
「いえ、その、アタシが聞きたいのはそんな話じゃなくてですね……」
「これは魔砲遣いの
以前、作戦司令室で見た映像では良く見えなかったが。まさか魔砲遣いがこんな格好で、旧大戦の負の遺産と戦っているとは思わなかった。言葉を失う未有人。
「では、山田三等特尉。今回の現場は地中海ですので、
「りょーかいっ! じゃ、未有人ちゃん、ちょっと行って来るね。余裕があったらお
二人はそれぞれ、自らの相棒たる砲騎に
一人残された未有人は、鳴らない携帯電話を両手で胸に抱えて立ち尽くした。
「――ま、いいけどね。今のアタシってば能無しだし……でも、連絡位……パパの馬鹿」
世界の危機を知りながらも
落ち込み
重々しいドアが三度開かれたのは、未有人がドアノブに手を掛けたのと同時だった。
「っと、綾鉄さん、リサには会えました? 皆に聞いたら、リサを探してるって。彼女、ここ以外にもねぐらがあるんですよ――今日はお天気もいいし、他には部室棟の屋根とか……綾鉄さん?」
眼鏡を掛け、カチューシャで髪を留めた少女は、確か二年B組の学級委員。僅か半日でクラス全員の名前を把握した未有人は、自然と水無瀬舞という人物を思い出す事が出来た。
「え、ええ、会えたわ。用事も済んだし」
「そう、良かった。彼女、変わり者だけど気持ちのいい人よ。私の友達なの」
一方的にそう思っているだけだと、そう付け足して。舞は人懐っこい笑みを浮かべた。
「友達、か……あーあ、女子高生なら友達位、居て当然よね。ん、んっー……ふぅ、友達か」
「あら、綾鉄さん。当然って訳じゃないと思うわ。当然と言うよりはそう、きっと自然なのよ。もしくは必然」
そう言って不意に、舞は手を差し出す。大きく伸びをしていた未有人は、その意図する所に咄嗟には気付けなかった。
「みんな興味本位で色々言うけど、綾鉄さんが噂の天才少女じゃなくても……きっとお友達になりたいと思うのよね。私と同じで」
やっぱり一方的なんだけど、と舞は笑う。その手を照れ臭そうに、未有人は握った。思えば彼女にとって、これが人生で初めて友達と呼べる人間の誕生――その瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます