03

 他の二人の魔砲遣いオーバーメイジにとって、戦いの合間の日常は貴重なのだろう。しかし天咲アマザキリサは、それが少し億劫おっくうだった。

 着慣れたセーラー服に袖を通し、トーストを牛乳で流し込む。いつもと変わらぬ、平日の朝。リサは砲騎BROOMを駆る魔砲遣いであると同時に、ごく平凡な女子高生も務めなければいけなかったから。いそいそと支度を終えて、点きっ放しのテレビを消すべくリモコンを手に取る。

 その手が止まり、自然と指が音量を上げた。


「さて、次のニュースです。先日、突然辞意を表明した、防衛省の綾鉄未有人アヤガネミウト特例参事官とくれいさんじかんですが――」


 砲騎の量産に合わせて造られたオーダーメイジ達……今も世界各地で、己の運命も知らされずに暮らす未来の魔砲遣い。その中から今回、試作騎の実験に選ばれた、最も霊子力アストラルの高かった人間が綾鉄未有人だった。


「やはり、いかに天才とは言え十七歳の子供ですからね。防衛省の内外でも当初から様々な批判が――」


 リサの記憶では、未有人の世間での評判は悪くは無かった。何より防衛省自体が、非常にもてはやして重用ちょうようしていた筈である。つい先日までは、あの瞬間までは。

 防衛省の人間が期待していたのは恐らく、魔砲遣いとしての未有人だったのだろう。秘匿機関ひとくきかんである特務B分室とくむビーぶんしつ――ブルームB-Room内に、自分達の息の掛かった人間を送り込みたかったのだ。それも、最も重要度の高い魔砲遣いとして。だが、その目論見は御破算ごはさんになった。

 未有人は量産型砲騎の試作騎、まほろばの起動に失敗した。リサにはそれは、当然の様に思えたが。


「特例参事官の手掛けた改革方針は、防衛省が引き継ぐ形で進める事になるようです。また、一部のメディアでは、国防アイドルのまさかの電撃辞任が波紋を呼んでおり――」


 リサは何の感慨も感傷も無く、黙ってテレビの電源を切る。無感情の無表情で。

 あの後、未有人がどうなったのかは知らない。恐らく敦子アツコが励まし、めぐみが慰めただろう。だが、彼女達も自分も、生まれ持った力で砲騎を駆るオーバーメイジだから。N計画エヌけいかくと戦う強い意志があり、それだけの理由が想いとなって霊子力を励起れいきさせるから。まるで呼吸するかのように、自然と砲騎と一体となるオーバーメイジには、オーダーメイジ達の苦悩や葛藤は理解出来なかった。

 少なくともリサにとってはそうで。彼女の目的は唯一つ――N計画の速やかな殲滅せんめつ。それ以外には全く興味が無い。正確に言えば……N計画の生み出した、とある兵器の完全な破壊。


「では、姉様。いってきます」


 鞄を手に、総髪そうはつを揺らして振り返り。リサはたった一人の家族に挨拶して部屋を出る。彼女の姉、天咲リカは今日も、机の上のフォトフレームで笑顔を咲かせていた。それだけが唯一、殺風景なアパートの一室に飾られた、永遠に枯れる事の無い花だった。


                  ※


「リサ、おはよ――あ、待って! 今日はまだ行かないで」


 自分の席に鞄を放ると、そのまま教室を出ようとしたリサ。級友の誰もが相変わらずの、無関心の視線で見送る中……そんな彼女を引き止める声があった。


「何か? 水無瀬みなせさん」

「あのね、今日は転入生が来るんだって。だからその、ホームルームだけでもどうかな、って」


 水無瀬舞ミナセマイがこうしてリサに声を掛けてくれるのは、何も学級委員だからでは無い。リサを友人だとしたってくれるから。その眼鏡めがねの奥でうるむ、黒目がちな瞳に見詰められると……黙ってリサは自分の席へと戻る。


「私、ちらっと職員室で見ちゃったんだけど……どこかで見た事あるのよね、今日の転入生」


 全く物怖じせず、舞はリサの隣である自分の席に腰掛けて。記憶の糸を辿たどるように、形良いあごに人差し指を立てて天井を見上げる。

 リサはここ、私立七菱学園しりつななびしがくえん二年B組では問題児。不良少女と言ってもいい。喧嘩や喫煙をする訳では無いが、授業にはほとんど出ず単位はギリギリ。他者に興味が持てず、ゆえに必然である以上の人間関係が苦手だから。

 それでも舞の、押し付けがましくない程度に一方的な友情は、リサにとって邪魔に感じるものでは無いらしく。優等生とは思えぬ気さくな親しみやすさなどは、好ましいと思っていた。羨ましいとさえ。


「あ、来た来た。ほら、リサも見た事あるような気がしない? テレビか何かで」


 担任の教師が、転入生を連れて教室へ入って来た。舞はリサに同意を求めると同時に、りんとした声で起立を呼び掛け立ち上がる。自分が居る事が嬉しそうな教師の視線にさらされ、リサも黙って立ち上がった。

 意外な転入生に、一瞬で教室内は騒然とした。


「あー、静かに!今日は珍しく全員居るな――いいね。んで、転入生だ。仲良くするように。はい、自己紹介」


 教室の何人かは、名前ばかりか具体的なプロフィールまで知っていた。転入生は有名人だったから。それでも教師に促されて、彼女は一歩前へ踏み出し教室中を見渡す。


「綾鉄未有人です。何か女子高生する事になっちゃったんで、適当によろしく」


 教室中から歓声が上がった。主に男子から。容姿端麗ようしたんれい、可憐なその姿はセーラー服に身を包んでは居るが。テレビで御馴染み、防衛省の元特例参事官、綾鉄未有人その人だった。


「ああ、思い出した。リサ、あの人――今朝もニュースで言ってた、防衛省の……リサ?」


 静かにするよう、声を張り上げる教師の目を盗んで。リサは席を立つと、そのまま転入生を見もせず大騒ぎの教室を出る。自分に注がれる、未有人の熱い視線を平然と受け流しながら。


                  ※


 未有人の人生は一変してしまった。己の努力と才覚で、エリート街道を邁進まんしんしている思っていたのに。仮初かりそめの平和の、その裏で戦われ続けてきた真実を知ったから。その渦中に巻き込まれてしまったから。

 ただ砲騎を駆る者としてだけ、自分は期待されていた。そしてその期待に応えられなかった。それだけでもう、未有人のキャリアは終わってしまったのだ。失意の彼女を気遣ってくれたのは、父親だった防人サキモリ。彼はしかし、まるで未有人を遠ざけるように、高校に通ってみる事を提案したのだった。


「何が『未有人は今まで頑張ったんだから、少し女子高生でもやって羽を伸ばすといい』よっ! 体のいいお払い箱じゃない……今更いまさらアタシが? 女子高生? 笑っちゃうわ」


 編入テストは全教科満点。初日から授業では、驚異的な学力を遺憾無いかんなく発揮した未有人。噂の天才少女を、眉唾物まゆつばものだと興味本位で突っ突いた各教科の担当は、文句の付けようが無い模範解答に驚いただろう。だが、未有人は全く楽しくは無かった。


「こうなったら、意地でも魔砲遣いになって……絶対にっ! 元の地位にっ、返り咲いてやるんだからっ!」


 バン! と屋上への扉を開け放って。決意を叫びながら、日差しの中へと一歩を踏み出す未有人。彼女は尋ね人を探して首を巡らせた。

 自分が珍しいらしく、何かと構ってくる級友達。彼等彼女等の話では、天気のいい日は決まって屋上で昼寝……それが天咲リサの日課らしい。


「意地でも、か。それが本気なら、本心なら……砲騎は応える筈。意地――言うはやすい、な」


 頭上から声がして、未有人は振り返った。屋上の出入り口に建つ貯水タンクに、尻尾の様に黒い総髪が揺れている。それが一旦視界から消えると、リサは顔を覗かせ未有人を見下ろした。


「そんな所に……教えて、天咲リサ! どうすれば砲騎を使えるようになるの? アタシにはちゃんと、必要な霊子力はあるはずなんでしょ?」

「人に教えをう態度では無いな、綾鉄未有人。まあ、無理も無い……お前は教えを乞う事なんて、今まで一度も無かっただろうから」

「まあ、そうだけどさ。ゴメン、気にさわったら謝るわ。でも天咲さん、アタシは貴女が思っているような人間じゃないわ……人間ですら無いかもしれないし」

「オーダーメイジは生物学的には、普通の人間と変わらないと聞いている。それは私達オーバーメイジも一緒だ。それに私は別に、お前に興味は無い」


 それは意外な答で、思わず未有人は意表を突かれて押し黙る。そんな彼女に構わず、リサは再び天を仰ぐと。頭の後で手を組んで、長い総髪を風に遊ばせながら昼寝に戻った。

 誰もが自分をうらやむ――容姿、知識、体力。その他諸々、あるいはそれをひっくるめて全て。未有人にはその自覚が幼い頃からあったから、誤解だけは持たれぬ様に努めて来た。即ち、自分は才能を持った人間では無く、才能を伸ばす努力を欠かさぬ人間であると。

 最も現実には、本当に才能をあらかじめ仕組まれた人間だったのだが。しかも、それは副産物でしか無く、誰からも望まれていなかったのである。


「興味が無いなら、それは構わないけど。アタシはあの砲騎で、魔砲遣いになりた――」

「リサちゃんっ! 大変、大変だよっ! 未有人ちゃん、防衛省クビになっちゃったんだって! それでね、なんと……驚かないでね、この学校に転入して来たんだよっ!」


 突如、鉄の扉が勢い良く開け放たれて。屋上に出るなり、目立つ長身白髪ちょうしんはくはつの少女は振り返ってリサを仰ぎ見た。未有人に全く気付かずに。


山田ヤマダ三等特尉さんとうとくい、その件ならもう知っています。私のクラスに転入して来ましたから」

「そなんだ!? でも大丈夫かな? 未有人ちゃん、こないだの失敗で怒られちゃったのかなー」

「……本人に聞いてみて下さい。私の方では特に、仔細しさいは聞かされていませんので」

「本人に? そっか、そうだねっ! 未有人ちゃんは教室かな、ちょっと行ってみるっ!」

「あ、あのー……アタシ、ここに居るんですけど」


 何からどう突っ込んだものかと思案した挙句、未有人は一人だけテンションの違う人物へと声を掛けた。確か、この奇異な容姿の少女は山田敦子ヤマダアツコ。リサと同じ、オリジナルの砲騎を駆る魔砲遣い。

 敦子は未有人の声に振り返り、その鈍い脳細胞で事態を把握すると――満面の笑みで両手を広げた。逃げる間もなく未有人は、熱い抱擁ほうようで起伏に富んだ長身に埋まる。


「え、ええと、山田三等特尉? 放して下さい、く、苦しいです」

「良かったー、落ち込んでると思って。わたし達、心配してたんですよ? リサちゃんも、めぐみちゃんも」

「私は特に心配していません、山田三等特尉」


 どうにか長くしなやかな腕から逃れると。未有人は、頭一つ分目線の高い敦子を見上げた。確かに初めて会った時、リサと同じセーラー服を着ていたが。まさか、同じ学校だとは思わなかった。


「それとー、二人ともっ! 学校ではわたしの事は、山田先輩って呼びましょう! 結構こう見えても、頼れるんですよー」


 さらに意外な事実が発覚した。敦子は三年生、つまり上級生だった。


「は、はぁ……その、山田先輩。その節はどうも、ご心配をお掛けしました」

「うんうん、ご心配をお掛けられました! でも良かった、思ったより元気そう」

「防衛省は追い出されちゃいましたけど。まあ、それも――あ、そうだ。山田先輩、一つ聞いていいですか?」

「いいよー、もう一つと言わず二つ三つと、どーんと聞いて頂戴っ!」

「山田三等特尉、機密の漏洩ろうえいにだけは注意して下さい。私達の存在は部外秘ですから」


 部外者扱いに思わずカチン! と来る未有人。興味が無いと言う割には、リサの一言はいちいち未有人のかんに障る。しかし今はそれに構っても居られない。砲騎さえ使えれば、もう部外者などとは言わせない……自分の存在理由を賭けて、世界の平和をより効率良く守ってみせる。未有人にはその自信があった。


「山田先輩、どうすればアタシは砲騎が使えるようになるんですか?」

「えっ、砲騎? ええと、うーん……」

「山田先輩は、どうやって砲騎をあやつってるんですか? 何かこう、霊子力を通わせるコツみたいなものがあるのかな、って思って」

「わたしはね、えっと――悪い奴が現れて、うおお! やっつけるぞー! って気持ちになって……それで、おろちさんに乗ってぎゅいーん! って……あ、わたしの砲騎ね、おろちさんって言うの」


 こう見えても頼れると、確かに敦子は言っていたが。実際には存外ぞんがい――否、全く頼りにならない。


「もっとこう、具体的な事って無いんですか?」

「具体的に? 具体的に……はっ! お腹が空いてると力が出ない! とか? 他には、むむむ……」


 あっけらかんと敦子は、未有人の期待を裏切り続ける。正直、落胆を隠せぬ未有人だが、敦子に悪気が無いと感じれば責める訳にもいかず。首を傾げて腕組み、額に眉を寄せて考え込む敦子を見れば、自然と肩から力が抜けた。


「参ったな、砲騎を使うには技術論じゃなくて精神論か――こればっかりは、頑張り方が解らないから困るわね」


 昔から未有人は、気合とか根性とかが苦手だった。努力はいい、それは現実的な数値を積み重ねる、その作業を言うのだから。

 して今、未有人は心の拠り所が揺らいでいるから。父としたった者は父に非ず、務めと誓った居場所からは放逐ほうちくされ。真に求められる力は解き放てず、こんな所で女子高生をやっている。

 未有人は自分の不甲斐無さに、思わず溜息が零れた。


おおむね合っている――だが、綾鉄未有人。お前は一つ、大きな勘違いをしているぞ」


 見るに見かねたか、はたまた気まぐれか。リサは身をバネにして飛び起きると。その勢いを利用して、未有人の前に飛び降りた。総髪を翻して向き直ると、彼女は未有人の言葉を一つだけ訂正させる。


「操り使うのでは無い。強い意思で――想いで霊子力を通わせ、人騎一体じんきいったいとなる。これが砲騎を駆るという事だ」

「強い、意志? 想い……なら有るっ! アタシは、どうしても砲騎が必要なの! 魔砲遣いじゃないと……」

「何の為に? 誰の為にそう願う? 己の為でもいい、ただ迷いがあれば――砲騎は応えてはくれない」

「まっ、迷ってなんか……迷えるもんですか」


 ますます難しい表情で、うんうん唸る敦子を挟んで。リサの言葉に未有人は激しく揺らいだ。

 自分が砲騎を求める、魔砲遣いになる理由。そんな物は果たして、本当に存在するのだろうか? 自分がそうなるべくして造られた人間だから? それはそうかもしれない。しかしその現実は、未有人から多くの物を奪った。キャリアもプライドも、愛する父とのきずなさえも。


「――なら、天咲さんは、貴女にはあるのよね? 砲騎でN計画と戦う、魔砲遣いになる理由が」

「無論だ。私はこの手で、奴等を……奴を殲滅せんめつする。私の戦う理由は……」


 不意に携帯電話の着信音が鳴り響く。それが自分の物だと気付いても、リサは未有人から眼を逸らさなかった。その瞳に未有人は、黒くたぎる暗い炎を見る。表情の無いリサは全身から、負の感情をみなぎらせていた。

 そのまま未有人をじっと見詰めながら、リサはスカートのポケットから携帯電話を取り出す。ストラップという機能以上でも以下でも無いひもに、無個性なデフォルト設定の着信音がぶらさがっていた。


「はい、天咲です」


 リサがピシリと身を正した。同時に屋上のドアへ目配せして、きちんと閉じられている事を確認。


「山田三等特尉なら一緒に居りますが。連絡が取れない? はい、了解です」


 見えない煙を巻き上げ思い悩んでいた敦子は、慌てて自分の携帯電話を取り出した。どうやら何度も呼び出しがあったらしく、彼女は急いで連絡を取ろうとする。しかしリサは、不要だと手で静かにそれを制した。


「では、現地で海音寺カイオンジ一等特尉と合流します。はい、それでは失礼します、綾鉄司令」


 父の名に、ビクリと身を震わせる未有人。恐る恐る確認してみるが、取り出した携帯電話に着信は無かった。


「あわわ、ブルームベースから緊急呼出きんきゅうよびだし……どしよ、リサちゃん!」

「断固、殲滅あるのみです。行きましょう、山田三等特尉――来いっ、かみかぜっ!」


 突如、未有人の目の前で空間が割れた。そうとしか表現出来ない現象から、飛び出して来る砲騎。霊子境界ボーダー内から現れたオリジナル砲騎の壱番騎いちばんき、かみかぜ……それに手を伸べ掴むと、即座にリサの霊子力が流れ込んで満ちる。

 リサはそのまま軽々とかみかぜを振るった。まるで重さを感じさせずに。同時に彼女の着衣が弾けて、一瞬で再構成される。その姿は未有人にも馴染みの有る制服だった。


「よーしっ! 今日もがんばろ! お願いっ、おろちさんっ!」


 敦子も自分の声に応え現れる砲騎――弐番騎にばんき、おろちを手に一瞬で着替える。それは見ている未有人には、先程同様まるで夢のようで。しかし、光が集束して現れた敦子の服を見て、思わず彼女は頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


「天咲さんのは解るわ、細部は違うけどそれは航空自衛隊の制服よね……まだ解る。でも、山田先輩……どうして巫女みこさんなんですか!?」


 敦子の姿は、神社の境内けいだいで見かける巫女に酷似していた。紅白の巫女装束に身を包み、手にははがねの砲騎。


「あ、わたしは実家が神社なんです。それで代々、霊子力の強い家系で、ずっと前におじさんにスカウトされて」

「いえ、その、アタシが聞きたいのはそんな話じゃなくてですね……」

「これは魔砲遣いの砲衣ウォージャケット――ウォージャケット。砲騎を駆る者のイメージより砲騎自身がんだ、言ってみれば鎧のような物だ。不勉強だな、綾鉄未有人」


 以前、作戦司令室で見た映像では良く見えなかったが。まさか魔砲遣いがこんな格好で、旧大戦の負の遺産と戦っているとは思わなかった。言葉を失う未有人。


「では、山田三等特尉。今回の現場は地中海ですので、霊子境界跳躍ボーダーリープで移動。現地にて海音寺一等特尉と合流します」

「りょーかいっ! じゃ、未有人ちゃん、ちょっと行って来るね。余裕があったらお土産みやげ買って来る――地中海か、晴れてるといいな」


 二人はそれぞれ、自らの相棒たる砲騎にまたがると。そのまま音も無く静かに空へと舞い上がる。見上げる未有人に手を振り、先ずは敦子が霊子境界内へ突入。その姿は不自然に加速すると、突如とつじょ空へと溶け消えた。後を追ってリサも、総髪をなびかせ続く。

 一人残された未有人は、鳴らない携帯電話を両手で胸に抱えて立ち尽くした。


「――ま、いいけどね。今のアタシってば能無しだし……でも、連絡位……パパの馬鹿」


 世界の危機を知りながらも蚊帳かやの外な自分をしかし、未有人は笑えなかった。リサに不勉強だと言われた事も、事実だけに耳が痛い。

 落ち込みくさる、その暇があるのなら……少しでも善処したという気持ちがあったから。未有人は小さく、ヨシッ! と自分の頬を叩いて己を奮い立たせると。とりあえずは教室に戻るべく、校舎の中へ入るドアへ振り返った。

 重々しいドアが三度開かれたのは、未有人がドアノブに手を掛けたのと同時だった。


「っと、綾鉄さん、リサには会えました? 皆に聞いたら、リサを探してるって。彼女、ここ以外にもねぐらがあるんですよ――今日はお天気もいいし、他には部室棟の屋根とか……綾鉄さん?」


 眼鏡を掛け、カチューシャで髪を留めた少女は、確か二年B組の学級委員。僅か半日でクラス全員の名前を把握した未有人は、自然と水無瀬舞という人物を思い出す事が出来た。


「え、ええ、会えたわ。用事も済んだし」

「そう、良かった。彼女、変わり者だけど気持ちのいい人よ。私の友達なの」


 一方的にそう思っているだけだと、そう付け足して。舞は人懐っこい笑みを浮かべた。


「友達、か……あーあ、女子高生なら友達位、居て当然よね。ん、んっー……ふぅ、友達か」

「あら、綾鉄さん。当然って訳じゃないと思うわ。当然と言うよりはそう、きっと自然なのよ。もしくは必然」


 そう言って不意に、舞は手を差し出す。大きく伸びをしていた未有人は、その意図する所に咄嗟には気付けなかった。


「みんな興味本位で色々言うけど、綾鉄さんが噂の天才少女じゃなくても……きっとお友達になりたいと思うのよね。私と同じで」


 やっぱり一方的なんだけど、と舞は笑う。その手を照れ臭そうに、未有人は握った。思えば彼女にとって、これが人生で初めて友達と呼べる人間の誕生――その瞬間だった。

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