02

「本来、N計画エヌけいかくの兵器群は終戦時に全て廃棄される筈でした。しかし彼女達は全て、霊子波動機関アストラルドライブで動いています……つまり生きているんですよ。当然、各々が自衛の為に逃げ出してしまいました」


 特務B分室とくむビーぶんしつの隊員達は皆、一人で流暢に語る白衣の男へ道を譲る。未有人ミウトは今、防人サキモリと共に彼の――特務B分室特別技官とくべつぎかん風矢真司カザヤシンジの研究室へと向っていた。


「ええと、未有人さんにはまだ話してませんでしたね。霊子波動機関というのは、人の負の感情――怨嗟えんさ憎悪ぞうおで動く、純攻性意思を持った永久機関。N計画は今も霊子境界ボーダー内……まあ、異次元とかあの世だと思って下さい。とにかく位相いそうの異なる世界に隠れて世界中の悪意を吸い上げつつ、本能のおもむくままに破壊の限りを繰り返しているのです」


 頼んでもいないのに、長々と説明を述べる風矢。その後を付いて歩く未有人は、どこか現実感の無い真実を、どうにか理解し飲み込んで。少しだけ不安げな表情で、傍らを歩く父を見上げた。

 防人は険しい表情でただ、風矢の背中を凝視して。未有人の視線に気付くと、らしからぬ曖昧あいまいな笑みを浮かべるだけだった。


「霊子波動機関を搭載したN計画の無人兵器群は、強力な霊子力場アストラルテリトリーを形成します。これを破れるのは現在、魔砲遣いオーバーメイジが駆る砲騎BROOMのみ」


 どうやら目的の部屋に到着したらしく。風矢は壁のパネルに素早くコードを入力。圧搾空気の抜ける音が響いて、合金製の重々しい扉が開け放たれた。

 促されるままに、真っ暗な室内へと足を踏み入れる未有人。次第に闇に目が慣れ始めたその時、不意に小さな明かりが灯った。その光に照らされ浮かび上がる、鋼鉄のつぼみ。作業台に固定されたそれは、咲く瞬間を待ち侘びる花の様だと未有人は感じた。だが良く見れば、なるほど逆さまに立て掛けられたほうきに見えなくも無い。


「残念ながら我々戦後人類せんごじんるいは、N計画に唯一対抗出来る砲騎を三騎さんきしか保有していない」


 薄明かりに鈍く輝く、初めて目の当たりにする砲騎。思わず見入っていた未有人に並んで、防人が重い口を開いた。


霊子波動石アストラルクォーツを搭載した、オリジナルの砲騎は三騎のみ……だが、僅か三騎の砲騎と三人の魔砲遣いで、全世界のあらゆる場所に現れるN計画と戦い続ける事は難しい」

「――霊子波動石?」


 次々と自分へ流れ込んで来る専門用語に、初めて未有人は問い返した。防人に代わって風矢が、待ってましたとばかりに講釈を始める。


「そう、霊子波動石……アストラルクォーツ。魔砲遣いの霊子力アストラルを物理的なエネルギーに変換する、この世で三つしか無い砲騎のコア。嘗て海音寺カイオンジ博士が生み出した霊子波動石は、現代の技術では精製不能だと永年思われてきましたが。しかし僕はオリジナル砲騎の研究と解析を進め、人工霊子波動石搭載型の量産型砲騎開発に成功したのです。これがその、試作型――貴女の砲騎ですよ、未有人さん」


 自分の、砲騎。そう言われて未有人は、改めて見詰める。鈍い光沢を放つ、根も葉も無い金属の蕾を。

 先程、作戦指揮所で見せられた通り。自分が砲騎を駆る魔砲遣いとして、N計画と呼ばれる旧大戦の残滓ざんしと戦う。一国の国防に携わる人間として、未有人は事の重大性を理解していたが。素朴で最もな疑問が口を突いて出た。


「何故、アタシなんですか?」


 その問いに風矢は、一瞬意外な表情で片眉を上げて。ゆっくりと防人へ視線を巡らせる。静かに問い詰めるようなその眼差しに、防人はただ黙って顔を伏せるだけだった。


「司令、未有人さんに……お嬢さんにはまだ、お話していないのですか?」


 不意に未有人の胸が不安にざわめいた。

 普段から豪放で快活な綾鉄防人アヤガネサキモリ。厳しくも優しい、最愛の父。その彼が今、苦悩の表情を滲ませ眉間にしわを寄せながら。覚悟を決めたように、未有人の前に歩み出た。華奢きゃしゃ愛娘まなむすめの肩に、彼はそっと両手を置く。


「未有人、落ち着いて私の話を聞いて欲しい。突然の話で済まないと思っている……しかし、未有人にしか出来ない事なんだよ」

「そんな、訳が解らないわ。砲騎でしかN計画が倒せなくて、その砲騎の量産化に目処が立ったんでしょ? すぐにでも陸海空、全ての自衛隊に配備して……同時に各国にも、ああでも砲騎も武器輸出規制の対象になるのかしら? 即刻、防衛省に帰って検討しないと――」


 防衛省の特例参事官とくれいさんじかんとして、未有人の頭脳はフル回転した。若輩ながら能力と責任を持つ者として。どこか現実から――自分が戦うという選択から逃げるように。

 防人はしかし、そんな未有人の心中を察しつつとがめずに。黙って許しを乞う様に抱き締めた。突然の抱擁ほうように驚く未有人。


「済まない、未有人……普通の人間では、魔砲遣いにはなれない。特別に霊子力の強い人間、オーバーメイジと呼ばれる選ばれた者だけが、砲騎を駆る事が出来るんだよ」

「じゃ、じゃあアタシは適正のある人間――ええと、オーバーメイジ? って訳なの?」


 逞しい胸に両手を付き、未有人は防人を見上げた。しかし彼女の父親は、父親の顔を隠せぬブルームB-Roomの司令官は……静かに首を横に振ると、そのまま黙ってしまった。


「適正のある人間、は正しい表現ではありませんね。未有人さんは適正を与えられた人間、という事になるでしょう。貴女はオーバーメイジでは無く……なのですから」


 葛藤かっとうする親と、混乱する娘。その状況を見かねた風矢が口を挟んだ。事は親子間の問題では無い……こうしている間も、N計画の恐怖が世界を脅かしているから。


「オーダー……メイジ? アタシが? パパ、それって……オーダーメイジって、何?」


 説明しようとする風矢を手で遮って。防人は遂に重い口を開く。

 一人の親として、その責任だけは己で果さなければならない。どのような結果が訪れるとしても。防人は改めて未有人をまじまじと見詰め、可憐な愛娘に目を細めると。感傷を振り払って真実を告げた。


「オーダーメイジとは、遺伝子操作により人為的に強い霊子力を持たされたデザインベイビーの事だ」

「私が、デザインベイビー……それって」

「魔砲遣いの資質を備えたオーバーメイジの出生率は、絶望的に低い。私達は砲騎の量産化と同時に、それを駆る魔砲遣いの育成も考えなければいけなかった。そこで生み出されたのが……人造オーバーメイジ、つまりオーダーメイジ」

「嘘……じゃあ、私は……パパの娘じゃ」

「予め遺伝子操作を受け、人工子宮で生まれたオーダーメイジは強い霊子力を持つ。同時に、常人を超越した頭脳や肉体をも得る事になる。無論容姿も……だが聞いて欲しい、未有人。私はお前を……」


 防人の声を未有人の悲鳴が遮った。声にならない絶叫に身を震わせ、彼女は震える手で頭を抱えると。そのまま崩れ落ちて屈み込む。

 思わず手を伸べ、触れようとした防人はしかし、涙で濡れた瞳ににらまれ動けなくなった。


「じゃあ、アタシは最初から有能な人間として造られてたって訳!? 自分の力じゃなく、最初から与えられてた力なのよね? そうでしょ……防衛省の天才少女が聞いて呆れるわ!」


 物心付いた頃から、未有人は自分の多彩な才能を自覚していたが。それに見合う努力を積み重ねてきた積もりだった。ただ少し他の人より恵まれてるだけの、普通の人間だと思っていた。だから才能を伸ばす努力は惜しまなかったし、今の地位に就くまでは只管に勉強の毎日……父を目標に、只管ひたすら邁進まいしんして来た。

 今までの自分への否定よりもしかし、自分自身への否定が未有人には堪えた。


「パパを手伝いたいって……パパと一緒に平和を守って、自分を生かしたいって思ってたのに」


 敬愛する父の為にと、未有人は率先して勉学に没頭した。その事に苦を感じなかったのは今思えば、そう造られた人間だからなのだろう……そう痛感する未有人。それでも父が誉めてくれるのが、ただただ嬉しかった。自分にとって唯一の肉親、特別な人だと思っていた防人……しかし、それは偽りだったのだ。


「未有人、私の話を聞いておくれ。本当に済まないと思っている。ずっと真実を隠していた事は、謝って済まされる問題では無い。しかし――」

「しかし、未有人さん。気を強く持って、僕達の話を聞いてください」


 防人の想いを遮って、風矢が二人の間に割って入った。


「ショックを受けるのも無理は無いと思います。でも……魔砲遣いになって下さい。貴女あなたの為にも」

「嫌よっ! そりゃ、世界の危機は充分に解ったわ。だからってこんな……酷い、酷過ぎるわパパ!」


 N計画の脅威を知った今、未有人も戦う積もりだった。無論、防衛省の特例参事官として。防人の為に。その理由はしかしもろくも崩壊し、望まれる手段は一つだけ。そうなるべくして造られた人間として、砲騎を駆る魔砲遣いになれと言うのだ。そう告げる風矢だけでは無く、恐らく押し黙ってしまった防人も――父としたった男も。


「風矢さん、たっだいまー! ってあれれ? 何か難しいお話してるね」

「おじ様、どうかなさったのですか? そちらの方は確か先程の……」

「防衛省の綾鉄未有人特例参事官。綾鉄司令の御令嬢です、海音寺一等得尉」


 不意に騒がしい声がして、長身白髪の少女が研究室に飛び込んで来た。それに続く和服美人は、ただならぬ雰囲気の親子を前に、心配そうに小首を傾げる。応える声は抑揚よくようを欠き、酷く冷淡れいたんだった。


「皆さん、お疲れ様です。司令、とりあえず未有人さんにも紹介しておきましょう。これから一緒に戦う、仲間になるのですから」

「いや、それは――そうだな。三人とも、ちょっと来てくれるかな? 娘の未有人に、君達の事を紹介したい」


 務めて冷静を装い、防人が三人の少女達に振り返ると。未有人もうるんだ瞳をこすりながら立ち上がった。


「未有人、彼女達が世界にたった三人の魔砲遣い……ブルームストライカーズ。ず、チームの指揮を執るリーダーの海音寺カイオンジめぐみ一等特尉いっとうとくい。オリジナル砲騎の参番騎さんばんき『わだつみ』の選任魔砲遣いだ」

「はじめまして、未有人さん……そうお呼びして宜しいかしら? わたくしの事はどうか、めぐみと呼んで下さいね」


 場違いな和装の少女が、穏やかな笑みで握手を求めてくる。その白過ぎる手を握り、同世代とは思えぬ落ち着き振りに未有人が気圧されていると。めぐみは気遣きづかうように、その手にもう片方の手を重ねてくる。

 不思議と触れる者を安心させる、めぐみは温かな雰囲気の持ち主だった。だが、彼女が「困った事があったら、何でもわたくし達に相談して下さいね」と微笑んでも、未有人の動揺と混乱は収まらない。


「おじさん、次はわたしっ! 未有人ちゃん、山田敦子ヤマダアツコです! よろしく、一緒に頑張ろうねっ!」


 めぐみから離れた手を、その横からガシリ! と勢い良く両手で握って。嫌に目立つ容姿の少女は、名乗るなり握る手を大袈裟に上下させた。すらりとスタイルの良い長身に真っ白な長髪が、身にまとうセーラー服との強烈な違和感をかなでる。


「彼女は山田敦子三等特尉、オリジナル砲騎の弐番騎にばんき『おろち』の選任魔砲遣い。そして最後に……」


 呆気に取られる未有人の、縋るような視線から逃げながら。防人は最後の魔砲遣いを紹介するべく、その華奢で小柄な姿を捜し求めた。

 彼女は未有人にはまるで興味が無い様で、風矢と何か話し込んでいる。その内容は聞かずとも解る、毎度いつものやり取り。


天咲あまざきリサ三等特尉、オリジナル砲騎の壱番騎いちばんき『かみかぜ』の選任魔砲遣い。天咲君、娘の未有人だ」


 自分の名を呼ばれて初めて、リサは未有人に向き直ると。嫌に鋭い目付きで一瞥して、儀礼的に手を伸べてくる。あたかも必要な手続きをこなすように「天咲リサです。よろしく、綾鉄参事官」と述べる声は、淡々として明確な距離感を伝えてきた。


「さて、司令。役者も揃った事ですし……そろそろ彼女の起動実験を始めたいのですが」


 馴れ馴れしくはしゃぐ敦子に翻弄され、見守るめぐみに助けを求める未有人。実に年頃の少女らしい光景だが、風矢には未有人の心境が手に取るように解った。それは彼女達の背後で、風矢の許可を求める言葉に思い悩む防人も同じ。

 未有人はまだ、突き付けられた現実に――築いて来た価値観の崩壊に納得出来ないでいた。


「未有人ちゃんって、わたしも時々テレビで見るよ。凄いよねー、防衛省の――ええと、何か偉い人? なんだよね」

「特例参事官ですわ、敦子さん。若干十七歳にして、実質的には日本の国防を一人で取り仕切っているんですもの。わたくし、尊敬してしまいますわ」

「いや、そんな、アタシは……それより、あの、一ついいですか?」


 凄い凄いを連発する敦子に気圧けおされながら、未有人はとりあえずめぐみに素朴な疑問をぶつける。


「皆さんは魔砲遣い……オーバーメイジなんですか?」

「ええ、そうですわ」


 微笑と共に即答が返って来た。


「わたしもリサちゃんも一緒、みーんな同じ魔砲遣いなの。勿論これから、未有人ちゃんもわたし達と一緒に――」

「山田三等特尉、彼女は……綾鉄参事官はオーバーメイジでは無いと聞いていますが」


 大袈裟な身振り手振りの敦子を、リサの声が制した。その言葉の意味が解らず、腕組み唸って敦子は考え込んでしまう。めぐみは全てを承知の上で明言を避けて、黙って防人と風矢の言葉を待った。


「三人とも良く聞いてくれたまえ。彼女はオーバーメイジでは無いが、今日から君達の仲間であり――君達同様、私にとっては大事な娘だと思っている」


 最も大事な愛娘だと、心の中で密かに結んで。防人は少女達を順に見渡し、最後に未有人に大きく頷くと。その瞳に不安の色がありありと浮かぶ表情に、心を痛めながらも……ブルームの司令官として、本日予定されていた実験を進める決心をする。

 出来る事なら、何をおいても先ずは未有人の気持ちを第一に考えたい。今日の今日まで、忙しさにかまけて真実を語らなかった自分を恥じ、真実を知った愛娘まなむすめに拒絶される事を恐れた自分を不甲斐なく思う防人。だが、現実は彼に感傷を許さなかった。


「未有人さんが量産型砲騎――その試作騎『まほろば』の起動に成功すれば、我々戦後人類はN計画に対して大きなアドバンテージを得る事が出来ます。皆さんにも少し、楽をさせて上げられると思いますよ」


 そう言って風矢は、作業台の上で沈黙する砲騎を固定具から取り外す。それはかなりの重さがあるらしく、彼は両手で持ちながらも少しよろけて。うやうやしく未有人の前へと差し出した。


「さあ、未有人さん……貴女の砲騎に、命を吹き込んで下さい。きっと貴女は、貴女の霊子力は認められる筈です。彼女に――まほろばに」


 静かに、しかし確信を持って未有人に語り掛ける風矢。その真っ直ぐな眼差しから逃げるように、未有人は防人を振り返った。父は、父だと思っていた男はただ、黙って頷くだけ。


「未有人ちゃん、頑張れっ! 大丈夫だよ、砲騎はみんなイイ子だから。きっと未有人ちゃんなら、すぐに仲良くなれるよっ」

「未有人さん、突然の事で気持ちの整理が難しいと思いますわ。でも、わたくしからもお願いします。どうか、砲騎の力を求めて……砲騎に心を重ねて下さい」


 敦子とめぐみの言葉に背中を押されて。おずおずと砲騎に――まほろばに手を伸ばす未有人。

 砲騎はみんなイイ子? 仲良くなれる? それは選ばれし者、オーバーメイジ故の物言いか。そもそも未有人が求める力は、こんな物では無かった。沸々と込み上げる、許容し難い現実への否定が心に満ちてゆく。


「い、いいわよ……やったろーじゃない! アタシはどうせ、この為に造られたんですからね」


 自分は砲騎を駆る為にのみ生み出された人間。であれば、砲騎と対で初めて望まれる存在。未有人は半ば自棄やけを起こして開き直ると、一瞬戸惑どまどい止めた手で砲騎を掴む。固い金属の質感が手の内に広がり、容赦なく熱を奪ってゆく。ただ、それだけの感覚が未有人を支配した。


「――そんな気持ちで、砲騎は駆れない。霊子力が強くても、それを砲騎へ伝える想いが無ければ」


 総髪に結った黒髪を翻して、リサは未有人に背を向けると。肩越しに振り向き吐き捨てて、そのまま部屋を後にする。誰もがそれを視線で追った瞬間、渇いた音が響いた。

 未有人の眠れる霊子力が目覚める事は無く、まほろばは起動せず沈黙して床に転がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る