始まりのエリュシオーネ.10

 如何いかなる認定戦争にんていせんそうにおいても、参加する兵士が命を失う事例は数える程に少ない。銀河連盟ぎんがれんめい戦争管理局せんそうかんりきょくによる認定戦争とは、そこまで洗練された国家間諸問題解決システムだから。だが、いかに高度な科学文明を持ってしても、死の恐怖を完全に払拭する事は出来ない。そして今、クリスチャーノ=ナヴァーノ大尉は、改めてその事を再認識させられていた。


《大尉、ナヴァーロ大尉!御無事ですか?》


 オペレーターの悲鳴に近い声が聞こえる。確か、ラプラ=リプラとか言う若い女性下士官だ。それを思い出して、クリスチャーノは次第に鮮明になる意識を呼び覚ました。

 どれくらい気を失っていたのだろうか?当たり前だが生ある自分に、先ずは安堵あんどの溜息を吐いて。ヘルメットを脱いでパイロットスーツの襟元を緩めながら、半分以上死んだモニターに現在位置座標を表示。大破したガンダスターは今、彼を乗せて衛星の上空……地球から見て、月の裏側をただよっていた。


「何とか無事だよ、伍長。死ぬかと思ったがね」

《良くぞご無事で……認定戦争での戦死は稀ですが、前例が無い訳でも無いので》


 心底安心した様子で、オペレーターが《今、回収班が発艦しました》と告げ、弾む声に安堵の溜息が続く。その姿無き相手へと微笑を向けながら、クリスチャーノは大ダメージを負った機体のチェックを始めた。

 認定戦争の戦場である地球より強制転移させられたという事は、調べるまでも無く戦闘不能状態で。それをしかし、己の胸に刻み込むようにクリスチャーノは数値を読み上げた。

 認定戦争における勝利条件や協約は、その戦場により毎回大きく異なる。しかし、参加する兵士の生命を可能な限り守るというのは、全てに共通する大前提だった。故に、戦闘不能になる程のダメージを負った者は、強制的に戦場より味方陣営の勢力圏内へ転移させられる。今の場合、リヴァイウス共和国軍辺境派遣旅団へんきょうはけんりょだんが秘密裏に展開する、この宙域がまさにそうだった。


「原始的な格闘戦を挑んでくるかと思えば、大出力の光学兵器か」


 既に両足と左腕を失ったガンダスターは、今は回収班を待って虚空を漂う。その中で今回の戦闘を振り返りながら、クリスチャーノはただ待つだけの時間を有能な軍人として使う事にした。

 戦術的には敗北を喫したに等しいが、今回の勝利条件は極めて特殊な為。一概に悪い事ばかりでは無いと思う一方で。歴戦のエースパイロットとして、ナンセンスの塊に乗せられた挙句に反撃も出来ず事実上撃墜されたというのは、面白くない話ではあった。


《久しぶりに撃墜された気分はどうだい?クリス》


 不意にオペレーター以外の声がして、クリスチャーノは作業の手を止めた。撤退間際に割り込んで来た、正体不明の男の声。清々すがすがしくなる程に明確な不快感を感じながら、クリスチャーノは応答せずに次の言葉を待つ。

 先程の事といい今の通信といい、この男は何者なのだろう?そのもっともな疑問も今は霞む。彼をクリスと呼んでいいのは、家族や親しい友人だけだったから。無論、通信の向こう側で笑う男とは、その名を許す間柄にはなれそうも無い。


《クリスチャーノ=ナヴァーノ大尉……クリスと呼んでもいいかな?》

「失礼ですが貴方は今回の作戦に際して、どのような権限をお持ちですか?」


 腹の底からにじみる不快感を、今は冷静にひそめて。相手のどうでもいい、肯定し難い質問に質問を返すクリスチャーノ。恐らく今、この通信の向こう側ではオペレーターの伍長が大慌てだろうか?何にせよ戦闘が一段落した今だから。クリスチャーノはこの不愉快極まる男の正体をハッキリとさせたかった。


《シシシ、いいねぇ!実直な軍人その物だ。好意に値するよ、クリス》

「謹んで御遠慮申し上げます。それと。自分の質問にまだ答えて戴いてません」

《オイラは軍人ではないけど。今回の認定戦争における共和国の作戦に関して、強い権限を本国より一任された人間だよ》

「具体的にはどのような?」

《うん、説明するけど……その前に。ガンダスターの乗り心地はどうだったい?》


 質問に質問を返されるのは、基本的に気分のいい事では無い。つまり質問を返しあってる両者は、あまり良好な関係とは言えない筈なのに。クリスチャーノに対する男の声は、まるで子供の様に弾んで聞こえる。会話を心底楽しんでいるようで、その事もいちいちクリスチャーノの癇に障った。

 だが相手は軍人ならずとも、軍の要請を受けた民間人の協力者かもしれず。もしそうならば、個人の感情で拒絶する事も躊躇ためらわれたから。クリスチャーノは努めて冷静に、自分が駆り初の実戦を経験したガンダスターの、そのパイロットとしての感想を伸べた。今しがた整理した客観的なデータを例に挙げて。


《ふむ、成程。苦労を掛けたねえ、クリス。いやしかし、君が冷静で思慮深い軍人で助かったよ》

「それはどういう意味でしょうか?」

《今回の勝利条件を加味すれば、今日クリスが選択した戦術は、現時点ではベストだったって事さ……ガンダスターに乗ってる限りは、ね》


 どうやら誉められたらしい。相変わらず回線の先では、シシシと笑う男の声。

 確かに彼が言う通り、クリスチャーノ自身もあの時点では、自分の行動が最良の選択だと信じていた。同じ巨大ロボットとは言え、その容姿は地球人には真逆の心証を与えてしまうから。片や可憐かれんな戦う乙女、片や無骨な銃持つ兵器。


《君が今乗るガンダスター……このコールサインは君が?》

「ハッ、名無しでは不都合もあります。地球に酷似こくじしたアニメがあるそうで」

《逆だよクリス、逆。その機体は地球のアニメを、超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターを模して作られたんだ……この意味、解るかい?》

「……軍内部のとある噂を、暗に肯定しているように自分には聞こえますが」


 それは開戦直後、オペレーターのリプラ伍長とも話した話題で。しかし、謎の男は明言した。クリスチャーノが駆り命を預けた、この機体が造られた訳を。今回の認定戦争に際して、巨大な人型の機動兵器というナンセンスな代物が運用させることになった理由を。


《クリス、我々は今回の認定戦争を勝ち抜き、どうしても地球をこの宇宙から消し去らなければいけない。完全に》

「それはまた何故」

《大事なのはそこじゃない。大事なのは、残念ながら今回の件に関して、我々が基本的にヒール……悪役であるという事だ》

「地球人にとっては当然ですが、やはり国際的に見てもそうなのですか?」

《うん、だから今回の勝利条件は、ファフナント皇国に極めて有利に出来ている》

「物的な戦力比では、皇国と共和国は一対二十八と聞いていますが……確かに今回の勝利条件ならば、皇国にも充分に勝機があります」


 端的に言えば、今日戦ったエリュシオーネなる皇国の機体を、共和国は二十八機のガンダスターで迎え撃つ事が可能だったが。その戦術は、勝利条件を鑑みれば決して実行されないだろう。今回の認定戦争で、その勝敗を別つのは地球人類の心証……多勢に無勢の戦いを見せれば、孤軍奮闘こぐんふんとうする少女の姿が英雄視されるであろう事は、想像だに難くない。


《銀河連盟の各加盟国は当初、我々が諦める事を望んでいたが……それは許されない》


 何故、ここまで地球と言う未開の辺境惑星に拘るのか?一介の軍人に過ぎぬクリスチャーノには、宇宙でも有数の超大国の、そのトップで国を取り仕切る者達の真意は量りかねたが。どうやら本国は、不退転の決意で今回の認定戦争に挑んでいるらしい。例え多少の協約違反を犯してでも。


《さて本題に戻ろう。君の乗るガンダスターだが、これは皇国の戦略オブザーバーを拉致らちして建造されたものだ》


 男は語った。皇国が戦争管理局より許された、戦略オブザーバーの招聘しょうへい……それにより、皇国は地球人の心情や心理を熟知し、極めて勝利条件に有利な情報を得るに至った。結果、共和国との彼我戦力差を埋める事が出来たのだ。数の不利さえも、皇国には今やプラスの要因である。


《軍の連中はヨシアキに……ああ、戦略オブザーバーの名前だ。ヨシアキに随分と強引に協力を迫ったらしくてね》

「その結果が、このガンダスターですか」

《そう、軍は協力を拒むヨシアキに業を煮やしちゃってね。彼の手持ちの資料を独自に研究、解析する事にした》

「ヨシアキ氏の手持ちの資料とやらが、地球のアニメだった、と」


 正確には、超銃棄兵ガンダスターという地球のアニメに関する文献だったが。軍は非常に丁寧にファイリングされた、一連の資料から一つの結論へと至る。地球人はどうやら、アニメや漫画といった虚構の創作物に傾倒する傾向がある、と。

 そしてその中でも、超銃棄兵ガンダスターという作品へは特別な感情を抱いている。そう判断した時、自ずと地球人類心証良好兵器ちきゅうじんるいしんしょうりょうこうへいきはガンダスターになったのだ。


「しかし、蓋を開けてみれば結果はこの様です。確かに地球人は当初、ガンダスターに興味を持ったようでしたが」

《うん、でも相手があれじゃね。皇国のエリュシオーネは、ヨシアキが心血を注いで作り上げた、正真正銘の地球人類心証良好兵器なんだ》

「俄かには信じがたいですが、確かにあの容姿へ攻撃を加えるのは躊躇ためらわれます。見る側もそれは同じでしょう」

《そう!巨大ロボにもけど、やっぱり美少女にもんだよね》


 再びシシシと、不快な笑いを響かせて。いよいよこれからが核心だとばかりに、男の声は奇妙な熱を帯びる。対するクリスチャーノは、その声の主が何を言わんとしているのか、これから何がしたいのかが気に掛かった。

 エリュシオーネに対して、ガンダスターが余りにも無力だという事は良く解った。純粋に兵器として互角と見ても、今日の戦闘を見る限りでは……パイロットの技量では自分が上だとクリスチャーノは確信している。だが、今回の特殊な勝利条件がかせとなり、彼は実力を全く発揮できなかった。


《そこで改めてオイラが、真摯しんしな態度でヨシアキに協力してくれるように頼んだのさ》

「それは、つまり?まさか我々共和国軍も!?」

《そう、そのまさかだ!クリス、君には新型機を持って来た……やってもらうぞ》

「しかしどうやって?洗脳の類ですか?」


 ナンセンスだとクリスチャーノは思ったが、同時に軍人として冷静にチャンスだとも感じる。勝利条件に対して互角ならば、何の迷いも無く彼は戦う事が出来るから。そう、エリュシオーネへ攻撃を加えても、それが正々堂々としたものならば悪い印象を抱けない……そんな機体があれば良いのだ。

 だが、今まで頑なに協力を拒んで来た地球人を、どうやって懐柔かいじゅうしたのか?薬物による洗脳か、はたまた親しい人間を人質に取ったのか?この宇宙でも優れた人類として、銀河連盟に名を連ねるリヴァイウス共和国の人間としては、それでは余りにお粗末だと思ったが。その答も男の声が教えてくれた。それこそが自分の最大の手柄だと言わんばかりに。


《簡単な事だよ、クリス少佐。オイラはね、ヨシアキと友達になったのさ》

「少佐?いや、自分は本作戦では大尉として……友達ですと!?」

《そうさ、ヨシアキは実に深い。あ、オイラの指揮下に入るに当っての昇進ね》

「は、はぁ。それは軍の正規の手続きに則った物でありましょうか?失礼ながら貴殿は」

《オイラはミド=ミロード、肩書きはまあ、共和国軍地球消滅作戦特別顧問ちきゅうしょうめつさくせんとくべつこもんってとこかな?》


 友軍の回収艇が出す、識別灯の光が近付いて来る。それを壊れたモニターの隅にぼんやりと見やりながら。クリスチャーノは一人、ナンセンスだと自分の中に繰り返したが。この認定戦争自体がそうなのだと知ればもう、口に出すのも億劫おっくう。しかし軍人として受けた屈辱が晴らせるのならば、ナンセンスに身を委ねるのもまたいいと彼は感じ始めていた。

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