始まりのエリュシオーネ.09

 それはまるで、大昔の特撮映画とくさつえいがのようで。しかし紛れも無く、現実の世界に起こった大事件だった。だからエリがエルベリーデと、再び私立白台学園しりつはくだいがくえんに戻って来た時。臨時の全校集会を終えた学び舎からは、全生徒が帰宅した後だった。


『フィジカルコンバート終了。エリュシオーネ、待機モードへ。ユー・ハブ・コントロール』

「アイ・ハブ……」


 青森市内での初戦闘にて、共和国軍のガンダスターもどきを未確認ながら撃破。その後、慌しくなる周囲から逃げるようにエリュシオーネと名乗った巨人は飛び去った。周囲からはそう見えるだろう。

 追跡しようとする自衛隊機を振り切り、その巨体を徐々に伸縮させて……再び二人は立白台学園高等部校舎の屋上へ降り立った。瞬時にその身に着衣が再構成され、何事も無かったかのようにエリュシオーネは、待機モードである小鳥遊タカナシエリの姿に戻る。


『どうしたエリ、元気が無いな。疲れたか?どこか身体で痛む所は?』

「だ、大丈夫よ。エルベリーデもお疲れ様」


 戦闘の興奮冷めやらぬエルベリーデは、処女戦を終えたエリュシオーネよりも、先ずはただ見てただけのエリに気を掛けてくれる。それはありがたい事なのだが、エリは内心の動揺を隠せずに居た。幸いな事にエルベリーデは今、エリュシオーネの機体チェックと戦闘データの解析に忙しいらしく。エリの精神状態を数値的には見ていない。だから悟られはしないだろう……この複雑な心境は。

 屋上を出て階段を降り、職員室へと向う。教員としての義務を放棄した小一時間を、どう言い訳したものかと考えながら。エリはしかし、大いなる謎を突き付けられて思い悩む。

 地球の存亡を賭けた、宇宙人同士の認定戦争にんていせんそう。その為に用意された、地球人の心証を第一に考慮された巨大な兵器。その姿は、十八歳の自分だった。そこに造り手である富矢由亜季トミヤヨシアキの、如何いかなる意図いとが込められているのだろうか。


(ねえ、エルベリーデ……一つ聞いていい?)

『ん、何だエリ。私に答えられる範囲での事なら何でも聞いて欲しい』

(エリュシオーネの格好なんだけども)

『あれこそ最も地球人が感情移入し易い姿。私も格好良いと思うぞ。それに可愛い』

(あ、ありがと……でもあれ、造ったのは由亜季君なのよね?)

『ヨシアキが素体を、私がレイヤードアーマーを担当した。ん?何故礼を言うのだ?』


 質問に答えて、さらに質問を返すエルベリーデ。その問いにエリは応えなかったが。エルベリーデは初めての戦闘を経験した、エリュシオーネのメンテナンスに忙しく。さして気にもせずに作業に没頭していた。

 どうやら思った以上の戦果だったらしく、エリとは反対にエルベリーデは意気揚々として明るい。だから自然とエリを気遣う余裕もあったし、口数は普段より多かった。


『あの偽ガンダスター、パイロットは恐らく確実に無事だろう』

(そう)

『協約上、損耗率が一定値を超えた段階で、認定戦争用のあらゆる兵器は戦場から強制転移させられる。だから……エリ?』

(あ、ああ、うん……ごめん、聞いてなかった)

『やはり疲れたんだな。エリ、今日はありがとう。協力に感謝を』


 エルベリーデはこの地球を守るべく戦いに身を投じる、宇宙人のお姫様。彼女は皇族として地球の永続を願う一方で……この戦いに協力してくれた、地球人の富矢由亜季を敬い好意を寄せている。

 そんな二人が作り上げたエリュシオーネは、富矢由亜季の知る小鳥遊エリその物。そこに何か、深い意味があるのではと勘ぐり、寧ろ何か想いが込められているのではと期待している自分をエリは恥じた。


(ふー、考え過ぎかな。結構こだわるわね、私も……ふふ)

『どうしたエリ?何か心配事でもあるのか?一応軽くチェックしたが、今日の戦闘ではダメージらしいダメージは……』

(ううん、こっちの話。それよりエルベリーデ、どういたしまして。そしてありがとう、地球を守ってくれて)

『気にするなエリ。高貴なる義務の為、何よりヨシアキの為……私はいつか、ヨシアキを救ってみせるぞ』


 迷いを振り払おうとするエリには、エルベリーデの何気ない決意も胸に痛い。この事をエルベリーデは知っているのだろうか?そうでない場合、知ればどう思うだろうか?七年前に突如中断された、富矢由亜季との微妙で曖昧な関係……それが再び動き出すのを、もうエリは止められなかった。


「おや、小鳥遊先生。もう落ち着かれましたか?」

「は、はい。あの、申し訳ありませんでした……私、取り乱してしまって」


 職員室は既にもう、平静を取り戻していた。これから臨時の職員会議があるらしく、それに間に合った事に胸を撫で下ろしながら。急いで支度に取り掛かるエリは、何とか気持ちに踏ん切りをつけて立ち直った。

 普段は忘れる事にしていると、自分でも秀樹ヒデキ達周囲の人間に公言し、何より自分に言い聞かせていたから。これからも変わらず、富矢由亜季の事は忘れて日常生活に邁進すればいい。

 だがもう、それは過去の思い出では無く……地球存亡の危機と共に、彼女に突き付けられた現在進行形の悩みへと昇華していたが。


「よし、切り替えていこう!私は小鳥遊エリ!私立白台学園高等部、世界史担当教員」

『ど、どうしたのだエリ!?メンタルパルスは……そこまで乱れていないな』

(ちょっと気合を入れ直しただけよ。エルベリーデ、これから忙しいんでしょ?)

『処女戦を終えて初の実戦データが得られたからな。これを整理しなければいけない』

(私もこれから職員会議よ。まあでも仕事が片付いたら、軽く祝勝会といきましょう)

『それはありがたい申し出だ、エリ。それと……私はガンダスターが見たいぞ』

(アニメを見ながら乾杯か。いいわよ、エルベリーデ)

『そうと決まれば、後はお互い責務を全うするだけだ。エリ、また後程』


 悶々もんもんとした思惟しいを頭から追い出し、エリはエルベリーデと心の会話を終えると。呼びに来た同僚の声に応えてその後を追い、会議室へと急ぐ。今はただただ、日常生活へと無事に帰ってこれた事に安堵しながら。


                  ※


 仕事を半ば放り出すように終えて、忙しく帰宅するなり。庵辺秀樹イオリベヒデキはもどかしく靴を脱ぎ捨てると、真っ暗な住み慣れたアパートの一室へ転がり込む。

 部屋の明かりよりもストーブよりも、真っ先に電源を入れるのはパソコンで。その唸りを上げる起動音を聞きながら、彼はテレビをけて食い入るように画面へ魅入った。

 当然、今日のトップニュースは青森市の中央街で突然起こった、謎の巨大ロボット同士による乱闘の事で。どのチャンネルを回しても、その事を報じる特別番組で賑わっていた。アニメの予約録画が台無しだが、今の秀樹には気にならない。


「はい、ここです!この時突然、二体目のロボ、えーこれはロボットでしょうか?兎に角……」


 望遠で撮影された画像には、天から静かに舞い降りるくれない巨躯きょく。遠目にもその姿は、はっきりと人型…と言うよりは人そのものに映る。

 キャスターの声を聞きながらキーボードを叩き、秀樹はブラウザを開いて今日の事件を検索し始めた。同時に普段から閲覧している掲示板にアクセスし、ブックマークから動画サイトを呼び出す。


「え、この二体目がですね、何か言ってるように聞こえるんですよね」

「はい、スタッフによれば、日本語で『はがねのエリュシオーネ、見参』と言っているようですね」

「エリュシオーネという名称なのでしょうか?テレビアニメのガンダスターに酷似した一体目と、何らかの関連性があるのでしょうか」


 即座に検索ワードにエリュシオーネと入力して。エンターを叩く秀樹はその時、初めて吐く息の白さに凍えてストーブへ手を伸ばす。立った次いでに部屋の明かりを付ければ、いかにも男の一人暮らしらしい煩雑はんざつな室内。しかし気にした様子も無く、再び彼はパソコンの前に腰を下ろした。

 テレビの声を聞き、時々はそちらへ顔を向けながらも。忙しく秀樹はキーボードを叩いてマウスを手繰る。自分が仕事に拘束されている間に、どうやら事件は一先ず収束してしまったらしいが。ネット上はもう、謎の巨大ロボットの出現で騒然としていた。


「するとこの二体目、エリュシオーネの方から攻撃が始まった訳ですね?」

「はい、一体目は防戦一方で。最後には銃を納めて逃げ出しています」

「そこに向けて、エリュシオーネのほうからトドメの……これは何でしょうか」

「恐らく高出力のレーザーやビームといった物だと思われますが、詳細は不明です」


 秀樹はニュースサイトでも同様の事が書かれているのを読みながら、動画サイトで有志が集めた現場の映像を眺める。見慣れた青森市内は大きな被害こそ無いものの、アスファルトの車道に穿たれた巨大な足跡が、巨大ロボットという非日常にリアリティを与えていた。

 掲示板サイトの方では、ニュース系やロボット系、特撮系から果ては軍事系、フィギュア系まで。ありとあらゆるジャンルの掲示板で、今日の事件を語るスレッドが乱立していた。

 秀樹はその何個かを表示しては、書き殴られた情報を精査してゆく。その中に、実際に現場に居た人間を称する書き込みを見つけ、彼は身を乗り出した。


「エリュシオーネたんのロケットパンチハァハァ?……ソースはこれか」


 張られてあるアドレスのリンク先を、慎重にチェックしてからクリック。表示された動画は画質も荒く、明らかに素人による撮影だったが。そこには巨大な美少女が、絶叫と共に己の両拳を発射する姿が映し出されていた。僅か一分にも満たないそれを、何度も繰り返し凝視する秀樹。


「何か叫んでる、な?ええと、コメットブロウ?技の名前か、古典的だなぁ」


 秀樹はふと、このエリュシオーネなる巨大美少女型ロボットを、どこかで見たような感覚に囚われる。どこでとも、何でとも思い出せないが。何一つ鮮明な画像もない、漠然としたシルエットだけのその姿に、彼は既視感を感じていた。


「幸い警察と自衛隊による避難誘導もあって、死傷者は出ておりません」

「その後青森市内では交通規制が布かれ、若干混乱が見られたものの、今は平静さを取り戻しているようです」

「それでは現場と中継が繋がっております、えー現場の福多フクダさん?」


 余りにも常軌を逸した事件でも、その報道手順は普段通りで。映像では各局の中継車が、馴染みのある三角形の観光物産館かんこうぶっさんかんアスパム前に並んでいた。


「えー、現場の福多です。え、ここがですね、巨大ロボット同士の格闘が行われたアスパム前です。御覧下さい」


 自衛隊の照明車が照らす、真昼のような地面。そこにはやはり、巨大な足跡がハッキリと残されていた。

 今自分が見ている、自分が良く知る場所で。二体の巨大ロボットによる格闘戦が行われた。それを考えるだけでもう、秀樹は込み上げる高揚感に顔が緩む。この退屈な世界に、大きな変化が訪れたのだ。


「はは、ガンダスター対エリュシオーネ、か。どれどれ、まとめサイトとかはまだかな?」


 パソコンに向う秀樹は慣れた手付きで、軽いタッチでキーボードを叩く。こんなにも楽しい夜は、学生の時以来初めてで。次々とリアルタイムでネット上を駆け巡る情報に身を委ね、顔も知らぬ多くの同好の志と歓喜を共有しながら。彼はふと、一番一緒にはしゃぎたい一組の男女を思い出した。

 それは後輩の自分から見れば、仲の良い上級生のカップルに見えたから。自分を上回る重度に救いようがない、真性のオタクである富矢由亜季。その隣に寄り添う小鳥遊エリ。いつも羨み憧れたその光景はもう、七年前に消えて久しい。その片方を忘却する一方で、もう片方に寄せる想いは日に日に強くなっていた。


「っとそうだ、小鳥遊先輩に頼まれてたんだ。ガンダスの次の巻を、っと……」


 明日も会える口実がある。その事が心底嬉しく、秀樹はウキウキとDVDの並ぶ棚へ立ち上がる。もう七年……普段はそれを忘れていると言う愛しの想い人。その心から、永遠に忘れさせてやろうと不敵な事を考えながら。彼は超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターのDVD第二巻を手に取り、当たり障りの無い包装を求めて部屋を彷徨さまよった。

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