始まりのエリュシオーネ.08
巨大ロボットをただ立たせているだけと言うのは退屈だったが。オペレーターとのお喋りを
敵であるファフナント皇国が現れるまで、彼には
しかし任務とあらば、クリスチャーノは真剣に取り組む。ナンセンスだと呟きながら。
「ふむ、こんな所か。後は地球人の解釈に期待し……来たかっ!」
突如コクピット内にアラートが響き、高熱源体の急接近を告げる。即座にデータを収集して解析すれば、自ずとそれが皇国の
すぐさま臨戦態勢を取るなり、シートに深く座りなおして。クリスチャーノは《あ、今ロボットの目が光りました!》と騒ぐ地球の放送を切る。それは飛来した
「……メインモニターの不調か?それともCG補正プログラムにバグがあるのか」
初めて眼にする敵を前に、クリスチャーノは暫し絶句して。先ずは己の機体を疑ったが……残念な事にシステムはどこにも不具合が無い。つまり今、彼が見ている画像はありのままという事になる。
眼前に
機体の各所に装着された真紅の装甲は、その継ぎ目から覗く白い肌を際立たせる。人型と言うよりは人そのもの、黒い長髪を風に
「
その容姿に相応しい、年頃の澄んだ声……回線を通さぬ肉声が周囲に響き渡った。当然、それは地球人の耳にも入っただろう。
突如二体目の巨大ロボットが現れ、それは見目麗しい姿で声高に自ら名乗った。ナンセンスだと呟きながらもこの認定戦争の勝利条件を思い出し、クリスチャーノは舌打を一つ。
《大尉、応答願います。敵が、皇国側が名乗りました。こちらも》
「駄目だ伍長、何と名乗ればいい?この状況下で地球人の心証に訴える事は不可能だ」
既にもう地球人達は、軍と警察に誘導されて避難を開始している。向かい合う二体の巨大ロボット同士による戦いを
「地球人との接触は協約違反にあたるな、伍長。どう思う?」
《はい、しかしあの声は大尉、我々へと向けられた物と戦争管理局は判断するかと》
「だろうな。伍長、私は戦闘に集中する」
《了解!
操縦桿を握り、周囲のパネルへ忙しく目線を走らせながら。クリスチャーノは腹を
鎧というよりは衣服を
「これはしかし、私の軍人経験の中でも最悪の状況だな。まるで悪い冗談だ」
そう独り言ちてしかし、危機に際して心は躍る。クリスチャーノの体を流れる軍人の血が、絶望的な戦況を前に燃え滾った。思考はクールに、しかし心は熱く敵を凝視する。自分にもこれくらいの年頃の娘が居てもおかしくない、そんな姿のエリュシオーネを。
※
『今のはいいの?エルベリーデ……あ、あれ?やだ、どうなってるの?』
(問題無い。落ち着けエリ、戦闘モードでは主導権が逆になるのだ)
『そうなんだ。って高っ!私ってば、こんなに大きくなっちゃって』
(戦闘モードのエリュシオーネは全高四十七メートル、自重は……)
『ま、待って言わないで!聞きたくないわ、今の自分の体重なんて』
(そうか、まあエリはそこで見ているといい。地球は私が、このエリュシオーネで必ず守ってみせる)
頭の中に声が響く感覚。それを今、念話で
『ねえ、エルベリーデ。この服……』
(レイヤードアーマー!皇国最新鋭の科学技術を結集した
『そ、そう。で……何で微妙に露出度が高いの?
(エリュシオーネの外観は、地球人が好感を持って感情移入出来るように私とヨシアキが可愛らしくデザインしたのだ)
確かにその姿は、地球人のハートを
全身に装着されたレイヤードアーマーは、
『まあでも、確かにこれは有利か。女の子を撃ったりすれば、何か悪役っぽいもの』
(うむ、加えてこのエリュシオーネには表情もある。地球の為に戦う
『少しやり過ぎって感じもするけど、まあいいわ。じゃあ、可憐に戦って頂戴ね』
(無論だ、行くぞエリュシオーネ!)
眼前のガンダスターもどきが、左手の盾を
比較対象がエリュシオーネでは、いかな人気アニメの主役ロボットを
「覚悟しろ、
不意にエリュシオーネは右手を
『なっ、何よ今のは!?』
(ああ、偽ガンダスターというのは、原作アニメの二十八話に登場す)
『そこじゃないわよ!私の右手っ!』
(コメット・ブロウはエリュシオーネに装備された固定武装、いわゆる普通のロケットパンチだ。安心しろ、左にもあるっ!)
続けて一歩踏み出せば、アスファルトが足元で僅かに
微かな反動を残して放たれた左の拳は、初撃を盾で防いだガンダスターもどきの側面に回り込み、強烈な一撃を頭部へお見舞いした。その
その隙に地を蹴って駆け出すエリュシオーネ。彼女は……正しく彼女としか形容出来ないエリュシオーネは、左右の腕が戻ってくるなり大きく身を屈めて
「これで決めるっ!超絶!エリュシオーネッ、キィィィック!」
重力を振り切り天高く
余りのネーミングセンスに呆れながらも、エリはこの時確かにエルベリーデに
※
全く予想だにせぬ攻撃の連続。何の武器も携えずに現れた敵機は、事もあろうか両の拳を投げ付けて来た。そればかりか、空中から飛び蹴りまで放ったのである。その全てを
高度な文明を誇る宇宙の大国、リヴァイウス共和国。それに対するファフナント皇国はしかし、辺境の小国ながらも同程度の科学技術を有しているらしく。防御に徹して身を亀にしながらも、クリスチャーノは相手の……エリュシオーネのデータ採取とその解析に集中していた。
「しかしナンセンスだ……それはいい。問題は地球人の目にどう映るかだが」
実際、容易に回避出来る速さだったが、クリスチャーノは咄嗟に機体を安定させると、もっとも装甲の厚い胸部でそれを受け止めた。コクピットに激震が走り、モニターがノイズで一瞬点滅する。
こうしてやられ役に徹する事で、少なくとも好戦的であるという印象は
《大尉、反撃を!》
「駄目だ、あれは撃てない。君は少女が目の前で撃たれたらどんな印象を受ける?」
《しかしこのままでは》
「駄目だと言っている!いや、無理なのだ……取りあえずデータは可能な限り収集した。撤退を旅団長に進言して欲しい」
取りあえず何をおいても、右手に握る銃が最大のネックで。殴る蹴るといった、原始的な攻撃をわざわざ全部受けながら、クリスチャーノは素早くガンダスターを操作。先ずはその銃を腰部のマウントラックへと
「ダメージコントロール!くっ、持つのか!?」
《大尉、これ以上は危険です。装甲が持ちません!》
「周辺に破片が散らばったりは?協約違反になる、やれているな?」
《はい、ガンダスター本体から剥離した装甲は自動的に消滅します。ご安心を!》
協約上、地球人へのあらゆる接触は基本的に両軍とも禁止されている。ガンダスターの装甲片でも周囲にばら撒けば、それだけで重大な協約違反だった。それは地球の文明にとっては未知の合金。本来あるべき地球人類独自の進歩を歪めてしまう……故にガンダスターを構成するパーツは全て、ミクロン単位での自己消滅機能が備わっていた。
オペレーターに確認を取りつつ、クリスチャーノは巧みな操縦でガンダスターを操る。歴戦のエースパイロットである彼は、この短い時間で既に、
明確な勝利条件が提示された認定戦争で、それに不利となる行動は
《あっ、あの……困ります、今は作戦行動中で》
《ちょっと借りるよ、お嬢ちゃん。あーあー、テステス、マイクテス》
拍手に続いて、オペレーターと短いやり取りの後にマイクを奪う謎の声。クリスチャーノは既に自立も困難な程に痛めつけられた自機を懸命に支えながら、緊張感に欠く男の声を聞いた。
《ゴホン!大尉、撤退だ。いやしかし、君は賢明な男だね……助かったよ》
「了解……それは軍の正式な命令なのですか?私は
通信の向こう側で押し殺したような、しかし嬉しそうな笑い声。その奥ではオペレーターの抗議が聞こえる。脱出の機会を
《オイラはそうだな……お友達だよ、ヨシアキの。例の地球人のお友達さ》
《特務大尉!正式な撤退命令が出ました、帰還して下さい!》
マイクを奪い返したオペレーターの声と同時に、初めてクリスチャーノはガンダスターに積極行動を命じる。頭部のツインアイを輝かせて、ガンダスターはその巨体を難なく宙空へと飛翔させる。
小さく消えゆくエリュシオーネの姿を
「逃がすかっ!マキシマァム・ノヴァァァッ!」
気勢を叫んでエリュシオーネが身構える。その姿を後部警戒カメラが捉えた時、クリスチャーノは全力で回避行動を取ったが。
まるで舞を踊るように、長髪を
ホワイトアウトする視界の中、必死に
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