魔王と迷宮の魔物達

 辺境の小国、トリヒル王国。

 その狭い領地の片隅に、ゆいくに全土の注目を一身に集める、奇怪な古城が存在していた。

 ある者は富を求め、ある者は名声を求め……誰もがいさんでこの地に集う。かつて世界を震撼させた魔王が一人、ラドラブライトの居城へと。

 まだ赤子だった王女をさらい、邪悪な魔王がこの城に居座ってより、すでに十余年の月日が流れていた。今ではもう、打倒ラドラブライトを叫ぶ者達の冒険は日常化していた。

 協約の存在も手伝って、大国の名だたる騎士や魔導士までもが、腕試しにとこの城を訪れる。しかし城内くまなく迷宮化されたラドラブライト城は、未だ嘗て一度も、勇者の凱旋がいせんを許しはしなかったが。


「ええい、魔法で援護してくれっ! 何でもいい、端のホムンクルスを黙らせろ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださ……ああもうっ、呪文を詠唱する時間を下さいよぉ!」


 今日もまたラドラブライト城の迷宮に、栄光を目指す冒険者達の悲鳴がこだまする。魔王の居城ともなれば、誰もがすんなりとラドラブライトの待つ玉座へ辿り着ける訳ではない。勇敢な人間達を待ち受けているのは、何も魔王だけでは無いのだから。


「まっ、待ってくれ……参った! 降参だ」

「まだ死にたくねぇ、つーか死なないって話だったろ?」


 薄暗い迷宮に等間隔で灯る、松明たいまつの明かりに照らされて。袋小路いきどまりに追い詰められた男達は、眼前の魔物達へ必死で懇願こんがんした。冒険者達で賑わう回廊に、今日も勇者になり損ねた者達の命乞いが虚しく響く。


「そいつぁアンタ等次第だな……なぁ相棒?」

「戦闘不能を申告して戴ければ、協約に従い解放しますよ」


 居並ぶ魔物の中から、一匹のコボルトが歩み出た。無骨な戦斧ハルバードもてあそびながら、背後の同僚を振り返る。

 彼の名はハンク。迷宮内の魔物達を取り仕切る、このラドラブライト城の現場監督。

 そして答える人影は、薄紫色の肌を持つ人造生命……この城で生み出されたホムンクルスの兵士だった。


「それともアレか? アンタ等も勇ましく戦い散って、自分の信仰心を試してみるかい?」

「遺体もちゃんとお返ししますよ。教会での蘇生率は二割を切ると聞いてますが」


 大声で「灰になっちまうかもしれないしな!」とハンクがあおると、周囲の魔物達からどっと笑いが巻き起こった。無論冗談であったが、戦意の萎えた冒険者達を諦めさせるには、充分すぎる一言。

 男達は溜息を吐くと、懐から革袋の財布を取り出し、無造作に投げ捨てた。


「へへ、毎度ありっ! なぁに、全財産の半分で命が買えるんだ、安いモンだろ?」

「では、城門までお送りしますよ。どうぞこちらへ」


 革袋を拾い上げ、中に詰まった金貨や宝石を数えながら。ハンクはキッチリ半分を鷲掴みにすると、残りの半分を投げ返した。忌々しそうに受け取る男達は、ホムンクルスに連れられ、重々しい足取りで外界へと帰って行く。

 魔王ラドラブライトを倒し、囚われのシトリ姫を救い出す……その英雄的大冒険を実行する為、毎日多くの者達が魔城を訪れる。彼等は皆等しく、トリヒル王国がラドラブライトと交わした協約によって守られていた。

 その一つに、戦闘不能を申告すれば、全財産の半分と引き換えに、命までは取らないという取り決めがある。


「しかし面倒臭ぇな、ハンクの兄貴よぉ……殺して全部奪っちまえば早いんじゃねぇか?」


 戦利品の分配で忙しいハンクへ、別のコボルトが不満を漏らす。彼等はもともと、荒野や街道で旅人や行商を襲い、金品や食料を強奪して暮らして来た無頼ぶらいの魔物である。このように手間が掛かる上に、半分しか巻き上げられないのでは、物足りなさを感じるのも当然だった。


「馬鹿野郎、良く考えてみな。逃がせばあの連中はまた、装備を整え再び挑んで来るんだぜ?」

「そうですわ。わたくしが囚われてる限り、こちらの方々はきっとまた来て下さいます」


 不意に快活な少女の声が響き、魔物達の群が二つに割れた。その真ん中から堂々と、シトリが現れる。


「冒険者の皆様、今日もご苦労様です。お怪我はありませんか?」

「へ、へぇ……まぁ何とか無事ですわ。今日はもっと上の階で姫とお会いできるかと思ってたんですがねぇ」

「それより姫、伯爵に言ってやって下さいよぉ! このフロア、宝箱の中身がしょっぱ過ぎますって」


 本来なら最上階、玉座の間で勇者を待っている筈のシトリだが。単身、こんな下層まで降りて来る事に、誰もが皆一様に驚かない。居並ぶ魔物達も、親しげに言葉を交わす冒険者達も。

 彼女の日課は、自由気侭じゆうきままな城内の散歩だったから。

 自分を救うべく、わざわざ来てくれた冒険者を真摯しんしmねぎらい、柔らかな笑みで見送るシトリ。彼女はスカートの裾を翻し、ぐるりと城の守り手達へと向き直る。居並ぶ面々は皆、一様に不敵な笑みで彼女を迎えた。


「よぉ、お嬢……今日のお勉強は終わりかい?」

「ハンク、ご苦労様です。皆様も。退屈なので逃げて参りましたわ」


 シトリは魔物達を恐れるどころか、親しげに微笑ほほえむ。ハンクの傍らに立ち、にこやかな笑顔で周囲を見渡した。自然と場の空気が緩み、緊張感がほつれてゆく。人には懐かぬ猛獣でさえ、シトリに擦り寄り喉を鳴らした。


「それでは兄が……セレスが困っているでしょう。姫、お勉強も大事ですよ」

「セレスは良い教師ですわ、でもちょっと融通が利きませんの。貴方達からも良く言って下さいまし」


 ホムンクルスの一人が、シトリの教育係の名を出した。彼等は皆、名もなきこの城の衛兵に過ぎぬが、シトリに対してはまるで主従のように恭順きょうじゅんだった。

 最もシトリは、他の魔物同様に彼等を、一人一人自分の友人であるかのように接したが。

 例えそれが、錬金術で生み出された人造生命でも。


「今日は誰も上に来ないので、おじ様も暇そうですわ」

「ラドラブライトの旦那にゃ悪いが、俺等も稼がせて貰わねぇとな」

「ええ、頑張って下さい……と言うのも、なんだか変な話ですわね」

「違ぇねえ! 何せ連中、お嬢を助けに毎日来てんだからな!」


 ハンクが豪快に笑うと、シトリも満面の笑みを浮かべて頷く。

 この城に囚われて十余年、外の世界を殆ど知らぬシトリは、幼少の頃から魔物達に囲まれ育った。何の恐れも疑問も抱かずに。魔物達もまた、物好きな人間の少女に、不思議と心を許してしまう。


「ま、人間共は一攫千金いっかくせんきんを狙い、俺等は安定した収入が得られる。いいじゃねぇか」


 ハンクの言葉に誰もが頷く。実際、外の世界で闇雲に人間を襲うより、この城で獲物を待ち受けるほうが、遥かに効率が良かった。何せ相手は、日に何度も絶え間なく、英雄を夢見て押し寄せるのだから。


「ではわたくしも、おじ様やハンク達をシッカリ応援しますわ」


 決意も新たに、小さな手で拳を握って。自分に言い聞かせるようにシトリが頷くと、再び笑いの渦が巻き起こった。

 ホムンクルス達や、グールにスケルトンといったアンデット達まで……皆が皆とは言わないが、この城に棲む魔物達の多くは、この小さな囚われの姫君を好いていた。


「ははっ、まぁ俺等と旦那の目が黒い内は、そう簡単には……」

「ハンク! ああ、そちらでしたか! 至急、下のフロアに来て下さい」


 和やかな歓談の時は、慌しい一報で打ち切られた。駆け付けたホムンクルスが、新たな冒険者達の侵入を告げると、ハンクの瞳に鋭い光が差す。周囲の魔物達にも、瞬時に緊張感が漲った。


「やれやれ、次のお客さんか。お嬢は最上階に帰ぇんな。おう、誰か送って差し上げろ」

「大丈夫ですわ、ハンク。一人で戻れます」


 ハンクの声を待たずに、側に寄り添う魔物達を制して。シトリはスカートを摘み上げて優雅に一礼すると、来た道を軽快に走り出した。彼女は一度だけ振り向くと、大きく手を振り……名残惜しそうに、奥の昇り階段へと消える。その姿が見えなくなるまで、ハンクは目を細めて小さな友人を見送った。


「はは、相変わらず元気なお姫様だ……さて、ちょっくら揉んでやっか」

「騎士風の若い男が二人なんですが、厄介な事に神官を連れてます」


 一報をもたらしたホムンクルスが、すぐに詳細をハンクへ報告する。魔物の群は獲物を求めて、既に移動を始めていた。その誰もが皆、士気も高く鋭気に満ちている。我先にと、冒険者達が迫る階下へと駆けてゆく。

 ハンクも愛用の戦斧を担ぐと、号令を叫んで走り出した。

 その胸中を過ぎる、複雑な思い。


「ひょっとしたら、人間共に助けられた方が……お嬢のためになんのかね?」

「は? 何か言いましたか、ハンク」


 並走するホムンクルスに「何でもねぇよ」と短く吐き捨て、先行する仲間達を掻き分けると、ハンクは先頭に立って走った。常日頃から心の片隅にある、ささやかな疑問を振り切るように。

 人として生まれながら、人の世を知らぬシトリ姫。その生い立ちを時々は、哀れに思う事もある。屈託くったくの無い笑顔を向けられる度に、守ってやりたくもなるが……正直、何が彼女の幸せになるのかは、ハンクには解らなかった。


「ま、考えても仕方ねぇ、そりゃ旦那の仕事だわな」


 自分に言い聞かせるように呟くと同時に、階段を駆け上がって来た人間達へ襲い掛かるハンク。

 彼を初めとする魔物の軍団は、こうして今日も冒険者達の前に立ちはだかり、未来の勇者達から大金をせしめるのだった。

 可憐な一人の少女を奉じて、己の生活の為に。

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