待ち侘びた惨劇
三十分程前に降り出した雨は、次第に雨脚を強め、強風に煽られながら、硝子戸に激しく叩きつけている。
惨劇の夜に打ってつけの嵐となったのを喜びながら、僕は、自室のデスクの前に座り、その時が来るのを、今か今かと待ち侘びていた。
もうじき、殺人事件がこの邸で起こる。
氏自らが考案した惨劇に直面し、その謎を解明するにあたって、著作を読むだけでは味わえないカタルシスが得られることだろう。百夜フリークとしては垂涎ものである。
そんな風に、否応にも期待が高まる中、スリリングな緊張感に身を震わせていると、室外で扉を叩く音がした。気が急いているのか、どんどんと叩きつけるように。
ついに来たか!
僕は逸る気持ちを抑えつつ、努めて冷静な口調で、「開いてますよ」
「晴原さん!」
扉を勢いよく開き、狼狽を色濃く滲ませた顔を見せた妻鳥が、僕の名を叫ぶように呼ぶ。
「どうされましたか?」
僕は努めて平静を装いながら。
「たった今、百夜様に珈琲をお持ちしようとしていたところ、携帯にその百夜様から自殺を仄めかすようなメールが――」
忍耐もそこまでが限界だった。
「待ってましたぁ!」
もういてもたってもいられず、妻鳥の言葉を遮って不謹慎に言い放ちながら、僕は一目散に部屋を出ると、妻鳥を後ろに従えながら隣室である百夜の自室へと馳せ参じた。
*
百夜の自室の扉も、他の各部屋と同じく観音開きの扉となっている。
その扉の向かって右側が、少しばかり奥に開かれた状態になっていた。室内から光は洩れていない。照明は消されているようだ。
「左側の扉は押しても開かず、右側の扉は少し開いたんですけど、途中で何かに閊えてしまって……」
おろおろと戸惑いながら妻鳥が言う。
こちらにも緊張感が伝わって来る真に迫った演技だ。さすがは元演劇部、そうこなくては。
僕は、その少しばかり開かれた右側の扉の奥を見やりながら、
「木製の何かが扉を塞いでいるようですね。箪笥か木棚でしょうか」
試しに左側の扉を軽く押してみたが、やはりその何かが塞いでいるためか開かない。
「とりあえず、この少し開いている方の扉を、力尽くでこじ開けてみましょう」
僕は勇みながら腕まくりをすると、体重を預けながら、力一杯その扉を押してみた。
木製の何かが、ごりごりと扉と擦れ合いながら少しばかり動いた。
さらに力を込めて押すと、その木製の何かが押し退けられたらしく、扉がばかっと勢いよく開いた。
思わず取っ手を手放してしまった僕は、支えを失い、「おっとっと……」と前のめりにたたらを踏んだが、あわや転倒というところで、眼前にあった何かにしがみついて、ことなきを得た。
柔らかい感触が伝わってくるその何かを支えにして、体勢を立て直す。
そうして目にすることになったその何か――廊下から届く光で薄く照らされたそれを見た途端、僕はその場に腰砕けになりながら――
「うぎゃあああああああ!」
つんざくような叫びを上げてしまっていた。
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