探索


 食事を堪能した後は、自由行動時間となり、一旦二階の自室へと戻った僕は、とりあえずデスクの前に座り、妻鳥から渡された見取り図を広げてみた。

 A4用紙に、この逢ノ島とそこに立つ百夜邸の平面図が簡易に描かれている。推理小説でよく見る形式の図だ。

 この広島県の瀬戸内海に浮かぶ逢ノ島という孤島は、東側と西側に長い卵のような楕円形をしている。

 東側の半球には、僕達がここへと来る前に通った森が繁り、西側の半球へと滑らかな登り坂となって傾斜し、森を抜けて開けた所の楕円の頂点付近の切り立った断崖の際に、この百夜邸が、真東を向いた形で立っているとされている。

 数字で示されているわけではないが、クルーザーから見た姿や歩いた感覚からすると、それ程大きな島じゃないだろう。

 続いてこの百夜邸だが、一階には、玄関から続く丁字路の左右に伸びる廊下を挟むようにして、幾つかの部屋がその両側に並んでいる。

 邸正面の東側に並ぶのは、右側から、穂村の部屋と空き部屋、間に玄関から伸びる廊下を挟んで、円谷、加賀美の部屋で、西側に並ぶのは、右側から、厨房、他よりもかなり広めのスペースがとられたリビング、洗面所、浴室、物置となっている。

 階段があるのは、その両側に部屋を並べる通路の左手の突き当たりだ。

 その階段を途中の踊り場で百八十度向きを変えて上がった二階には、そこから伸びる上下を逆さまにしたL字型の通路の両側に部屋が並んでいる。

 東側には、その逆L字の横棒として伸びる短めの通路の手前に、右側から、洗面所、扉の部分に赤で×印がされている部屋、妻鳥の部屋、西側に、右側から、僕、瀬戸家、新羅の部屋となっている。

 そして、逆L字型の通路の突き当たりにある、そこだけ建物の前後を目一杯とって設けられている部屋が、この邸の主である百夜の自室だ。

 この向こうに崇拝する百夜が! 

 と思わず壁に耳を当てたい衝動に駆られてその前に立ったが、すんでのところで思いとどまった。

 ここは自重せねば。さすがにそれをしてしまっては、たちの悪い変質者だ。僕は百夜フリークなだけであって、百夜のストーカーではない。

 居住まいを正すように、セーターの裾を手でぱんぱんと払うと、それじゃあそろそろ、情報収集に出掛けますかと、『探偵ガジェット』(この日のためにホームセンターで色々と仕入れてきた)を収めたナップサックを背負い、室外へと出た。

 まずは、その邸の見取り図を手に各部屋を回ってみた。

 どの部屋の入り口も、押して開けるタイプの観音開きの扉で、室内側からは、スライド式の錠を掛ける仕組みになっていた。

扉の部分に×印がされていた部屋の、その観音開きの扉には外側から鍵がかけられているらしく開かなかった。所謂『開かずの間』というやつになるわけだ。現状その意図は分からないが、謎解きで重要な役割を果たすのかもしれない。

 物置部屋には、不穏な空気を漂わせる品々が雑然と保管されていた。

 絞殺してくれと言わんばかりの丸く束ねられたロープ。

 撲殺してくれと言わんばかりのゴルフクラブセット。

 射殺してくれと言わんばかりのスコープつきのボウガンが二つと矢が数本。

 その他諸々と、犯人が凶器として選ぶのに迷ってしまう程に豊富なラインナップだ。

 真新しいものが多いのを見ると、今日の企画のために用意されたのだろう。

 僕は、よしよし、と『探偵ガジェット第一号』である《どこでもメモ帳》を開き、それらの品目をしっかりと書きとめておいた。

 厨房には、冷蔵庫やオーブン等の充実した調理器具が置かれていた。ブログでもまだ明かされてはいないが、この邸に一人住まう氏は、料理好きでもあるのかもしれない。

 もちろん、凶器となり得る包丁やナイフ、アイスピックなどもあった。これも要チェックだろう。

 洗面所、浴室はどちらも至って普通の造りで、三人は一緒に入れる余裕のあるゆったりとした大ぶりな浴槽があった以外、特筆する点はない。

 妻鳥と百夜の自室の間にある通路の突き当たりにはテーブルセットが置かれており、嵌め殺しの窓から中天をすぎた陽が差す中、妻鳥が紅茶を片手に読書に耽っている姿があった。特に何を任されているというわけでもないらしい。

 それらを確認した僕は、他の招待客らの自室は後回しにすることにして、邸を出て島の探索に向かった。

 時刻は午後一時を少しすぎたところ。それ程大きくないこの島であれば、これから夕暮れ時までかければ、それなりに方々を巡ることができるだろう。

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