◇ 雨の合間に…… ◇
僕は中学・高校と同級生だった、
先日の夕立の日に行こうとしたのは彼女の家で、あいにく、その日は茜が留守だったので帰ってきてしまった。あの時、夕立ちにあったのが、そもそも
今日は是非会いたい用件があって行く。だから事前に、こちらからアポイントメントを取った。
あじさい通りを抜けて閑静な住宅地の中、こじんまりした三階建てのお洒落なマンションが建っている。建物の前には入居者用の駐車場があって、来客用と書かれたスペースが空いていたので、そこに自動車を停めさせて貰った。
茜の部屋はエントランスから入って、すぐの101号室だった。現在、彼女はアメリカに住んでいて会うのは三年振りくらいになる。
マンションの扉のチャイムを鳴らすとインターフォン越しに返事が聴こえて、オートロックを開けてもらった。101号室の側に行くと、ドアを細めに開けて「ここよ、ここよ」と茜が嬉しそうに手招きをする。
「お久しぶりね!」
「おう! 元気そうじゃないか」
「遼ちゃんは変わらないね」
「茜はたくましくなった」
「まあ、それってどういう意味よ。肥ったことバレたかぁー?」
「わははっ」
そんな軽口を利きながら、茜は僕を部屋に通してくれた。
広いワンルームとキッチンだけのシンプルな部屋だった。「適当に座って」と言われて、本や雑誌の散らばった部屋の中で、辛うじて自分のスペースを空けると、そこに座った。
短いショートカット、アウトドアが大好きな彼女は一年中日焼けしている。化粧っ気もなく、タンクトップにショートパンツ姿の茜はまるで少年のようだった。
アメリカの大学に通っているが、勉強のために時々日本にも帰国する。海の向こうには、青い目の
僕と茜は中学からの友人で、ある時期は恋人同士でもあった。
お互い相手を縛る気持ちもなかったので、いつの間にか恋人から友だちの関係に戻ってしまっていた。それでも気の置けない女友達として僕にとって茜は大事な相談相手である。
実は高校一年の時に、初めてセックスをした相手がこの茜だったが、そんなことは忘れてしまうほど古い話で、もうお互いにそんな恋愛感情などない。
「どうぞ」
いきなり冷蔵庫から缶ビールを渡された。
「おいおい、まだ事務所に戻って仕事があるんだ」
「ああ、そうなの? じゃあ、こっちね」
今度はコーラを投げて寄こした。しばらくプルトップは外せない、絶対に噴き出してきそうだから……相変わらず、アバウトな性格の茜には笑ってしまう。
「遼ちゃんから相談したいことがあるって、珍しいね。恋の悩みでもカウンセリングするわよ」
実は茜は心理カウンセラーの資格を持っていて、アメリカの大学と日本の専門学校で勉強をしている。主にスクール・カウンセラーとして思春期の子どもの悩みの相談などをしているが、アメリカでは、たまに犯罪者の心理ファイリングなんかもやっているようである。
「うん。自分のことではないんだけど……多重人格って信じる?」
「多重人格?
「そう……」
「多重人格については専門家の精神科医や心理学者の間でも意見が分かれていて、多重人格そのものを認めていない医師も多いのよ」
「芝居だって思うんだろうね」
「たしかに、お芝居だと思う人も多いけど……人格が入れ替わると性格はもちろん。表情や話し方、好みや特技まで変わるのは不思議。全くの素人が芝居で言葉に訛りがでたり、音痴が治ったりはできないもの」
「うん。目つきや言葉使いが全然違うんだ!」
「あれ? 遼ちゃんの身近にそんな人がいるの?」
「実は……」
そこから僕は茜に包み隠さず全てを話した。彼女は心理カウンセラーの耳になって、それらの話を興味深く聞いていた。
――僕からの説明を聴き終わってから、茜がポツリと言う。
「基本人格が眠っているのが気になるわね。オリジナルの人格の性格が分からないと治療の手立てがない。なぜ眠らされているんだろう?」
「たしか、目を覚ますと自殺するからだって……」
「たぶん、強い人格に抑え込まれて出て来れなくされているようね」
「うん。かなり凶暴な人格がいたが……」
「まず、なぜ人格が分裂したのか理由から探って、心のケアをしながら統合させていく治療方法なんだけど……それぞれの人格から話を聴いて、よく納得させてから消えていってもらうしかないんだ」
「素直には消えないだろうな?」
「それぞれ存在の意味があって生まれた人格だから、簡単には説得には応じないと思う」
「……うん」
「とにかく、基本人格にしっかりしてもらわないと、他の人格を封じ込められないのよ」
茜は僕の話に強く興味を持ったようで、是非、そのクランケに逢いたいと言い出した。
――それで、友人のセラピストを連れていくと真亜子に電話で話した。
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