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わたしね、高校でまたA君に会えた時、本当に嬉しかったんだよ? A君はそうじゃないかもしれないけどさ……
ううん、ごまかさなくたっていいの。わたし、ちゃんとわかってるから。だって、A君にはあの子がいたもんね。
別に怒ってなんかないよ。中学校の三年間は離れ離れだったんだし、その間に交友関係が広がるのはわかるもの。
でも……そうだね、せっかくの機会だしわたしも本音を言わせてもらおうかな。それにしたってあの子とはちょっと親密すぎたんじゃないかな。
ごめんね。わたしにはそんなこと言う資格がないのはわかってる。わかってるけど、どうしようもなく悔しくて、隙あらばA君にくっつこうとするあの子が疎ましくて、そんな風に思う自分が嫌で、正直言うとA君のこともちょっと恨めしかった。
ごめんね。変なこと言って。でも、A君には今日ここでわたしのことは何から何まですっかり知っておいてほしいから。
でね、話の続き。あの子の周りにはいつも人がいたよね。わたしとは違って誰とでも気安く話せて、あちこちのグループを渡り歩いてた。だからちょっと安心したの。A君といるのだって、別に深い意味はないんだって。たくさんいる友達の一人に過ぎないんだって。
でも、話してるうちにそうじゃないことに気づいた。A君もまったく気づかなかったなんてことはないでしょ。あの子の心はいつもA君のところにあるみたいだった。
わたしね、昔からちょっと人見知りだったでしょ? 中学に入ってからもね、ずっとそうだったんだ。友達はずっと少ないまま。いじめられたりはしてないよ? クラスの子はみんないい子だったと思う。でも、わたしはその輪に入れなかった。
なんとなく気づいてた? そうか、やっぱりわたし暗い子だよね。ううん、否定しないで。本当のことだから。
きっとあの子の方がA君にはふさわしかったんだと思う。それにね、いいの。わたしはA君を守るのが役目だから。その……特別に親密な関係になれなくても全然かまわなかったの。ううん、少なくともあのときまではそう思ってた。
A君は知らないだろうな。わたし、A君と再会した日にあの子と二人きりで話したことあるんだ。
ほら、小学生のとき、A君とおそろいで買ったキーホルダーがあるでしょ? わたしがずっと鞄につけてるやつ。あの子、それに気づいたの。
A君、あのキーホルダー、中学校のときまでは使ってくれてたんだね。それ聞いて、わたし思わず自慢げに話しちゃった。自分とA君がいかに深い絆で結ばれてるかって。それが証明したくてA君のことたくさん話したよ。格闘技を習ってたこととか、A君がちょっとおっちょこちょいなのはおばさん譲りなんだってこととかね。
えへへ、今思い出すとちょっと恥ずかしいな。きっとあの子には負けられないって気持ちがあったんだと思う。あの子なんかにA君は渡さないんだって。
それであんまり熱が入りすぎたんだろうね。あの子、わたしに「A君のこと好きなの?」って訊いてきたんだ。
わたしがびっくりしたのはわかるでしょ? だって、わたしとA君の関係はそんな単純なものじゃないもんね。だからわたし、自分はただ幼馴染としてA君のことを守ってあげたいだけだって答えたの。それがそのときのわたしにとっては嘘偽りない気持ちだったから。
そしたら、あの子なんて言ったと思う? 「じゃあ、A君はわたしがもらってもいいよね」なんて言うの。「もう気づいてるでしょ、わたし、A君のこと好きなの」って。「ただの幼馴染だって言うなら、応援してくれるよね」って。「よかった、あなたみたいに可愛い子が恋敵になるならきっと苦戦しただろうな」って。
あのとき、わたしどういう顔してたのかな。きっとひきつってたんだろうね。あの子のしてやったりって顔を見ればすぐにわかった。
でね、そのときはじめて気づいたの。あの子の鞄についてるキーホルダー、A君の筆箱についてるのとおそろいだったよね。
わたし、それについて訊いたの。あの子、「あれ、気づいちゃった?」なんて白々しいこと言って。そして、ちゃんと教えてくれたよ。修学旅行で買ったんだよね。
A君、わたしがあげたのは机にしまって、あの子からもらったのはちゃんと使ってたんだ?
あの子も、そのことが嬉しくて仕方がないみたいだった。わたしはもうA君にとって過去の存在で、いまは自分がA君の隣にいるんだって。自分の方が勝ったんだって。
ねえ、知ってる? 相思相愛だったクリュティエとアポロンの仲を引き裂いたのは、レウコトエっていう人間の王女様だったんだよ。
アポロンったら、その王女様に一目で心を奪われちゃったの。それで、クリュティエは捨てられちゃったんだって。
かわいそうだよね。ふふ、それで、クリュティエはどうしたと思う? 大事な人を横から浚っていった泥棒猫をそのまま放っておいたと思う?
いまだから言うけど、わたし、たまにA君とあの子が一緒にいるとこを尾行したことがあるんだ。
だって当然でしょ? あの子がA君に手をつけないように監視する必要があったんだもん。あの日――あの子がいなくなった日もそうだった。わたしこっそりA君とあの子の跡をつけてたんだ。
ふふ……そういうこと。A君、あの日は今日わたしたちが通ってきたのと同じルートをたどってきたよね。ショッピングモールのたこ焼き屋さん、ペットショップ、そしてこの山の廃屋……
そうだよ、A君が気づいてくれると思ってそのコースをたどったの。なのに、A君、鈍感だよね。全然気にしたそぶりを見せないんだもん。話があるなら早く話せってせっつくばっかり。
それにしても楽な尾行だったな。それにすっごく悲しかった。最初は気づかれないかなってドキドキしたけど、二人ともお互いのことしか眼中にないみたいなんだもん。それは、わたしはこっそり尾けてるだけだけど、なんだか二人に仲間はずれにされてるみたいに感じたの。
それに、そうやって二人を尾けてると次第に変なこと考えるようになったの。
あの子、実はわたしに気づいてるんじゃないかって。それで見せ付けるようにA君にべたついてるんじゃないかって。A君の腕に手を絡めようとするんじゃないかって。車が通りかかったときよりかかろうとするんじゃないかって。
そう考えるといてもたってもいられない気分だった。すぐにでも二人の間に割り込んでA君をあの子の手から取り戻したかった。
でもわたし、ちゃんと我慢したよ。二人が人目を気にするようにしてこの廃屋に入って行ってからもずーっとね。でも、しばらくすると、さすがに不安になってきたかな。健康な男女がこんな場所で何をしてるんだろうって。
ねえ、A君。あの時、ここで何してたの? こんな人目につかない場所で何してたの? わたしね、それを想像するとすっごく悲しかった。すっごく悔しかった。あの子のこと、すっごく憎かった。A君のこともちょっと憎んだかもしれない。
あの時は自分を抑えるのが大変だった。ううん、結局は抑え切れなかったのかな。だってわたし、あの子がA君と別れてからここで会ってるんだもん。だから、わたしが失踪前のあの子を見た最後の人間ってことになるかな。
ふふ、もちろん警察の人には言わなかったけどね。驚いた? そうだよね、これまでそんなこと言ったことなかったし。
ふうん、やっぱり不思議に思ってたんだ。どうしてあの子がここに留まることにしたのか。そうだね。やっぱりわたしが来るのをわかってたんだと思う。どういうことかって? もう、察しが悪いなあ。
クリュティエがレウコトエをどうしたかまだ言ってなかったよね?
クリュティエはね、レウコトエのお父さんを利用したの。お宅の娘さんが男の人と密通してますよって告げ口したら、そのお父さん、かんかんに怒っちゃってね。そうなったら後はもうクリュティエの思うまま。お父さんは、レウコトエを生き埋めの刑にかけることに決めたの。ふふ、泥棒猫には当然の報いだよね。
ねえ、A君? ここまで言えばもうわかるよね。わたしがあの子をどうしたのか。あの子が今どこにいるのか。
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