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 うん、大丈夫。ちゃんと目的地には向かってるよ。確かにわたしの帰り道からは外れちゃうけど、A君はこっちでしょ? あ、ホントだ。もう降ってない。これなら、傘をたたんでも大丈夫かな。


 え、A君の傘? 知らないよ。な、何でそれをわたしに訊くのかな。……あ、下駄箱でのこと、やっぱり聞いてたんだ。それはちょっと失敗しちゃったな……


 えへへ、ごめんね。だって、A君ったらいつもつれないんだもん。わたしが普通に誘っても一緒に帰ってくれないでしょ?


 だからね、わたし考えたんだ。


 まず、A君の傘を隠します。するとA君は雨が止むのを待つか、濡れて帰らなければなりません。


 ああ、なんてついてないんだ――そう嘆くA君の前に登場するのが傘を持ったわたしです。


 よかった、これで濡れずに帰れるぞ――かくして、A君はわたしと相合傘で帰ることになります。めでたしめでたしってね。えへへ、考えたでしょ。


 あ、痛い。痛いよ。大げさなんかじゃないよ。A君、自分が思ってる以上に力入れてるんだから。もう、いつからそうやって女の子に手を上げるようになったの?


 あ、ごめんなさい。たしかにわたし、悪い子でした。大丈夫。傘は月曜日にちゃんと返すから。だからもうぶたないで――って、A君、携帯が鳴ってるみたいだけど。ううん、嘘じゃなくて。ほら、早く出なよ、わたしは気にしないから。


 ……


 ……


 ……


 おばさんから? おつかいって何を頼まれたの? ふーん。


 でも、A君、本当に恥ずかしがり屋だよね。なんで、いま一人だなんて言ったの? わたしはおばさんも公認のお友達なのに。おばさんだから余計に恥ずかしい? そうだね、おばさん、そういうとこあるよね……


 えへへ、覚えてる? おばさん、わたしならいいお嫁さんになるって言ってくれたことあったよね。あ、またそうやっていやそうな顔する。A君はそんなにわたしのこと嫌い?


 ひどいな、わたしはA君のことずっと……ずっと守ってあげたいだけなのに。


 なんでって……わたしたち、幼馴染じゃない。それだけの理由じゃダメ?


 たしかに幼稚園は別々だし、A君が転校してきてから四年間一緒にいただけだよ。高校で再会するまでの四年間も離れ離れだったしね。でも、それ以外にわたしたちの関係を説明する言葉がある? ストーカー? もう、本当にひどいんだから。それなら守護天使とか言ってよ。


 あ、A君。そこは曲がらないでこっち。もうそろそろ、どこに向かってるかわからない? そ、あの山の上の廃屋。登るのは大変だけど、秘密の話をするにはうってつけだと思わない? 

 

 ※※※ ※※※


 はあ……はあ……遅いって言ったって、A君、どんどん先に行っちゃうんだもん。少しは待ってくれてもいいのに。それか手を引いてくれるとかさ……


 そう、ここ。懐かしいでしょ。むかし、ここを秘密基地にして遊んだよね。本当はいけないんだけど……でも、ちょっと驚いちゃった。いまでもそのまま残ってるんだ。ここの持ち主ってどういう人なんだろう。A君、知ってる?


 ほら、入るよ。A君。早く早く。人に見られても困るでしょ。大丈夫、ちょっと立ち寄るだけだから。話が終わったらすぐに出て行くって。別に何もたくらんでなんかないよ。もう、どうしてA君はそうやって疑うかな。わたしはただちょっとお話したいだけ。ほら、入ろ。おじゃましまーす。


 ねえ、覚えてる? 一度A君が家出したときがあったでしょ。そう、九歳のときの誕生日。A君の誕生日はいつも七夕とセットでお祝いしたよね。そうそう、おばさんったら毎年張り切っちゃって。ケーキだって毎年手作りだったよね。部屋の中も折り紙のわっかで飾ってさ。それで最後はみんなで短冊にお願い事を書いて笹に吊るすの。


 それがあの年は主役のA君がいつまで経っても現われないもんだから心配しちゃって。それで、わたしがここまで探しに来たんだよね。


 A君がいることはすぐにわかったよ。足を踏み入れた瞬間、A君が鼻をすする音が聞こえたんだもん。部屋の隅でうずくまるA君を見つけたとき、わたしがどれだけ安心したかわかる?


 ううん、それだけじゃない。ひとりぼっちで泣いてるA君を見るのがどれだけ苦しかったか。だから、わたし、あの年の短冊にはこう書いたの。いつまでもA君を守れますようにって。この場所はその決意を固めた記念の場所なんだ。


 それにしても、やっぱり埃っぽいね。あ、A君、そこ蜘蛛の巣あるよ。本当だね、小学生のときよりも荒廃が進んだっていうか……


 覚えてる? 一度わたしたちで掃除したことあったよね。でも、時間が経ったらこうなるのも当たり前か。あれ、ここだけ埃が積もってない。ちょうどいいから座ろっか。


 どうしたの? 落ち着かない? A君って意外と気が小さいよね。ごめん、馬鹿にするつもりはないの。でもちょっと可愛いなって。


 え? それは不気味だと思うよ。でも、ここならうってつけでしょ。秘密の話……をするにはさ。うん、散々焦らしちゃってごめんね。約束どおりちゃんと話すから。その、大事な話……


 話っていうのは、あの子のことなの。それだけ言えばだいたい想像つくんじゃないかな。A君もわたしの気持ちは薄々察してたでしょ? え、わからない? そっか、じゃあはっきり言わないとダメだね。


 わたしね、失踪したあの子がいまどこにいるか知ってるんだ。

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