きみと帰る道

戸松秋茄子

for my Apollo

1

 大事な話があるの。一緒に来てくれない?


 うーん、こんな感じかな。でも突然すぎてA君、面食らっちゃうかも。他の誘い文句を考えなきゃ――


 あ、A君。いま帰るとこ? ねえねえ、もしかしたら今日傘を持ってきてないんじゃない? え、盗まれた? じゃあさ、わたしの傘に入らない? ううん、全然迷惑なんかじゃないよ。ちょうど話したいこともあったし。


 ダメだ、わざとらしすぎる……これじゃきっと怪しまれちゃう。どうしよう、早く考えないとA君が来ちゃうよ……


 って、あっ! A君。いつからそこにいたの!? って……もしかして聞いてた? 聞いてない? ううん、なんでもない。大丈夫、大丈夫だから。そんな、全然あわててなんかないよ。


 それより、A君。いま帰るとこ? よかった……じゃあさ、久しぶりに一緒に帰らない?


 ううん。そうじゃないの。特に用があるわけじゃないんだけど……幼馴染なのに、用がなくちゃ一緒に帰ることもできないの?


 あ、ごめん。待ってよ、待ってってば。いまのはちょっとA君の気持ちを試しただけというか……うん、そうなの。本当はちょっと話したいことがあって。


 改めて訊くけどダメ、かな?


 付き合ってくれるの? ありがとう。A君ってやっぱり優しいよね。たまにちょっと意地悪だけど……あ、嘘。ちょっと待ってよ、A君。いまのも嘘だから置いていかないでよ。


 あ、転んだ。もう雨の中走るから。大丈夫、A君。肘がすりむけてる……ちょっと待ってね。いま、絆創膏出すから。


 はい、これで大丈夫。えへへ、やっぱりA君はわたしがいないとダメなんだ。


 いつも持ち歩いてるのかって? 当然でしょ。A君に何かあったら大変だもん。お礼なんていいよ。A君を守るのがわたしの役目なんだから。


   ※※※ ※※※


 でも、こうして帰るの本当に久しぶりだよね。小学校のときを思い出すな。


 ふふ、そうだね。やっぱり女の子と一緒に帰るのは恥ずかしかったよね。


 でも、わたしが転校するって決まってからは毎日一緒に帰ってくれたよね。思い出すな。最後の日なんてわたしわんわん泣いちゃって。


 いまでも覚えてるよ。あの日、A君が手を握ってくれたこと。ひんやりした手。あの思い出はわたしの宝物なんだ。


 ねえ、お別れしたときのこと覚えてる? わたし、ひまわりの種を渡したよね。これをわたしだと思って埋めてって。うん、電話で話してくれたけどちゃんと咲いたんだよね。ちゃんと太陽が昇ってくる方を向いて咲いたでしょ? おもしろいよね。


 ギリシャ神話ではね、ひまわりはクリュティエっていう妖精が変化したものだって言われてるんだ。


 その妖精さん、もともとは太陽神アポロンと相思相愛だったんだけど、ある事情から見捨てられちゃったの。かわいそうだよね。


 でも、クリュティエがアポロンを愛する気持ちに変わりはなかった。だから、彼女は自わから置いて遠く離れていくアポロンの姿をずっと見つめ続けたの。そうしているうちに、足が根になり、身体が茎になり、顔がひまわりの花に変わったんだって。だから、ひまわりには「あなたを見つめる」って花言葉もあるの。


 えへへ。恥ずかしいな。こんなこと言ったらまるで――


 ちょっと、A君。聞いてる? 嘘。絶対聞いてなかった。もう、わかるんだからね。


 ううん、いまのは違うよ。話っていうのは、もうちょっと後で。別に焦らそうっていうんじゃないよ。ただ、ちょっとここでは話せないっていうか、もうちょっとふさわしい場所があると思うの。だから、それまではもうちょっとわたしの思い出話に付き合って。お願い。


 あ、A君、ちょっとあそこのショッピングモールに寄って行かない? ちょうどお昼の時間だし、何か食べていこうよ。


 あ、待ってってば。わたし、お腹が減って倒れそうなの!


   ※※※ ※※※


 ここのたこ焼き屋さん、前にテレビに出てたんだよ。知ってた? そっか、知ってるよね。


 あ、はい。一パックお願いします。え、カップルかって? そんなのじゃないですよ。もう、A君、困っちゃうね。そんな、サービスなんてよかったのに。でも、ありがとうございます。


 A君、どうする? 店で食べていく? それともどこか別に場所を見つける? 目的地? うん、まだ遠いけど。そうだね、寄って行こうか。


 A君、食べないの? ほらほら、おいしいよ。外はカリッ、中はフワッ、だよ? って、あつっ。いらない? そう言わないで食べてみなってば。ほら、あーん……


 もう、このくらい恥ずかしがることないのに。ほら、あっちのカップルだってやってるよ。それは確かにわたしたちはそういう関係じゃないけど……。でも、わたしはやっぱりああいうのに憧れるの。


 ああいうのって? だから、好きな人と一緒にご飯を食べたり、一緒に下校をしたりだよ。手をつないであーんてして、それにその……キスとか……


 好きな人? な、なんでそんなこと訊くのかな。うん、いるよ。でも、その人すごーく鈍感だし、こういうことにちっとも興味がないみたいなんだ。そう、誰かさんみたいにね。でも、わたし絶対諦めないよ。いつかきっとその人とだからこそ築ける関係を見つけてみせるから。


 でね、相手が変な人だってわかってるからこそ余計に普通のシチュエーションに憧れるんだ……だからA君を相手にちょっとだけでも体験したいなって思うのはダメ、かな?


 そうですよね、店員さんもそう思いますよね。A君、つれないですよね。そんな、美人なんかじゃないですって……。それはもちろん悪い気はしませんけど。あれ、A君、この店に来たことあるんですか? 何だ、早く言ってくれればいいのに。


 あ、A君、やっぱり食べるの? 見てたらお腹が空いてきた? もう、最初から素直にそうしとけばいいのに。


 あ、大丈夫? だから熱いって言ったのに。


 ふふ……


 ごめん、ちょっと子供の頃を思い出しちゃって。A君、昔から猫舌だったよね。よく、わたしがふーふーしてあげたんだ。覚えてる? それでむかしと変わらないとこもあるんだって、少しほっとしちゃって。


 またふーふーしてあげよっか? 冗談、冗談だよ。だから、そんな急いで食べないで……ってあっ。だから熱いっていったのに。本当におっちょこちょいなんだから。ほら、A君。落ち着いて。


 すみませーん。お水出してもらえますか?


  ※※※ ※※※


 ねえ、A君。また寄り道で悪いんだけど、上のペットショップもちょっと見ていかない? うん、たしかにうち、アパートだから飼えないけど……だからこそ見たいの。ねえ、いいでしょ?


 見て見て。セントバーナードの子犬がいるよ。当たり前だけど子犬のときは本当にちっちゃいんだね。成犬になるとあんなにおっきくなるのに。


 そうだね。好きな方だと思う。電話でも話したけど、わたし引っ越した先でゴールデンレトリバーを飼ってたの。すっごい元気なのにその反面怖がりで……散歩のときも他の犬を見るとすぐ隠れたがっちゃうの。相手がチワワみたいな小型犬でもそうなっちゃうんだからおかしいでしょ?


 わたし、向こうじゃあんまり友達できなかったけど、それが慰めだったんだ。え、名前? それはちょっと恥ずかしいな。でも、どうしてもって言うんだったら教えてあげても……


 ううん。いまは全然寂しくないよ。だって、A君がいるもん。わたしにはそれで十分だよ。うん、だから一人暮らしだって全然平気。


 わたしね、引っ越すのは本当にいやだった。A君と離れ離れになるのは寂しかったし、何よりすごく心配だった。A君のこと、もう守ってあげられないんだと思うと心が真っ二つに引き裂けそうだった。


 失礼なこと言ったらごめんね。でも、本当に心配だったんだ。A君、ちょっと感性がずれてるっていうか誤解されることも多かったし。それをちゃんと説明するのもわたしの役目だったでしょ? 中学校に入ったらまた知らない子たちとも一緒になるし、爪弾きにされないかとか考えると不安でしょうがなかったの。遊んだらちゃんと片付けなきゃダメとか、ちゃんと人の話を聞かなきゃダメとか、引っ越しの日はつい色々うるさく言っちゃってごめんね。でも、それも全部A君のことが心配だったからなんだよ。


 って、A君。聞いてる? さっきからその子のことばっかり見てない? それは可愛いけど……わたしは可愛くない? 別に、何も言ってませんよーだ。


 それより、A君ってそんなに動物好きだったっけ? そっか、普通か。あ、そういえば、むかし猫飼ってたよね。うん……でもいなくなっちゃったんだっけ。


 そうだね。死ぬときを悟ると姿を消すって言うよね。でも、覚えてる? あの時期、近所で猫を殺してる人がいたでしょ。刃物でぐちゃぐちゃにされた状態で何匹か見つかって……ほら、同じクラスでも飼ってた猫が殺されたって子がいたでしょ。だから……


 あ、ごめんね。ちょっと無神経だった。A君にとっては嫌な話だったよね。それにペットショップでする話でもないか。本当にごめんね。


 ※※※ ※※※


 じゃあ、行こうか。うん、A君がいつも乗ってる電車でいいよ。え? ああ、切符か。そ、そうだね。わたしは定期券持ってないんだった。買って来るから、ちょっと待っててね。


 おばあちゃんに話しかけられてたけど、どうしたのかって? うん、ちょっと道を教えてただけだよ。何、その意外そうな目。わたしだって困ってる人の頼みを断るほど薄情じゃないんだから。それはもちろん、一番大事なのはA君だけどさ……


 わたしねA君と離れてた三年間は本当に心配で心配でたまらなかった。またこっちに戻ってくることに決まって、嬉しかったけどA君が周囲になじめてるか心配だったの。


 でも、そんな心配は無用だったね。わたしがA君に会いに教室まで行ったとき、友達に囲まれてたもんね。わたしもしり込みしちゃって、あの輪に入っていくタイミングがわからなかったくらい。


 情けないけど、わたし、A君がまるで別の人みたいに見えた。そんなはずないのに、すごく遠くの人に思えた。それに……A君にはもいたし。


 うん、それも聞いた。あの子がわたしの代わりになってくれたんだよね。中学で会ってからずっとA君のこと守ってくれたんだよね。わたしもあの子には感謝してる。


 本当だよ? もう、意地悪な質問しないでよ。それは仲がよかったわけじゃないけど……


 でも、A君を守ってくれたんだもん。そのことに対する感謝はちゃんとしてる。だから、わたしだって心配してるんだよ? あの子がいなくなったこと。

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