第2話

 巴子が執拗な勧誘を断って食卓へ戻ると、ちょうど隆明たかあきが箸を置いたところだった。彼は巴子が戻って来たことに気がつくと、

 ――ごちそうさま。

 と言って、丁寧に手を合わせる。お互いに興味のない内容を流すテレビの音が、一呼吸だけ場を支配して、巴子を小さく頷かせた。

 ――どうだった、正直に。しゃんと料理をし始めてまだ長くないから、どうしても気になって。

 包丁を持つだけなら授業を除いても、中学か高校か、そのくらいには十分に経験はしていたはずだと巴子は追思しようとして、すぐに勘違いだろうと思う。単純にモチベーションが保てなかったのだ。愛煙家である巴子の母は、(これは大して続かなかった禁煙の時期に、彼女が溢した言葉ではあるが)決して正常な味覚とは言えなかった。頓着せずに口に運ぶだけの姿を見て、片生い巴子が続けられなかったであろうことは、想像に難くない。

 そういうわけで、巴子は味に関して特に敏感であって、この瞬間の彼女が最も「むずかしい」人間であると知る隆明は、慎重に言葉を選んでいる様に見えた。

 自分の余計な部分が、強迫的な何かを生み出そうとしているのを感じて、巴子は静かに後悔する。これは巴子にはある種仕方のない儀式のようなものであっても、彼の望む生活にとってはただの異物にすぎないのだ。

 ――おいしかった。自分で作っていた頃より、ずっと幸せだよ。

 受け入れやすい言葉を味わいながら、巴子は彼が果たして、自身のプロテクションに成功したことを悟った。そしてそれは、嫌というほど巴子を一人の人間だと認識させる。

 ――ありがとう。

 どうにか返事をして、巴子は中断していた食事へと戻った。茹ですぎた鶏肉は、すっかり冷えてよりいっそう硬くなっている。せめて彼が、温かいうちに食べ終えてくれていたらと祈りつつ、巴子は堪えるように強く食んだ。

 遠かったはずの吉乃の話が急に現実感を帯びて襲いかかるのを、ただ彼女だけが感じていた。

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