若榴

棚見

第1話

 ――恋人というより、ボーイフレンドって感じだったけど。

 吟味するようにそう言って、吉乃きつのはグラスを手に取った。妙に不恰好な猫を先端につけたマドラーを揺らしながら、淡い炭酸が昇り、喉を降る。

 ――数えられるだけのキスと、数えられるだけのセックス。お互い別に、淡白だとか浮気だとか、そういうことはなかったんだけどね。

 ――喧嘩とかしたんですか。その……。

 きっかけとか。言いさす巴子はこの意図を汲み取って、吉乃はああと答える。

 ――特別には何も。衝突なく、恙無く……。何かきっと、抗えない力があったんだと思う。

 そこで言葉を止めると、少し思案してから、

 ――いえ、私に抗う力があったのかも。

 と、彼女は続けた。

 ――清々したとは言わない。何が駄目だったんだろうって、何をすれば上手くいったんだろうって、長い間未練みたいなものは残ると思うけど。今の方がゆとりはあるのよ。

 そうして、吉乃はちらりと時計を見やり、

 ――余裕はある気がするのよ。

 再び、グラスを呷った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る