第15話 願いごと
せっかく冬休みに突入したのに、
未織が親の実家に帰ってしまって退屈な年末だった。
それもやっと終わる。
それが、新年を迎えるよりもおめでたい。
*
神社はぼちぼちの客入り。
こんなに人が入ってるなんて、新鮮だ。
未織、見つけられるかな……。
あ、いた。
「未織」
「……あ。かなた」
人ごみ、というほどでもない。人の群れの向こうに、振袖姿が見える。
「かなた、久しぶり。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。こちらこそ、よろしく。
髪アップにすると大人っぽいね。可愛い。なんか、ちょっと見ない間に痩せた?」
「……ワガママ言って、着せてもらっちゃった。似合うかな……?」
「似合う! すごい似合う。可愛いよ、未織。もっと色んな服、着せてみたくなる」
「そこまで言われると、なんか、恥ずかしい……」
「本当のこと言ってるだけだよ。可愛い」
「う……。言い過ぎです」
「まだ言い足りないけど。このへんで許してやろう、しかたない」
「なんか悪っぽい……」
「あー、俺も正装してくればよかったかなぁ。制服しかないけど詰襟だし」
「ううん、いいの。秘密にしてたし。びっくりさせようと思って」
「びっくりしたよ! でもなんか嬉しい。てか、うん、嬉しい」
「ほんと? よかった。わたしも嬉しい」
久しぶりに会った嬉しさの勢いで喋りつくして、お互いに一息つく。
そうしてじわじわと、未織と久しぶりに会えた喜びが体を熱くした。
「お参り、行く?」
「うん」
どちらともなく、今年初めて手を繋ぐ。
未織の手はちょっと冷たい。ずっと外に居たからかな。
小さな歩幅に合わせて、のんびり歩く。
「年末は、お父さんの実家、だっけ? どうだった?」
「うん。おじいちゃんもおばあちゃんも、元気で安心した。
のんびり過ごしてたよ。かなたは?」
「部活も終わっちゃってからは、家でぼんやり。
未織がいないと、やる気でない。
将棋盤の前で岩みたいに親父が固まってるからさ、丁度いいと思ってデッサンさせてもらってたんだけど、あんまり楽しくなかった」
「お父さんは、嬉しかったんじゃない?」
「いや、どうかな?」
「お母さんは、描かないの?」
「母さんは、俺が描くと文句ばっかりだから。あんまり描きたくない」
「文句?」
「このシワを消して顔を小さくしろ、とか。目を大きくしろ、髪の量を増やせとか」
「お母さんも、乙女なんだねえ」
「それはちょっと、解釈が好意的過ぎるような……」
歩いているうちに本殿が見えてきた。
出店もいくつか出ていて、夏祭りを思い出す。
「あ、行列してるんだ。すごい。人、いっぱいだね」
「ほんとだ。でも、長く待たなそうだね。
やっぱり、人気の神社とかとは違うな。混み方まで地味っていうか」
「ゆっくりできて、丁度良いよ」
「ま、それもそうだね」
待っているうちに順番が来た。
お賽銭を投げて、鐘を鳴らす。
二礼二拍手一礼……だっけ?
横目で盗み見た感じだと、未織はそつなくこなしてるなぁ。
真剣に目を閉じて、何をお願いしてるんだろう。
「……そろそろ、行く?」
「あ、ごめん。夢中になっちゃった」
後ろに並んでいる人へ譲る。
引き返す道には、もうほとんど行列はない。
「お参りをしたあとって、40分くらい、神社にいると良いんだって」
「そうなんだ。じゃあ、しばらくぶらぶらしようか」
十分もあれば一回りできそうな、小さな神社だ。
手を繋いでゆっくり歩く。
「……どんなお願いしたの?」
「うん。家族が元気でいられてありがとう、って。
これからも元気でいられますように。
かなたも、健康で、幸せになりますように、って」
「健康のことばっか?」
なんだかおばあちゃんみたいな気遣いに笑ってしまう。未織らしいな。
「あと……、かなたが、絵を、完成させますように」
ちょっとだけ、試すみたいな眼差しを感じた。
もう、わかってる。
未織の考えは、俺とは違う。
未織は、俺を好きなことと、俺と別れることを、両立できるんだ。
「なんだか、無欲だね」
「そうかなぁ? 彼方は?」
「俺は、一個、わがままなやつ。
未織といつまでもずーっと、一緒にいられますように」
「うん……」
未織の気持ちがちょっと沈んだのが分かる。
でも、試されたお返しだと、今だけはちょっと意地悪にそう思う。
「あ、おみくじ、引く?」
「うん」
あえて反応を待たない。もう、分かったから。
未織は俺のことを好きでいてくれる。だけど、約束は譲らない。
なら、俺だって譲らない。
もし一度別れたって、また、告白からやり直す。
何度だって、そうしてやるんだ。
ベンチで腰を落ち着けて、配られていた甘酒を手に一休みする。
参拝客が、ちらちら未織を見てる気がした。
振袖姿が綺麗だから、人目を引いてるのかも。
「……去年は、どんな一年だった?」
「うん、……幸せだった。かなたと、恋人になれた。
楽しいこと、いっぱいだったよ。かなたは?」
「うん、俺も。あと、やっぱ、絵、上手くなったと思う。
人生で一番いっぱい描いてたし。振り返ってみたら、楽しい一年だったな。
今年も、そうなるといいな」
「うん……」
未織は困ったように笑う。
別れが近いことを、予感しているから。
どんなにじっくり描いたって、もうすぐ、絵は描き終わる。
「ああ、でも、クリスマスだけは悔しかった。
今年のクリスマスは一緒に過ごしたいな」
だから、わざと、約束の上書きを試みる。
「それに、こたつで新年を迎えるのもいいな。
一緒に、除夜の鐘も鳴らしに行こうよ。……約束」
「……うん」
差し出す小指に触れる。
最初に触れたときと同じ感触に、あの夏の日を思い出した。
これは、きっと、果たされない約束だ。嘘になる約束だ。
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