第14話 2人の構図


 美術室に入ると、未織がカーテンを閉めてまわる。

 その間に、俺は画材の準備をする。

 もう慣れきった、お互いの役割分担だ。

 現実から切り取られたみたいな二人だけの空間。

 他愛ない会話を交わしながら、穏やかに時間が過ぎる。

 それが、別れへのカウントダウンだと意識すると、途端に胸の奥が冷たくなった。


「最終的な構図を決めたいんだけど」

「うん」

「やっぱり、真正面から描きたい」

「はい」

「あと、お願いがあるんだけど」

「うん?」

「あの。誤解されたら怖いんだけど、服を脱いでほしいです」


 持ち込んだ水筒からお茶を注いでくれていた未織の手がピタリと止まる。


「えっと。本当に、すけべな話じゃなくて。

 純粋に、未織をそのまま描きたくて。

 この前と違って、下心はありません」

「……はい。……うん?」

「うん? あ、いや、えっと、この前もべつに下心があったわけじゃなくて――」

「……もう」

「ごめん……」

「……ううん、うそ。怒ってません。大丈夫」


 焦った。

 いや、百パーセント俺が悪いんだけど。


「もう、始める?」

「ううん、部屋が暖まってから。未織が寒くならないように」

「わかった。ありがとう。ポーズは?」

「あ、一応描いて来たんだけど。こんなかんじ」


 全身は入れない。上半身全部。おへその辺りで両手を重ねている。

 真正面から見たモナ・リザみたいな構図だ。


「うん。わかった、やってみる」

「お願いします。……もう、本当に、先生にバレたくないな、これ」

「うん……。気をつけようね。スカートは履いてていいの?」

「うん、平気」


 未織が服を脱ぐ。なんとなく、目をそらす。

 この前は、きっと、冷静じゃなかったんだ。

 だって今、自分で下心はないって言ったくせに、なんか、すごい慌てる。

 本気で、鼻血出るかも。すごく落ち着かない気分。

 こんな調子で、俺、ちゃんと描けるのかな……。


「これでいい?」

「う、うん」

「かなた?」

「ごめん。言ってもやっぱ、ドキドキする」

「そんなこと言われると、わたしまで、緊張するよ……」


 脱いだ服で体を隠して未織も俯いた。


「うん。ごめん。頑張る」

「うん……」


 キャンバスに向う。集中しよう。深呼吸、深呼吸。

 未織の絵を描くんだ。

 それが、約束だから。

 自分でも、今、未織を描きたいから……。

 どうしてだろう。

 最近、気づけば考えている。

 どうしたら未織を、そのまま魅力的に描けるのか。

 考えるたび、描きたくなる。


「……はじめるよ」


 なんとか煩悩に勝ったみたい。気持ちが落ち着いた。

 二人の間から言葉がなくなる。

 カーテンを閉め切った美術室は無音で、耳が痛くなる。

 静かだ。改めて画布へ向かう。

 はじめて未織を描いたとき、静物画を描いている気分だった。

 未織が、あんまり動かないから。

 でも、今は、違う。

 未織の呼吸のリズムとか、まばたき、見つめてくる眼差し。

 まるで何かを伝えようとしてくる、ような。

 そこに、『未織がいるんだ』って、生きてるんだって思わせる。

 そんな感覚も全部、キャンバスに描き取れればいいのに。

 不意に、気づく。

 いつの間にか俺はこの時間が好きになってたんだ。

 未織の全部を感じられる時間を重ねて、好きになっていた。

 重ねるほどに、別れに近づくというのに。

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