第7話 プラネタリウム-2
合宿を終えて一番にしたことは、プラネタリウムへ行く約束を実現することだった。
ちょっと慣れない駅前で待ち合わせて、未織の顔を見つけてほっとする。
チュニックとジーンズ、袖の短いカーディガンを羽織って、髪はいつかみたいにサイドでひとつに纏めている。
飾り気がないところが未織らしくて素敵だ。
「未織。久しぶり」
「うん、久しぶり。四日ぶりだけど」
「あれ、そうか。一週間も経ってないのか。もっと長い間、会ってなかった気がする」
「うん……わたしも」
……なんか緊張する。
久しぶり、っていうか、たったの四日だけど、会っていないと、落ち着かない。
四日ぶりに見た未織が、記憶の中の未織より可愛くて。なんか、戸惑う。
「合宿はどうだった?」
「うん、良かった。バスに酔ったけど……。絵は、これから仕上げて文化祭に出すよ」
「文化祭、楽しみにしてるね」
「うん。あと、伊藤に散々からかわれた」
「はるちゃん……。何か変なこと言ってなかった?」
呆れたような、嬉しいような調子に、未織が伊藤に懐いているんだなと分かる。ちょっと嫉妬する。
「何が変かも、よくわからなかったよ」
「あはは……」
「未織は旅行、どうだった?」
「うん。温泉、気持ち良かったよ。お土産、後で渡すね」
「ありがとう」
「あ。あれ? プラネタリウム」
「そう。あの建物」
半球状の屋根の建物が見えてきた。
プラネタリウムなんて、いつ以来だろう。
*
ドーム状の天井に星が投影される。
春の星空から夏の星空へ。やがて冬の星空に辿りつく。
ナレーションが星座の解説をしている。
隣を見ると、未織が一生懸命な眼差しで空を見上げていた。スクリーンに映る空を。
肘掛に置いた手に、手を重ねてみる。
ちょっとびっくりした様子で、未織がこっちを見た。
微笑む。
つられて、俺も。
こうしていると、嬉しい気分で一杯になる。
未織もそうなんだろうか?
気づけば、未織も俺も、お互い見詰め合っていた。
同じことを考えていたのだろうか。
それとも、全然違うことを?
尋ねてみたくて、顔を近づける。
ねえ、未織、何を考えているの?
きっと、答えてくれないだろう。
どうして、絵を描いたらお別れだなんて言うんだ。
教えてよ。
そう尋ねる代わりに、キスをした。
軽く、唇を触れさせるだけの、口付け。
唇を離すと、未織が上目で俺を見る。
ねだるみたいな顔に、思わずもう一度、口付けた。
未織の手が、俺の手の下でぴくりと動く。
「ごめん」
耳元へ囁いた謝罪に、彼女は無言で首を横に振る。
それから目を合わせないまま、天井を見上げた。
頭上に冬の星空が広がっている。
冬――その頃、二人はどうなってるだろう。
まだ、恋人で居られるだろうか。
それとも俺は、もう絵を描き終えてしまっているのか。
考えたくなくて目を閉じた。この間に見た夏の星空を思い出しながら。
*
「……」
プラネタリウムからの帰り道が、ちょっと気まずい。
未織との間に会話が途切れて久しかった。
嫌だったかな、やっぱり。
そうだよね。いきなり、しかも暗いとは言え公衆の面前だし……。
客は全然入ってなかったけど、何人かは居たし。
衝動に身を任せちゃいけないな……。
「……かなたって、大胆、だね」
「う。ん。ごめんなさい……」
「いいよ。……とくべつに、許してあげます。でも、大変だったんだから」
「大変? どうして?」
「だって。……どきどきして」
「……」
その一言に、余計にどきどきする。
照れた顔から、全然嫌じゃなかったんだと分かって、心底安堵した。
安心しすぎて、ちょっとだけ笑いが漏れてしまう。
「……。もう」
「ごめんって」
「かなた、顔、笑ってるよ。謝罪の誠意が、伝わりません」
「誠に申し訳ありませんでした」
「もう!」
未織は繋いだ手を振りほどくふりをする。
そうさせないように俺は更に手に力をこめる。
「しょうがないじゃん。未織が可愛いのが悪いんだもん」
「えっ。そ……っ、そんなふうに言って、責任転嫁しても、だめです」
「ちぇ。でも、ほんとだよ。未織」
「うぅ……。ずるい……」
「ずるい?」
「かなたばかり、わたしのこと、どきどきさせて」
「……そんなの、お互い様だよ」
繋いだ手を握り返す。
優しく、でも、離さないぞと心をこめて。
「だって、俺、未織のこと好きだ。
こうして、手、繋いでるだけで嬉しいし。一緒に居ると、どきどきするよ。
もう、ずっと、こうしていたい。未織を離したくない」
「……うん。……嬉しい」
未織からも、握り返してくる。
「好きだよ、かなた」
「……うん」
だけど、未織の手を離さないわけにはいかなくて。
家族が心配するから、家に帰らなくちゃいけない。
早く自立したいって思ったのは初めてだ。
ずっと、未織と一緒に居られたらいいのに。
何にも煩わされることなく、何にも振り回されずに、二人だけで、ずっと――。
全ての時間を、お互いのために使えたら、幸せなのになぁ。
「あ、そうだ。今度の土曜日、花火大会があるんだけど。もし暇だったら行かない?」
「あ……。ごめんね。わたし、打ち上げ花火苦手なの……」
「あ、そうなんだ。ごめん、知らなくて。じゃあ、無理には誘わない」
「せっかくなのに、ごめんね」
「ううん。仕方ないよ。でも、苦手って? 音が大きいからとか?」
「うん……。それに、花火って、見てると寂しくて。なんだか悲しくなるの。
あんなに綺麗なのに、すぐに消えちゃう。光が消えた後、空の暗さが際立って、怖いの」
ちいさな子供みたいだな、と思う。
でも、人の苦手はそれぞれだ。
無理して誘いに乗らないでくれたほうが、俺としても有り難い。
未織に怖い思いをさせずに済むから。
「……ごめんね、嫌なこと聞いて」
「ううん。変な子でごめん」
「いいよ、俺だって苦手はあるし。そのままの未織でいいと思うよ」
「……ありがと。かなたは、友達にも誘われるでしょ?楽しんできて」
「うん。ありがとう」
そっか。花火大会、一緒に行けたら楽しいと思ったんだけど。
でも事情があるなら仕方ない、か……。
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