二百四十八 決意
カタリナが活動停止に追い込まれたちょうどその時、聖都にある大聖堂奥にある教皇の居室に淡い気配が出現した。
『カタリナが壊れたよ』
愛らしい声で告げられた内容に、部屋の主は居心地のいい椅子に預けていた体をこわばらせた。
「……何故だ?」
それだけ絞り出す。だが、淡い気配からの返答は無情なものだった。
『さあ? それと、本体の方も攻撃を受けた』
カタリナは魔法で作られた疑似生命体だ。そして、普段人前に出ている姿とは別に、本体を持っている。
その本体さえ無事なら、いくらでも再生産出来る代物なのに。今回は本体まで攻撃されたという。
「何故、本体まで攻撃されたのだ? あれはお前のもとにあるのではないのか?」
『私のもとにあるけれど、魔法回路を使って端末から攻撃を受けたんだ』
「修理せよ」
『無理だよ。修理不可能なくらい壊されたから』
「では、新しいカタリナを作れ」
『それも無理。カタリナのような存在は、作れない』
気配からの返答は、部屋の主をいらつかせるのに十分なものだった。
「無理、無理とばかり言いおって! お前はわしに従うものだろうが! 黙って従え!」
『……それでも、出来る事と出来ない事がある』
頑なな返答に、主の気分はさらに下降した。
「所詮作り物。ここらが限界か」
そう呟くと、主は手元の鈴を鳴らす。軽やかなその音が響いてすぐ、部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、上級の修女の服を着た若い女性だ。
「お呼びでしょうか?」
「下に行く。戻るまで、いつものように」
「かしこまりました」
礼を執る女性には目もくれず、部屋の主は椅子ごと室内を移動し、奥へと消えていった。
◆◆◆◆
異端管理局との戦闘の後、ティザーベル達は現場を処理してから一番都市へと戻った。
管理局の連中の遺体は、そのまま放っておく事は出来ない。以前のはさみ男の遺体も、骨が崩れる程の高温で焼いている。
今回、焼く死体は四つだった。生きたまま捕縛した少女三人については、一番都市へ連れてきている。
「大丈夫かな?」
「ご心配には及びません。この都市の医療技術も、他の都市に劣りません」
現在、連れてきた三人は病院で検査を受けていて、必要なら治療を施すという。
これはレモからの提案だった。彼は三人を観察していて、何か薬を使われているのではないかと思ったらしい。
もし薬で洗脳のような事がなされているなら、解除すれば普通に生きられるかもしれない。それでも教会に忠誠を尽くすというのなら、その時はその時だ。
洗脳等がなくとも、教会から離れる意思があるのなら、シーリザニアかパーラギリアの民衆と一緒に地上に戻す方法もある。
とくにシーリザニアは、女王であるスンザーナがティザーベルに借りを作る一方だから、拒否はしないだろうし、させる気もない。
「さて、じゃあこれからの事を話し合おうか」
一番都市中央塔最上階の部屋にいるのは、ティザーベル、ヤード、レモ、フローネルの四人に加え、マレジア、ノリヤ、フォーバル。それに、見知らぬ老年の男性が一人。
「その前に、皆さんと面識のない者もいますので、まずは自己紹介をしておきます。私はフォーバル。教会で司祭を務めております。彼女はノリヤ。元は私のところで修女をしておりましたが、今はマレジア様の元で預かってもらっております。そして、こちらがヒベクス枢機卿猊下です」
「お初にお目にかかる」
そう言ったヒベクス枢機卿は、聖職者というより武人といった風だ。全体的に四角く、肩幅もしっかりしている。何だか圧まで感じる程だ。
「こちらはマレジアはご存じの通りとして、私からティザーベル、ヤード、レモ、フローネルです。私とヤード、レモはこことは違う大陸の出身で、フローネルは見たとおりエルフです」
ティザーベルは手で指し示しながら紹介した。誰が誰を知っているのかごっちゃになっているので、フォーバル同様全員分紹介したのだ。
そして、話は戻る。
「正直、異端管理局が崩壊するとは、思ってもみませんでしたよ……」
疲れた様子でフォーバルが愚痴る。彼はティザーベル達の実力を、よくて管理局と互角、出来ればカタリナの牽制になればと思っていたらしい。
それには、何も答えられなかった。正直、西側の都市三つを再起動させていなければ、危なかったかもしれないのだ。
決して楽な勝ちではなかった。それだけは事実である。
「昨今は管理局の人員も減る一方で、人手不足とは耳にしていたが。まさか、薬を使って人為的に適性者を作り出していたとは」
苦々しい顔で告げるのは、ヒベクス枢機卿だ。彼からは、異端管理局の審問官の情報をいくつかもらっている。その見返りとして、捕縛した三人の少女から得た情報を彼等に渡した。
彼女達に使われていた薬の正体は、二番都市で製造されたものだったらしい。詳しい成分までは知らないが、それを使う事で擬似的な魔力を得る事が出来るという。
「確かに、そんな話は大昔に小耳に挟んだ覚えがあるけどね……まさか、実用出来るレベルにまで達していたとは……」
「昔も、あったんだ?」
「そりゃあ、今より魔法が重要視されていた時代だからね。魔力を持たない者にも、魔法が使えるように。魔力が弱い者には、より強い魔力をって売りの研究がいくつかあったよ。ただねえ、テスト段階で何度も事故が起こったらしく、研究そのものが凍結されたはずなんだけど……」
「スミスが復活させていたのかも」
「そうだろうよ。全く、魔法を否定してる癖して、都合のいいところだけは使おうっていう訳かい」
吐き捨てるようなマレジアの言葉に、誰もが静かに頷いていた。
重苦しい場の空気を緩和するべく、今わかっている前向きな情報を呈示しておく。
「カタリナに関しては、今回の事で完全に沈黙したと思っていいってさ」
「そりゃ、支援型が言ったのかい?」
「そう」
「なら、安心だね」
端末から魔法回路を通じて、本体へも攻撃を行ったという。それらは支援型がやった事なので、ティザーベルには自覚がない。
ともかく、本体を潰した事でカタリナの復活は避けられた。後は、ラスボスであるスミスを倒すだけである。
「で、肝心のスミスを倒す具体的な案はある訳?」
「具体的という程ではないが、こちらの準備は整いつつある。あともう少し、待ってほしい」
ヒベクスの言う「準備」とは、反教皇派が一斉蜂起する為のものだ。何年も前から計画されていて、今までずっと水面下で動き続けてきた活動が、ようやく実を結ぶのである。
「それと、教皇を倒す際に、君達の助力はあるものと思っていいのかね?」
「乗りかかった船だからね」
「? どういう意味だ?」
「一旦関わったら、途中で辞めるのはなしって事」
最初は、悪意の偶然からだった。五番都市の動力炉に仕掛けられた罠。それでこの大陸にバラバラに飛ばされ、ヤード達を探す途中でフローネルと出会った。
この大陸で、魔法士や亜人が受けている理不尽な差別。手に届くだけでも何とかしようと動いているうちに、教会組織の事を知り、マレジアと出会い、仲間を取り戻した。
そこで帝国に帰る事だって、出来たのだ。でも、そうはしなかった。仲間からも、そんな提案は一度だって出なかった。
みんなわかっていたのだ。このまま放っておく訳にはいかない問題に関わってしまった事を。
「ここで手を放したら、寝覚めが悪い」
「色々関わっちまったからなあ」
「私は、自分と同胞の問題だから当然だ」
ヤード、レモ、フローネルの言葉を聞き、ヒベクス枢機卿は深く頷いた。
「君達の助力、心より感謝する。正直、あの教皇に我々だけで立ち向かうのはかなり厳しい。だが、異端管理局が瓦解した今こそ、総力を挙げて立ち向かわなくてはならない。心を一つに、などと綺麗事を言う気はない。自身の理由の為に、参加してくれ」
枢機卿の言葉に、今度はティザーベル達が頷く番だ。参加理由はそれぞれでいい。ただ、同じ結果を求めて突き進むだけだ。
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