二百四十七 吸収

 敵のうち、三人は死亡を確認、三人は魔法道具を破壊された為に無力化に成功。残るはティザーベルが相手をしているカタリナのみとなった。


「今更だけど、降伏するならそれなりの処遇を約束するよ?」

「ほざけ! 勝つのは私だ! 神敵の貴様らの降伏などは、受付ぬがな!」


 先程から、カタリナの指先から発せられる攻撃により、ティザーベルの結界は幾度となく張り直しを余儀なくされている。


 ――実験的に、私の分だけ結界の強度を上げてあるのに!


 敵の中で一番強いのは確実にカタリナだ。そして、そのカタリナが真っ先に攻撃してくるのはティザーベルだと読んでの事だった。


 読みは当たったけれど、まさかここまで張り直しをする事になるとは。カタリナの攻撃力を読み誤っていたようだ。


 とはいえ、こちらも防御のみでいる訳ではない。結界維持を魔法道具に頼っているおかげで、攻撃に回せる力が大分ある。


 さすがに広範囲に影響が出る攻撃魔法は使えないが、ピンポイントの高威力攻撃魔法を複数展開していた。本来なら面で攻撃する術式なのだが、その面を極力狭くし、その分効果範囲内への破壊力を上げるよう調節している。


 それでも、カタリナの体に穴を開けるどころか、皮膚に焦げ目一つつける事が出来ない。


 どうやら、カタリナも防御用の術式を展開しているらしい。ならば、ヤードとフローネルの剣が有効かもしれない。


 魔法道具をなくした三人を拘束し終えたヤード達は、すぐにこちらへの攻撃に転じた。特にヤードとフローネルは、魔力を切り裂く機能を剣に付与している。


 カタリナの背後から切りつけたヤード。その剣は、確実にカタリナの背を切り裂いた。なのに、彼女は怯む事もない。


 それどころか、背後のヤードを視認する事もなく、魔力を放つだけで彼を吹き飛ばしたのだ。


「ヤード!」

「よそ見をしてる場合か?」


 薄笑いするカタリナの顔が目に入る。彼女は大きく広げた両腕で、ティザーベルの防御結界を挟み込むようにしていた。突き立てた指先は、多重に張った結界を幾度も破壊している。


 その度に張り直しているので、防御結界をぶち抜かれる危険性は少ないけれど、こちらの攻撃もろくに通っていないので、どちらかが息切れを起こすまでの我慢比べのようだ。


 吹き飛ばされたヤードは何度もカタリナの背中側から切りつけ、その度に反撃を食らって飛ばされる。フローネルは剣の特性上、切るよりは突く方があっているようで、何度か剣先をカタリナに突き刺している。


「固いなこいつ!」


 そんな言葉を叫ぶ程、彼女の剣先はカタリナに食い込めないようだ。レモは少し離れた場所で、拘束した三人の少女達の見張りをしている。彼の武器では、カタリナとの相性が悪いからだ。


 元より、彼女はティザーベルが仕留める手はずになっている。それにしても、ここまで防御力が高いとさすがに面倒だ。


 その時ふと、脳内に声が響いた。


『主様、一つ、提案がございます』


 ティーサからの連絡だ。


『何?』

『先程からずっとカタリナを解析しておりましたが、やっと終了しました。そこにいる彼女は言わば端末で、本体は別の場所、聖都にあるようです』

『端末? これで?』


 端末でこんなに倒しにくいのなら、本体が出て来たらどうなるというのだ。一瞬恐ろしい想像が頭をよぎったティザーベルだったが、続くティーサの言葉に目を見開いた。


『いいえ、端末は本体と魔法的に繋がっていますから、端末を通じて本体へ直接攻撃を仕掛ける事が出来ます』


 という事は、やり方さえ間違えなければ、確実にカタリナを仕留められるという事か。


『方法は?』

『まずは、端末と本体の連動を切れないように固定します。そこから、魔力吸収を行いましょう』


 カタリナの魔力を、吸い尽くせという事らしい。吸い取った魔力は、支援型を通じて各都市で処理するという。


『吸い取った魔力に、何か仕掛けがされていて、都市が乗っ取られる、なんて事はないよね?』

『ご安心を。魔力に意思は乗りません。力はただ力。方向性や意味合いは人が後付で付けるものですよ』


 なるほど。ならば、早速本体とのリンクが切れないよう、固定する術式を打ち込むとするか。その術式は、ティーサが用意してくれた。それを攻撃に乗せて、カタリナに打ち込む。無事、着弾した。


 一瞬不思議そうな顔をしたけれど、自分の身に何が起こったのか、理解していないらしい。ティーサが再び解析し、無事固定化されている事が確認された。


 次は、今張っている結界に少し手を加える。現在張っているのは対物対魔の完全遮断タイプの結界だ。それでもカタリナの繰り出す物理と魔法の混合攻撃に、何度も張り直しをさせられている。


 その結界の術式を一部書き換え、魔法攻撃の魔力を吸収するようにした。それに加えて、相手の魔力を吸い取る術式も同時に起動させる。


 魔法を使う厄介な魔物相手に使う時があり、習得した術式がこんなところで役に立つとは。


 本来なら、魔力吸収の術式は相手に触れていなければならないのだが、結界が触れているので代用可能だ。


「? ……な!」


 こちらの意図に気づいたカタリナが逃げようとするが、彼女を巻き込む形の結界を張って逃亡を阻止する。


 敵の殻となっている方か、自分を閉じ込める檻となっている方か、どちらから崩すべきか、カタリナが迷っているのが見て取れた。


 だが、その間にも彼女からどんどんと魔力を吸い上げている。


 ――汲んでも汲んでも枯れない沼みたい。


 結構な勢いで吸い取っているのだが、カタリナは一向に弱る気配を見せない。逆に、この攻撃が効いているのか首を傾げたくなる程だ。


 それでも、他に打つ手がない。幸いこちらにはまだ余裕があるので、魔力吸収の術式を同時に複数起動させた。


 どうやら檻になっている方の結界を先に消滅させる事にしたらしいカタリナに、異変が現れる。その場でよろけたのだ。


 何とか踏ん張って倒れるのを防いだけれど、不調が顔にまで表れている。どうやら、魔力の吸い取りは効いているらしい。


 カタリナの保有魔力は、本体も含めればおそらく通常の魔法士の数百倍、数千倍だろう。普通はそんな量の魔力を吸い取れる人間はいない。


 魔力吸収の術式は、吸い取った魔力を自分の魔力に変換するものなのだ。


 ティザーベルの場合、都市のバックアップが大きい。彼女を介して、実質都市が魔力を吸い上げているようなものなのだ。それも、七つ全ての都市が。


 いくら数千倍の魔力を保有していようとも、都市七つによってたかって吸い取られては、魔力も枯れようというものだ。


 本体の方が慌てて端末とのリンクを切ろうにも、端末である目の前のカタリナを通じてリンクの固定をしているので、切ろうにも切れないはずだ。


 実際には、リンクのオンオフの制御を、本体から取り上げこちらが好きに出来るよう術式の一部を書き換えているだけらしい。


 そうこうしているうちに、とうとうカタリナが膝をついた。両手を地に着けて、やっと体を支えている状態だ。


 魔法疑似生命体である彼女にとって、魔力はまさしく生命力そのもの。それを吸い取られると言う事は、命を吸い取られるも同然なのだ。


 でも、ここで手を緩める訳にはいかない。ティーサからの報告があるまでは、吸収の術式は起動させたままだ。


 やがて、体を支えきれなくなったカタリナは、物も言わずに倒れ込んだ。時折、体をけいれんさせるだけで、全く動く気配がない。


 しばらくして、ティーサからの報せが脳内に響く。


『カタリナの端末と本体、完全停止しました』


 ティザーベルの口から、小さな溜息がこぼれた。

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