二百四十五 スンザーナの依頼

 パーラギリアの王都フェーヘルに対する襲撃予告は、周辺国を回っているスンザーナの耳にも届いた。


「お願いです! パーラギリアの民を、お救いください!!」


 宣告があったのはつい先程。彼女は一度地上から地下へと戻ってすぐに、この話を聞いたらしい。


 そして取るものもとりあえず、ティザーベル達の元へ来たという。彼女がベースとして使っているのは七番都市で、周辺国へ行くのも七番都市を経由していた。


「ちょいと落ち着きな、スンザーナの嬢ちゃん。慌ててもいい事はないんだよ」

「ですが!」


 マレジアの言葉に、なおも言い募ろうとするスンザーナ。その姿を見て、ティザーベルはつい余計な一言を言ってしまった。


「王都の民に避難を呼びかけるのは、パーラギリアの王族の仕事でしょうに」


 間違っても、スンザーナの仕事ではないし、マレジアや自分の仕事でもない。国民の安全を考えるのは、トップに立つ者の務めだ。


「それに、彼等を助ける義理は、こっちにはないよ?」

「そんな……」


 人道的にはどうかと思うが、縁もゆかりもない相手にまで手を差し伸べ続けては、いつか破綻する。ティザーベルは自分の力を過信するつもりはなかった。


 さて、スンザーナはこちらの言葉にどう反論するのか。


「ティザーベル殿達は、聖国との戦争を考えておいでですよね?」


 大分遠い切り口だ。


「戦争っていうか……まあ、最終的には教皇とはぶつかるだろうね」


 教皇こそが魔法士を異端とする大本であるし、エルフや獣人達を人と見なさない元凶でもある。そして、教皇ジョン・スミスは生きている限り、マレジアの命を狙うのをやめないだろう。


 短い付き合いだし、性格的な相性が必ずしもいい訳ではないけれど、同郷のご同輩、しかも生きている年数的にも大先輩だ。


 そんな人物を見捨てていける程、ティザーベルの肝は太くない。異端管理局を潰し、最終的にはジョン・スミス本人を潰す事になるだろう。


 だが、これはスンザーナに伝えるべき内容ではなかった。なので、曖昧な答えになっている。


「聖国は、良くも悪くも周辺国を力でねじ伏せている国です。そして、パーラギリアは大国ですわ。もし、今パーラギリアが何らかの理由で滅亡するような事があれば、周辺国の均衡は崩れるでしょう」


 つまり、パワーバランスが崩れて戦争に突入しないよう、パーラギリアを国家として存続させた方がいいという訳か。


 ちらりとマレジアを見ると、彼女は小さく頷いて返す。どうやら、マレジアも同意見らしい。


 予告日時までもう日がない。今から移動させるとして、夜も日もなく移動作業をさせる必要があった。


「……とりあえず、襲撃予告がなされたのは王都だけだから、そこの民衆だけなら」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

「ただし! 異端管理局とやり合ってる最中に、王都の建物に被害が及ぶ可能性がある。そこは保証出来ないからね」

「致し方ありません。命が最優先ですから。建物はまた、建てればいいのですもの」


 人ごとだと思って、軽く言ってくれる。とはいえ、人命優先は彼女の言う通りだ。死んでしまっては、やり直す事すら出来はしない。


 ティザーベルは、脳裏で現在再起動させている都市を思い浮かべる。一番都市は何にしても行動の中心なので、あまり人を入れたくない。


 五番都市はマレジアのところの連中を引き取っている最中なので、他の連中を受け入れるのは最終手段としたいところだ。


 十二番都市はシーリザニアの難民が多いし、使うとしたら七番都市か、新たに加わった三番、十番、十一番都市だ。


 その中で、ティザーベルが選んだのは七番都市だった。エルフがいるとはいえ、人数はごく少数。王都の民衆を避難させる余地はまだまだある。


「よし、七番都市を開放。エルフとは区域を分けて避難させましょう」

「大丈夫かい?」

「文句は言わせない。嫌ならエルフ達は新しい里の方へ強制的に送る」


 今まで七番都市に残留させたのは、ひとえに今まで受けた心の傷が癒えるまで、精神治療を終えるまでという仏心だ。


 それを超えてあの都市に残りたいのなら、都市の持ち主であるティザーベルの意向には従ってもらおう。


「あ、それと、スンザーナにも手伝ってもらうからね」

「え? 私……ですか?」

「そう。パーラギリアの王侯貴族の説得や、民衆への説明なんかだね」


 彼女は腐っても王族、しかもパーラギリアとは王家同士、貴族同士何度か政略結婚が組まれているという。つまり、シーリザニアにとってパーラギリアは縁戚の国なのだ。


 そこの民を一部とはいえ助けるのだから、スンザーナが手伝うのは当然だろう。


 これで彼女が断るようなら、この話はなかった事にする。そう思ってスンザーナを見ると、迷ったのは一瞬ですぐに返答した。


「わかりました。皆様の説得と誘導は、私共にお任せください」


 言い切った彼女の目は、まっすぐにティザーベルを見つめている。彼女が決心したのなら、こちらもやる事をやるだけだ。


「じゃあ、七番都市に連絡。ネルにエルフ達への説明とまとめを頼んで。それから、いつでも王都の連中を七番都市に移せるように準備を」

「了解しました。ところで主様? 壊す可能性がおありでしたら、いっそ王都ごと別の場所へ移動させてしまってはいかがですか? 人の立ち入れない地域は、まだこの大陸には多く残っておりますし」


 ティーサからの、意外な申し出だった。というか、そんな手段があるのなら、もう少し早く言ってほしかったのだが。


 ――いやいや、我が儘を言っちゃいかん。


 折角のティーサからの申し出だ。王都ごと一度別の場所へ移動させ、そこから七番都市へ移動させるもよし、即日決着が付けばすぐに元会った場所に戻すでもよし。あっという間に話はまとまった。


 念の為、スンザーナには王都に住む全ての人間に、彼女が呼びかけるまで家の外には出ないように通達してもらう。必要な食料やら生活必需品は、しばらく王家が補償する形で七番都市から供給する。


 七番都市の方でも、フローネルに連絡してエルフ達への通達を行ってもらった。意外にもエルフ達は人間が避難してくる事には前向きで、中には難民の手伝いを申し出た者達もいるという。


 人間という種に酷い目に遭わされ続けたというのに、タフな事だ。




 王都フェーヘルの移動先候補は、大陸の西に決定する。


「フェーヘルとなるべく同じ気候の場所を探しましたら、丁度三番都市の近くに広がる平野が見つかりました。こちらなら、大きな差もなく過ごせると思います。また、フェーヘルの周辺には侵入不可の結界を張り、中からも外からも出入り出来ないようにしておきましょう」

「そうだね。そうすれば、どこかから軍隊が来たとしても、襲撃されないし」


 フェーヘルも城塞都市であり、古の名残の大きな城壁が街を囲んでいる。その壁の周辺に結界を張っておけば、侵入者も防げるというものだ。中からも出られないようにするので、脱走者も出ない。


「フェーヘルを移動するのはいいとして、消えた王都の事、管理局から教皇庁に連絡が行くと面倒かな……」


 こちらに都市一つ丸ごと移動させるだけの手段があると、今バレるのは得策じゃない。


 悩むティザーベルに、ティーサが何でもない事のように提案してきた。


「王都があった場所に、立体映写で都市の映像を映し出しましょう。そこに少し手を加えれば、誤魔化せると思います」

「なるほど」


 何もずっと映像で誤魔化す訳ではないのだから、バレたところで問題はないのかもしれない。


 どこかから報告が行って教皇庁から調査が入っても、管理局との戦闘後にはフェーヘルは元の場所に変わらずあるのだから。報告をした者が叱責を受ける程度だろう。


 その後、すぐに行動したスンザーナの働きによるのかどうかは知らないが、問題なくフェーヘルの移動は行われた。七番都市による食料その他のバックアップも、うまく回っている。


 異端管理局が指定してきた日は明日。ギリギリで間に合ったという訳だ。

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