二百四十四 予告
その報が入ってきたのは、西から戻って四日後の事だった。
「異端管理局が動いた!?」
情報を聞いたのは、朝食後の一番都市中央塔最上階の部屋だ。室内には、ティーサとマレジア、ティザーベルだけがいる。
そのマレジアが、神妙な顔で告げてきた。
「ああ、何でもパーラギリア王国の都、フェーヘルを異端の都として焼き払うと宣告してきたそうだよ」
「焼き払う……」
マレジアの言葉を聞いて、ティザーベルの脳裏にいつかの光景が浮かんだ。燃える街を見下ろし、表情なく浮かぶカタリナ。
あれがまた繰り返されるなど、あってはならない事だ。
ティーサが出した地図によれば、パーラギリアは旧シーリザニアの東隣にある国だ。そちらに逃げ込んだシーリザニアの難民も多い。
両国は古くから付き合いがあり、お互いの王家間でも婚姻を結ぶ事が多かったという。
そのパーラギリアは、新米女王が秘密の外遊を真っ先に行った先でもある。
「カタリナが復活したって事かな?」
「可能性はあるだろ。あいつは人間じゃないそうだから」
マレジアが忌々しそうに吐き捨てる。カタリナは、支援型と同じ魔法疑似生命体だ。魔法で作り出された体なのだから、いくらでも「補修」が可能だと、支援型達からの情報を得ている。
そのカタリナが、とうとう復活した。
「まあ、避けては通れない道だよね」
「まあね……それで? カタリナは倒せそうかい?」
「どうだろ?」
「ちょっと!」
「確証はないよ、どこにもね」
焦るマレジアに、ティザーベルは落ち着いて答える。確かに、勝てる確証はない。そして、負ければ今度は自分が死ぬ。それだけは確実だ。
それでも。
――不思議と、負ける気がしない。
相手は人間じゃない。それがティザーベルの中では大きかった。ここに来て、未だに人を殺す事に忌避感を感じるのは弱さなのかもしれないけれど、この弱さを捨てるつもりはない。
前世からこっち、ずっと持ち続けた感覚なのだ。ここで捨てるなら、それは自分が自分でなくなるという事でもある。だからこそ、絶対に捨てられなかった。
「勝てるという確証はないけど、負けてやるつもりもないよ」
「そりゃそうだろうけど……」
「まあ、もしもの事があったら、後は任せるからよろしく」
「縁起でもない事を言うんじゃないよ!」
怒鳴るマレジアを放置して、ティザーベルは部屋を出た。まずはバラバラに仕事をしている仲間と合流しなくては。
ヤードは十二番都市でシーリザニア難民の手伝いを、レモは五番都市で隠れ里の民衆を街になれさせている。
フローネルは七番都市に残留しているエルフ達を、今も説得し続けているらしい。
やはりずっと地下都市で暮らすのは、彼女達の為にならないと思っているのだろう。
しがらみのない、新しい里へ移住するよう、根気よく言い聞かせているという。
――再起動問題がなければ、いっそ七番都市一つ明け渡してもいいと思うんだけどなあ。
とはいえ、この辺りに関しては詰めなくてはならない話も多いので、一度棚上げしておきたいところだ。
ともかく、目の前のパーラギリアの問題を片付けなくては。
全員を呼び戻した昼の席で、ティザーベルはパーラギリアへの宣告を皆に告げた。
「じゃあ、またあの連中とやり合うんだな?」
ヤードからの確認に、ティザーベルは頷く。
「そうなるね。どのみち、倒しておかなきゃならない連中だから」
「まあ、そうだろうなあ。あの戦力で背中から襲撃されたら、たまったもんじゃねえ」
「あの連中だけは許せん!」
レモもフローネルもやる気満々といったところか、特にフローネルは、カタリナがティザーベルに重傷を負わせた事に対して、かなり腹を立てている。傷が治ってからも、仇討ちに行くのだと騒いで大変だったそうだ。
――あの時は、意識が戻るまで少し時間がかかったからねえ。
その分、仲間には心配をかけた。特にフローネルが強かったようだが、ヤードもレモも、フローネルが爆発しなければ暴走したかもしれない。
この辺りは、パスティカが後でこっそり教えてくれたのだ。何せティーサも暴走寸前だったというから、相当だったのだろう。
『あんな姉様、二度と見たくないわよ……』
いつも明るいパスティカが震えながら言う程だった。
だが、カタリナの攻撃を自身で受けたせいで、わかった事もある。彼女の聖魔法具は、彼女自身らしい。
聖魔法具は帝国の魔法道具に近く、持ち手が魔力を通す事によって通常の武器とは異なる攻撃力を発揮する。
あの場にも、両腕に聖魔法具を取り付け、無意識のうちに起動させられるようにしていた者がいた。
カタリナの場合、全身が聖魔法具と言っていい。ある意味それは、彼等が根絶を望む魔法士そのものだ。
――異端管理局にいる審問官は、力の強弱はあっても全員魔力持ち。その事、本人達は知ってるのかな……
協会組織が魔法や神の教えとやらに従わない者達をまとめて「異端」として狩る為に使う力が、その異端の力とはまた皮肉だ。
それもこれも、教皇であるジョン・スミスが仕組んでいる。何だか、その構図に嫌なものを感じた。
「それで、具体的に俺たちはどうすればいいんだ?」
「異端管理局が場を用意してくれたんだから、パーラギリアの王都フェーヘルで待っていようよ。王都を焼くって宣言した日時は今日から三日後の午後三時。仕度を調えて、三日後の朝には向こうに到着するようにしようと思ってる」
ティザーベルの返答に、質問したヤードは頷いて返す。そこに、レモが混ぜっ返すように口を挟んだ。
「向こうさんは、予定通りに事を運ぶかねえ?」
「わざわざ宣言しているんだから、予定通りに来るでしょ。予定早めて『卑怯者』とは、言われたくないんじゃない?」
なんとなくだが、カタリナは予定通りに行動すると思った。自分で決めた事は曲げない。そんな頑固さを感じる。
「それに、この宣言は私達をおびき出す為のものでもあるだろうから」
「おびき出す?」
「そう。彼等にしても、引き分けなんて今までなかった経験でしょう。しかも、向こうは死亡者一名、重傷者二名を出してるんだから、引き分けといってもこっちが少し有利なくらい。そんな敵を、いつまでも野放しにしている連中かな?」
「なるほど……だから、おびき出して今度こそ息の根を止めようとしている訳か……」
フローネルも、ティザーベルの意見に納得したようだ。頷く彼女は、好戦的な顔を見せる。
「いいだろう。あの時つかなかった決着を、きっちりつけようではないか」
彼女の言葉に、なんとも獰猛な笑顔で頷く男性二人。何だか、三人の勢いに置いて行かれている気がするティザーベルだった。
◆◆◆◆
「カタリナ! あの宣言は本気か!?」
異端管理局では、ベノーダが復帰してすぐに例の宣言をパーラギリアへ向けて放ったカタリナに食ってかかっていた。
「当たり前だ。冗談で言うわけないだろう?」
「それは……そうだが……」
ベノーダの勢いなどなんのその、カタリナは冷静な様子で目の前に立つ三人の娘達を見ている。
「お前達が扱える聖魔法具は、まだまだ程度が低い。それはわかっているか?」
「はい、カタリナ様」
「自覚があるならばよし。三日後に相対する敵に対しては、その命をかけるつもりで当たるように」
「はい、カタリナ様」
「カタリナ!?」
三人に向けたカタリナの言葉に、言われた本人達よりベノーダの方が焦る。三人を下がらせた後、彼は再び彼女に食ってかかった。
「何を考えている!? まだ訓練もろくに出来ていない新人を戦いの場に出すなど――」
「お前こそ、何を甘い考えでいる? あの娘達がどういう者達か、わかって言ってるのか?」
「それは……」
「ふん、その様子だと知っているようだな。ヨファザスの変態のところで、生き残った哀れな子羊どもだ。しかも、奴の手元で何やら怪しげな薬を飲まされ続けていたようだな。その副作用で聖魔法具への適性を得るとは、彼等も驚いただろうが」
カタリナの言葉に、ベノーダは愕然とした。彼女達がヨファザスの元に引き取られ、生き残った孤児達だというのは当たりがついていたけれど、彼の元で怪しい薬を飲まされていた事までは知らなかったのだ。
「カタリナ……今の話は、本当か?」
「本当だとも。ヨファザスも、今では生き残りは全て薬の大量投与による適性獲得の実験に回しているそうだ」
ベノーダは目の前が真っ暗になる。カタリナは、全てを知っていて放置してたというのか。
ベノーダのように、地位がないから彼に手出し出来ないのではない。何しろ、カタリナは形だけとはいえ教皇の娘なのだ。ヨファザスでも手出しは出来ない場所にいる。
なのに……
「何故、放っておいた?」
「何の話しだ?」
「枢機卿の、薬の話だ」
「ああ、それか。仕方あるまい? ヨファザスの趣味にまで口を差し挟む気はないし、私が薬の事を知ったのは、副作用がお父様に報告された時だからな。その後は、適性者を作り出す為にも、積極的に薬の投与は行われている」
「子供が犠牲になるとわかっていてか!?」
ベノーダが怒鳴った事に、カタリナは驚いている。きょとんした顔の彼女は、外見相応の少女らしさを見せていた。
だが、次の瞬間、カタリナは笑い出した。
「はっはっはっは。どうした、ベノーダ。お前らしくもない」
「らしくもないとは、どういう事だ!?」
「何を熱くなっている? お前だって、多くの子供をその手にかけてきただろう?」
「それは! 異端者だったからで――」
「変わらんよ」
ずいっと、ベノーダの顔の真ん前にカタリナが詰め寄る。彼女の瞳には、暗い色があった。
「異端だろうが、神の子羊だろうが、子供は子供。そして、私達は大人も子供も数多くこの手で屠ってきた。そうだろう? その事実は変わらない」
ベノーダは、カタリナに反論出来ない。それはここ最近、ずっと彼の心の内にとげのように刺さって抜けない考えだったからだ。
カタリナが言うように、自分は異端管理局の仕事に、一度も疑問を持つ事なくここまで来た。あの三人の事だって、ヨファザス枢機卿がやっている事だって、知っていたのに動かなかったのは彼も一緒だ。
カタリナを責める資格などない。本当は、わかっていたのだ。自分の、自分達の手は血塗られている。
「今更、積んだ屍の数が少し増えようと、どうという事はない。それが異端の血でも、子羊の血でも、変わらないんだよ。子羊が、聖職者の手によって痛めつけられていてもな」
カタリナの声は、まるで毒のようにベノーダの脳裏に染み渡っていく。そうだ、今更どう動いたところで、何も変わらない。
自分達は、血に汚れたこの手のまま、更なる屍を目の前に積み上げるだけなのだ。
それが、今度はパーラギリアだというだけだった。
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