二百二十七 再起動へ向けて

 腕を上げて下ろして、体を曲げて伸ばして。自分なりに、体の感覚を確かめてみる。


「よし!」


 体内を巡る魔力も順調で、穴を開けられた腹部も問題はない。ティザーベルは、改めて出てきたばかりの病院を振り返る。


「お世話になりました」


 誰にともなく呟き、目の前に止まっている魔力自動車に乗り込んだ。今日は退院後の検査に来ていたのだ。


 これから宿泊施設に戻って、次に再起動させる都市の場所を確認する。既にどこから再起動させるかは、マレジアや支援型を交えて話し合いが終わっている。




「これが一覧表です。それと、地図はこちら。都度再確認をお願いします」


 宿泊施設の会議室で、ティーサが出してきたのは地下都市の情報だ。特に地図はありがたい。


 周辺の地形情報も、地下都市へのアクセス方法も全て記載されている。情報の多くはマレジアからの提供だ。


「まあ、報酬として提示してたからね」

「全部再起動させる事になるとは思わなかったけど」

「まあ、減るもんじゃなし、気楽にいきな」

「人ごとだと思って……」


 一覧と共に、地図を確認する。今回の再起動は、都市番号の若い順に行く事になっていた。支援型に明確な序列がある以上、なるべく「上位」の支援型の力を得ておきたい。


 何せ敵が手中にしているのは、二番都市なのだ。


「三番都市からの再起動だけど……この地図、これ、本当なの?」


 三番都市の位置は、現在の一番都市から見てもかなり離れている。球体で考えても、真裏に近い。


「マレジア様からの情報ですから、正確なものかと。ただ、そこまで遠くなりますと、さすがに途中までしか移動が使えません」


 今まで行った事もない場所へも移動が使えたのは、星の目と支援型達の力を合わせていたからであって、さすがに今回は範囲外だという。


「それはいいよ。後は地道に馬車でも使うから」

「それと、距離がありすぎる為、星の目も使いづらく、我々が同行出来ません」


 これは痛い。今までは街から街へ移っても、夜になると都市へ戻れたので快適に過ごせたけれど、しばらくはそれが使えなさそうだ。


 とはいえ、ティザーベルには移動倉庫があり、その中には一軒家も入っている。都市機能が使えるようになるまでは、それを使って通常よりも快適な野営生活を送っていたのだ。そこに戻ると思えばいい。


「馬車もあるし、馬は……どうしたっけ?」


 以前、フローネル達と出会った頃に作った馬車が二台ある。ただ、その時使っていた馬は、今どうなっているのか知らない。どこかに置いてきたような気がするのだけれど。


 思い出そうとするティザーベルに、ティーサが提案してきた。


「いっそ、魔力自動車をお使いになりますか?」

「え? あれ、都市の中でしか使えないんじゃ……」

「使えますよ? 自動運転は、さすがに出来ませんが。そこは運転技術を覚えていただければ問題ないかと」


 以前、クイトに魔法道具の手ほどきを受けた事がある。その際に作りたかったのは、まさしく今ティーサが提案してきた魔力自動車だ。


「悪路も行けるようなの、ある?」

「地上での郊外調査用に作られた車体ならございます」


 移動手段は、その場でティザーベルの独断で決まった。




 地下都市には、運転技術を習得する施設もある。そこでシミュレーターを使った技術習得が始まった。


 まずは簡単な説明から始まり、次にシミュレーターで実際の運転と同程度の講習を受ける。


 シミュレーターで合格点がもらえると、次は施設内にあるコースをナビ通りに運転する。そこで合格点がもらえれば、都市内をナビ付きで走行し、規定の時間運転出来れば晴れて施設卒業だ。


 まさしく、自動車教習所である。


「何故、ベル殿はそんなに早く覚えられたんだ……?」


 シミュレーターも施設内コースもトントン拍子で終えたティザーベルに、フローネルがどんよりとしながら聞いてきた。


「まあ、色々?」


 魔力自動車は、前世で乗っていたオートマ車に感覚が近い。アクセルとブレーキはほぼ同じで、他の細かい部分が多少違う程度だ。おかげで運転もスムーズに覚えられた。というか、思い出せた。


 その後も都市内走行時間を無事にクリアし、ティザーベルは早々に一抜けしている。ここまでかかった所要時間、たったの三日程度だ。


 前世の免許とは違い、純粋な運転技術のみに絞って教習を受けているから短時間で終わっている。


「こっちに明確な交通規則は殆どないもんなあ」


 帝国では、水路に関する決まり事がある程度で、後は暗黙の了解というやつがあるくらいだ。街道で馬車にはねられても、被害者側がよけなかったのが悪いと言われる世界である。


 そんな運転技術取得に悪戦苦闘しているのは、ヤードとフローネルの二人だ。レモは何度か試しているうちに覚えたらしく、現在は施設内コースに出ている。


 ヤードはシミュレーターで散々車体をクラッシュさせて目がうつろだ。フローネルは構造そのもが理解出来ないと動けない質らしく、今は魔力自動車の内部構造のレクチャーを受けている。


「そこまでするものかねえ?」

「ま、人それぞれだろうよ」


 既に施設を卒業状態のティザーベルと、卒業目前のレモは高みの見物だ。


 何とか四人全員が施設を卒業するのに、約二ヶ月かかった。


「すまん……」

「申し訳ない……」


 ヤードとフローネルが深々と頭を下げてくるけれど、そこまで時間的にロスしているとは思っていない。


 現状、聖都の方に動きはないようだ。向こうとしても、地下都市に攻めてくるつもりはないようで、こちらが地上に出ない限りは静観をする構えらしい。


 一時期教皇庁から疑いをもたれたフォーバル司祭だが、修女ノリヤの行方不明事件を仕込んでおいたせいか、早々に嫌疑は晴れたのだとか。


 フォーバル司祭は、こちらと教会組織内の反教皇派とを繋ぐ大事なパイプ役だ。いなくなられると困るので、無事な話を聞いて胸をなで下ろした。


 それはノリヤも同様だったようで、涙ぐんでいたのを目にしている。


「まあ、何はともあれ、あんたらが無事都市を再起動させて戻ってくるまで、現状を維持しておくよ。しっかりやってきな」

「んじゃ、後はよろしく」


 マレジアとノリヤに見送られ、特別仕立てにしてもらった真新しい魔力自動車ごと移動できる限界の地点まで移動してもらった。




 移動ポイントは、深い森の中だった。


「これはまた……さっそくオフロード仕様が役に立つねえ」


 文句をいいつつも、レバーをドライブに入れて車を発進させる。動けないようなら、二速に落とすつもりだったけれど、何とか進めそうだ。


 オフロード仕様の魔力自動車は、パワーもさることながら車高が高く多少の障害物で傷つく事はない。


 またタイヤも特別仕立てなので、まずパンクする危険性はないそうだ。


 ゆっくりと森の中を行く。高い木が多いせいか、下草があまり生えておらず、走行するのに支障が少ない。


「暗い森だな」

「上の方に葉を茂らせる木ばかりだからかもね」


 太陽の光が下まで届かないので、高い木以外は生き残れない。そんな中でも、シダ類のような日陰を好む植物は茂っているようだ。あまり高さはないので、タイヤで引いている。


「これも森の栄養分……多分」

「何をブツブツ言ってるんだ?

「何でもない」


 現在、運転席にティザーベル、助手席にヤード、後部座席にレモとフローネルが座っている。ここは普通、男女で別れるところではないのか、と内心思わなくもないが、ちょっとした下心もあるので文句は言わない。


 長くエルフ救出を一緒にやっていたせいか、フローネルとレモの距離が近いのだ。


 レモに恋人がいるというのは、聞いた事がない。国を追われた身だから、色恋沙汰からは遠ざかっていたのではないか。


 とはいえ、生涯独身主義という訳でもないようなので、二人がうまく行くのもありではないかと思う。


 ――ちょっと年の差があるような気もするけど、気にしない気にしない。


 無理にくっつけるつもりはないので、自然に収まればいいなと思う程度だ。結構過酷な過去を持つレモだから、少しは幸せになってもらいたい。


 セロアが聞いたら、人の色恋沙汰より自分の事を考えろと言われそうだ。ここに彼女がいないのは、こういう時だけはありがたいと思う。

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