二百二十六 正体

 隠れ里襲撃から約十五日。ティザーベルの入院は予想以上に長引いていた。傷そのものはすぐに治したけれど、失った体力と魔力がなかなか戻らないのだ。これにはティザーベル本人はもちろん、支援型達も顔色を悪くした。


 精密検査をしたところ、カタリナの攻撃にはこちらの魔力を破壊する能力があったらしく、完治まで時間がかかるという事だ。


 傷の説明を受けた時、心底生きていて良かったと思ったものだが、こうも入院生活が長引くと退屈だった。


 実は地下都市には当時流行していた映画やドラマなどの映像遺産が数多く残されている。本もデータ処理されたものや紙書籍の形で残されていて、それらで退屈しのぎが出来そうなものなのだが。


「目を疲れさせるもの、よろしくありません」

「えー……」


 ティーサによって、視聴時間が厳格に決められていた為、あまり意味がなかった。


 そんな中、マレジアが意外な人物を伴って見舞いに来ている。


「修女ノリヤ!?」

「お久しぶりです」


 マレジアの背後で穏やかに微笑むのは、聖都に潜入した際同行してくれた修女ノリヤだった。


「あなたが、何故ここに?」

「それが……」


 聞けば、彼女は大演武会の後からこっち、マレジアの保護下にあったという。フォーバル司祭の提案だとか。


 ティザーベルと共に聖都で行動していたので、誰かしらの記憶に二人の繋がりが残る可能性がある。


 実際、サフー主教とヨファザス枢機卿からの問い合わせが、フォーバル司祭の元にもきたそうだ。


 先手を打ち、大演武会から戻る際に行方不明になったと届け出ておいたので、言い逃れが出来たという。


 手続きはそれでいいが、問題はノリヤの居場所だ。


「潜伏するいい場所はないかと司祭様を通じてお尋ねしたところ、自分のところにくればいいと仰っていただけたものですから」

「お尋ねものの元に、別のお尋ねものがいるとは、思わないもんさ」


 からからと笑うマレジアを見て、ある意味大物だよなとティザーベルは思う。彼女こそ、ずっと命を狙われ続けているというのに。


「さて、あんたの傷が治ったら、いよいよ異端管理局の切り崩しが始まるよ」

「その前に、連中への対応策を考えないとならない。私の術式はまるで通用しなかったから」

「ああ、その事かい。それに関しては、いい手があるよ」

「マジで!?」

「マジだよ」


 今すぐにその方法を知りたかったが、マレジアにストップをかけられた。


「あんたはまず、体を治しな。話はそれからだよ」

「ええー?」

「あたしゃしばらくこっちにいるから、急ぎなさんな」


 ノリヤ共々、現在ティザーベルがいる一番都市にしばらく滞在するという。




 入院中ティザーベルは暇だが、ヤード達はやる事があった。来たるべき異端管理局との再戦の為、武器の新調をする事になったのだ。


 ヤードとフローネルの剣はもちろん、レモも短剣と投擲用の小型なのナイフを持つ事になり、その制作に取りかかってもらっている。


 とはいえ、彼等の体のデータを図り、各々にきちんとあうようにオーダーメイドで制作するというものだ。作るのは都市側が行うので、本人達はデータ提出と希望を伝える程度である。


 以前、ヤードの剣に試験的に付与したある機能があったが、今回新調する武器には全て、その機能を付与する事が決定していた。


 物理武器で相手の魔力を攻撃するという、まさしくカタリナの攻撃にあった機能である。


 前回試験的に付与した際には、魔法を切り裂く程度の機能だったが、今回のは魔力の根源そのものに攻撃を加える機能にグレードアップしている。


 この説明をする際、ティザーベルはカタリナ以外の管理局員の事を話している。


「これは支援型とも意見が一致しているんだけど、カタリナ以外は魔力を持っている人間……つまり、魔法士になれる素質を持っている人間って訳じゃないみたいなの」


 まだ病院のベッドから下りる許可が出ず、病室での説明となった。広い病室に、ヤード、レモ、フローネルが集まっている。


「それって……」

「彼等が使う聖魔法具は、道具の魔力回路さえ破壊してしまえば、武器としては成り立たないって事。魔力供給は使用者本人ではなく、道具に内蔵されていると思っていいよ」


 これは大きな収穫だった。使用者が魔力持ちの場合、他にも準備が必要になるけれど、そうではないのだから武器破壊を一番の目標にすればいい。この辺りは、ティーサが持ち帰った巨漢の腕が役に立った。


「それと、これはティーサの意見なんだけど……」


 一旦言葉を切り、ティザーベルは膝の上の自分の手に視線を落とす。ややして、意を決して仲間に向き直った。


「カタリナは、人間ではない可能性が高い」

「はあ!?」


 さすがに、三人とも同じ反応を返した。これはあの場に同行したティーサ、そしてバックアップをしていたパスティカ、ヤパノア三体の見解なのだ。


「人間じゃないって……では、一体……」

「向こうの嬢ちゃんは、何だって言うんだ?」

「おそらく、人工生命体。正確に言うと、ティーサ達支援型のような魔法疑似生命体の一種じゃないかって」


 病室内が、しんと静まりかえる。


「……それで、その魔法……なんちゃらに、勝てる方法はあんのかい?」

「その辺りは、マレジアが検討中。でも、絶対に方法はあるって言ってた」


 今は、そのマレジアからの報告待ちだ。彼女もまた、ティーサ達からの報告に驚いた一人だが、その後妙に納得していた。


 どうやら、カタリナの強さは管理局でも群を抜いていたようで、あれだけの強さをどうやって身につけたのか、謎だったらしい。


 だが、魔法疑似生命体なのだとすれば、謎は解けるという。逆に、カタリナが魔法疑似生命体なのだとわかった事で、突破口が見えたのだとか。




 怪我を負ってから約一月。ようやく退院の目処がついた。


「長かった……」

「まあ、いい骨休めだったとでも思いな」

「思えるか。退屈で死にそうだったわよ」

「退屈しのぎなんざ、いくらでもあったろうに」

「映像見るのは駄目、本も読んじゃ駄目、どうやって気を紛らわせろと?」

「あー……悪かったよ」


 マレジアも、入院の実情を知らなかったらしい。視線をあさっての方向へ向けている。ティザーベルの恨みがましい目から逃れる為のようだ。


「それで? そっちの方はどうなったの?」

「ああ、それね。ご苦労だけど、あんたにはもう四つ……いや最低でも三つの都市の再起動をしてほしいんだ」

「はあ!?」


 病院から宿泊施設までの道のりで、マレジアはそんな事を言い出した。空いている道路を行くのは、小型の自動運転型の魔力自動車だ。その車内で、いきなり言い出されたのだから、驚くに決まっている。


「ここにきて、また地下都市の再起動? 何考えてんの?」

「異端管理局を、ひいては教皇として居座っているスミスを倒す事に決まってんだろうが。まあ、詳しい話は全員揃ってからにしようかね」


 そこからは、施設に到着するまでマレジアは沈黙を貫いた。




「さて、じゃあ説明しようかね」


 宿泊施設に到着して早々、挨拶もろくにせずに全員を施設内の会議室へ集めたマレジアは、席を立って映像を映し出した。


「こいつはこの世界の地図だよ。ちょいと古いから、海岸線等は変わっている可能性がある。だが、重要なのはそこじゃない。この点滅している箇所を見ておくれ」

「これ……地下都市の場所?」

「そう。そして、これがあんたが再起動させた地下都市の位置だ」


 再起動させた都市の数は全部で四つ。地下都市は全部で十二あるというから、まだ半分以上は凍結状態のままだ。


「ちなみに、この黒い点が聖都の位置であり、二番都市の場所だよ。こう見ると、二番都市の東側に再起動した都市が多いのがわかると思う」


 確かに、二番都市を起点とすると、東側ばかりだ。西側は距離がある為なかなか行けないという面もある。


「ここで問題になるが、敵が押さえているのが二番都市だってところだ」

「支援型の序列の事?」

「それもある。だが、序列は何も支援型だけじゃあない。都市にも序列があるんだ」


 初耳だ。そして、万が一の為にある機能が付け加えられているという。


「もし、地下都市の一つないし複数が敵に占拠された場合、他の都市からバックアップ機能を呼び出して都市を凍結させる事が出来る」

「……つまり、二番都市の機能を外部から凍結させようって訳?」

「その通り。幸い、こちらには序列一位の一番都市とティーサがいる。とはいえ、ティーサ単体で外部からの凍結は難しい。そこで、他の都市の再起動が必要になるんだよ」


 つまり、使える都市の数が増えれば増える程、外部からの凍結はしやすいという事なのだろうか。


 ティザーベルの意見は、マレジアによって肯定された。まさしく、それを狙っての地下都市の再起動だという。


「それって、教皇側も狙うんじゃないの?」

「その心配はまずないね。何せ、都市の再起動に必要な魔力を、奴らは用意出来ない。魔法士を排除し続けた結果というか、その為に魔法士を排除し続けたのかもしれないね……」


 都市を再起動させて自分の力を強化しようにも、再起動に必要な魔力を持った人間がいない。


 アドバンテージはこちらにある。とはいえ、おそらく向こうもこの事に気付いているだろう、というのがマレジアの読みだ。


「今まで以上に、地下都市に近寄るのは難しくなるだろうよ。そこら辺は、支援型の移動能力を最大限活用するといい。ともかく、最低でも過半数の七都市は手に入れておきたい」


 だから最低でも三つの都市を再起動しろと言っていたのか。例の外部からの凍結は、支援型達の数が大きく関係するらしい。


「カタリナが支援型と同じ魔法疑似生命体だというのなら、都市からのエネルギー供給を受けていると思った方がいい。その場合、いくら倒してもすぐに復活してきちまうよ」

「ゾンビか」

「似たようなもんだ。その根を断ち切る為にも、そしてスミスの力を削ぐ為にも、二番都市には凍結してもらわないとね」


 退屈な入院生活が終わった途端、次の行き先が決まった。とはいえ、どこから再起動するかはマレジアと支援型が話し合って決めるらしい。


 どこでも、決まれば行って再起動するだけだ。妨害に、異端管理局が出てこない事を祈っておこう。

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