二百二十三 激突
轟音と煙の出る中、しばし時が止まる。
「やった……のか?」
フローネルの呟きに、思わず「それはフラグだ!」と叫び出しそうになったティザーベルだった。
だが、煙の向こうから無傷の姿を現した敵に、臨戦態勢に入る。
「ふう。少々侮っていたようだ。では、本気で行こう!」
でかい図体からは予測出来ないスピードですっ飛んできた巨体を、フローネルとまとめて防御結界で何とか防ぐ。多重に張っておいて正解だった。
隙を突いてこちらからも攻撃を仕掛けているのだが、ティザーベルの魔法が届きにくい。フローネルの剣がようやく通る程度だが、力が足りないせいか今ひとつだ。
仲間を頼りたくとも、ヤードははさみ使いと、レモは若者と対峙していてこちらまで手が回りそうにない。
「ネル、ちょっといい?」
「何だ?」
「これからあんたの力を瞬間的に上げるけど、驚かないようにね」
「力?」
対象の筋力を一時的に引き上げる術式がある。ティザーベル自身はあまり使った事がないが、自分自身にも使えるらしい。
とはいえ、これまでまともに剣の練習などした事のないティザーベルより、長年剣を振ってきたフローネルやヤードに使った方が効率がいい。
フローネルにだけ先に告げたのは、ヤードなら勝手にかけてもうまく使いこなすだろうという信頼感があったからだ。
フローネルは、いきなり筋力が上がったら振り回されて使いこなすどころではないだろう。
本当は、きちんと連携の練習をしてから使うべきだった。自分の魔法を過信していたが故の準備不足だ。
――相手がどんな手を使ってくるか、不明だって理解していたはずなのに!
あらゆる手を尽くして、準備万端にしておくべきだったのだ。後悔しきりだが、今ここで嘆いていても始まらない。
巨体は今も目の前で太い腕を振り回してこちらに攻撃を仕掛けてきている。重さだけでなくスピードもあるパンチだ。
それを連発してくるのだからたまらない。壊される側から結界を張り直しているけれど、一発のパンチで二つ三つの結界を壊すとか、人間を超えている。
巨体の前腕には、六角状の筒がついているように見える。よく見れば、筒から出ている管が、手首の辺りにめり込んでいた。
おそらく、人体の一部になるような魔法道具なのだろう。ただの鉄ではなく、あれがこの重いパンチを生み出しているのだ。
ならば、あの前腕を切り落とせれば、切り抜ける事が出来るかもしれない。フローネルも、それには気がついているようだ。
フローネルの筋力増加の術式を展開し、さらに結界を二人に分けて展開。相手の隙を作る為に、目潰しの強力な光を浴びせる。
「ぐお!」
狙い通り、相手の目を一瞬だけ潰した。その隙をついて、フローネルが太い前腕を切りつける。
「があああああああ!!」
ほんの一瞬で、フローネルは巨体の前腕を二本とも切り飛ばした。勢いに任せて、胴も横薙ぎにする。
動きは良かったが、フローネルの剣がもたなかった。真ん中ほどから真っ二つに割れてしまったのだ。
「ネル!!」
相手の一番の武器は切り飛ばしたとはいえ、油断は出来ない。その証拠に、巨体はかしぐ体を利用して、フローネルを蹴り上げたのだ。結界を多重展開させておいて良かった。
それでも、結界の半分以上を先程の蹴りで破られてしまったが。
「おのれ……おのれえええええええ!!」
わめく巨体だが、両の前腕をなくした以上、有効な攻撃手段がない。その巨躯をいかして突撃をかましても、ティザーベルの多重結界に阻まれる。
だが、それはティザーベル達も同じだ。頼みの綱のフローネルの剣は折れ、ティザーベルの魔法攻撃はほぼ通らないときている。
救いは、向こうにも有効な攻撃手段がないという事くらいか。あの両腕の魔法道具が一番厄介だったのは確かだったようで、強化はなされているだろうが、巨体の蹴りも体全体を使った激突も結界の多重展開でなんとかしのげている。
助けを求めようにも、ヤードとレモもそれぞれの相手で精一杯だ。
――こんな事なら、もっと武器の在庫増やしておくんだった!
後悔先に立たずとはこの事か。
◆◆◆◆
はさみを持った少年と対峙したヤードは、じりじりと距離を詰めては離している。
相手の動きは、目で追ってはいけない。先程から、少年は人にあるまじき早さで動き回っていた。
ヤードは知らない事だが、はさみ少年は下半身全体に魔法道具の強化を受けている。手に持つはさみ魔法道具で、物質と魔力を切り裂く。
そのはさみを逆手に構えて、少年はこちらを挑発するような動きを繰り返していた。遊んでいるのだろうか。
「けけけけ。お前の首も、これでちょきんと切っちゃうぞお」
けたけたと笑いながら、はさみを動かす。じゃきじゃきと耳障りな音を立てるはさみだが、ヤードはそこには集中していなかった。
音を出す敵は、そちらに意識を集中させて思わぬところから攻撃を仕掛けてくる。まだ幼い頃、レモとの鍛錬の際に、よく彼に騙されたものだ。
その経験は、その後の戦いで生きている。もちろん、今も。
「うけけけけ!」
前からはさみの音を立てつつ、急旋回して右側から攻撃をしかけてくる。厄介なはさみは、せっかくの結界を簡単に破ってしまうのだ。
重い金属音を立てて、自身の剣とはさみがぶつかり合う。その度に、少しずつ測っていた。
「お前え、面白くないぞう? もっと怖がれよう」
首を傾け、不満そうにぼやく少年。どうやら、彼にとって「闘う」という事は遊びの延長線上にあるものらしい。
その考えは、ヤードの中にすとんと落ちた。納得出来たというべきか。ならば彼の動きそのものも理解出来る。
先程から攪乱する動きばかりで、まともに仕掛けてこない。あのはさみと動きの速さがあればこそのものだ。
だが、動きそのものは単調。それに、はさみが結界を破れるとはいえ、少しは阻まれるらしく、こちらに攻撃が通るまでに少しだけ猶予がある。
それに、相手は気付いているのかいないのか。
「悪い方を想定しろ」
知らずに、口に出していた。どちらかわからない時は、より悪い方が起こると考えて備えておけと、レモに教わった。
ヤードは息を整えると、剣を構えた。
「お? おおお? 俺様に勝っちゃう? 勝っちゃうつもりい?」
相変わらずけたけたと笑う少年は、再びはさみをじゃきじゃきと鳴らした。
来る。ヤードの突き出した剣先は、まっすぐ少年の胴体を貫いている。
「え……?」
何が起こったのか、わからないのだろう。少年は、はさみを振りかぶったままの姿でぽかんとした表情を見せている。
「おおおおおおお!!」
雄叫びと共に、ヤードはそのまま剣を薙いだ。少年の腹を半分だけ横に切り裂いた剣を、そのまま返して再び薙ぐ。
はさみを持った腕、胸が斬られ、ぽかんとした表情のまま、少年はその場に倒れ伏した。
◆◆◆◆
また嫌な相手に当たったもんだ。レモはそう内心ぼやきつつ、目の前の若者と対峙した。
若者の得物は長い棒状のもので、その先から魔法を打ち出す仕組みらしい。ただ、他の二人に比べて若者の魔法はティザーベルの結界を破れないでいる。それはいい。問題は、こちらの攻撃も向こうに当たらない事だ。
他の二人同様、若者の動きも俊敏で、レモの攻撃をことごとく躱してしまう。お互いに、決め手に欠ける戦闘だった。
――なるべく早く終えて、どっちかに応援に行きてえんだけどなあ。
レモの得意なのは、相手の隙を突いて繰り出す暗殺術だ。だが、それらは目の前の若者には全て弾かれてしまう。こちらの結界に近いものを、向こうも使っているようだ。
「参ったね、こりゃ」
残る手は、小型の爆発物と、毒物だ。爆発物は威力が少々弱く、毒に関しては弾かれた場合が困る。
本気で手詰まりを感じていた時、それまでとは違う何かを感じてその場を飛び退いた。
それと同時に、ヤードの雄叫びと別の叫び声が聞こえる。だが、それすらも気にならない程の存在が、すぐそこまで来ていた。
「いつまでもグズグズと。何をやっている?」
怖気の来るような声を発したのは、ティザーベルよりも幼く見える少女だった。
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