二百九 シーリザニア、急襲
十二番都市での待機は、既に十日を超えている。マレジアからの連絡は、まだなかった。
「まー、こうなるだろうとは思ってたけどねー」
何せ巨大組織の内部反乱だ。準備だけでも相当時間がかかるだろう。これまでの下準備はしていただろうが、管理局にティザーベルを当てるのと、反乱組織が教皇を倒すのは同時進行でなければならない。
管理局を倒さなくては教皇を倒せないだろうし、管理局が倒されれば教皇の警戒が強くなる。
つまり、反乱分子にとって、ティザーベルを動かす時は最終段階という訳だ。
今現在、十二番都市にいるのはヤードとティザーベルの二人だけである。レモとフローネルは、ティザーベルが戻った翌日から別件で地上に出ていた。とらわれたエルフの救出である。
思っていた以上にマレジアからの依頼に時間がかかりそうなので、待機などの際には出来る限りのエルフ達を救出する事にしたらしい。
当初、フローネルは一人で行動するつもりだったらしいが、レモが付き添う事にしたという。何でも、一人では危なっかしいと感じたそうだ。
レモの気持ちもわかる。確かに彼女は危なっかしい。本人にその自覚があるのがまだ救いだが。
現在、二人はヴァリカーン聖国の南に位置する国へ赴いている。グサンナード王国というその国では、エルフや亜人を奴隷として所有する事が出来るそうだ。
王都であるバルウには、近隣でも最大と言われる奴隷市が開かれるそうで、可能ならその市ごと潰したいとフローネルが意気込んでいた。
二人には、都市で作成してもらった魔法道具を持たせている。防御系攻撃系バランス良く盛り込んだ優れもので、彼女達に使用感をテストしてもらうのが狙いだ。
まずは地方都市に捕らわれているエルフや獣人を解放するらしい。解放された者達は、まず七番都市にて健康チェックを受け、その後新しい里へ送られる事になっている。
今頃、二人はどの辺りにいるだろうか。そろそろ連絡を取るのもいいかもしれない。
のんびりと休暇を楽しんでいたティザーベルの耳に、ティーサの緊張した声が響いた。
「主様! 緊急事態です!!」
「何!?」
「ヴァリカーン聖国による、シーリザニアへの進行が確認されました!」
一瞬、我が耳を疑った。何故、どうして聖国がシーリザニアに進行などするのか。あの国は、聖国にとって有益な国ではなかったのか。
頭が真っ白になるという事は、こういう事か。
「しっかりしろ!」
怒鳴り声で、我に返る。声のした方を見ると、先程まではいなかったヤードの姿がそこにあった。
「お前が慌ててどうする。その小さいのに指示を出せるのは、お前だけだろうが」
活を入れられて、ようやく頭が冷静になる。
「ティーサ、詳細情報はある?」
「本日未明、異端管理局がシーリザニアの王都を襲撃しました。これにより、王都は壊滅状態です」
「死傷者の数は?」
「詳細はまだ不明ですが、おそらく王都の住民の半数以上だろと」
「半数以上……」
一国の首都なのだから、住んでいた人数も多かろう。それの半数となれば、相当な数だ。
しかも王都は壊滅。それを行ったのが、異端管理局だという。だとするなら、シーリザニアの有益性より異端として切り捨てる方が利益が上回ったという事か。
「また、王都以外の地方都市には、教会騎士団が派遣されています。現在、そちらでは交戦状態です」
「持ちこたえてるって事? 地方都市にも軍隊がいるのかな?」
「いえ、シーリザニアの地方都市は、古い戦争の名残が残ってい、どこも城塞都市なのです」
という事は、籠城戦をやっているという事か。まだ戦争は始まったばかり。籠城戦が厳しくなるのは先の話だ。
「王都には、まだ管理局の連中がいる?」
「いいえ。壊滅を確認した後、帰還したようです。後は騎士団が引き継いでいます」
「掃討戦でもやってるの?」
「捕虜のまとめと、王族の探索です」
ティーサの報告で、やっと思い至る。そうだ、スンザーナ王女殿下は無事なのだろうか。
「王族の安否は、わかる?」
「主様と面識のある王女の行方ならばわかりますが、それ以外は判別がつきません」
なるほど、支援型はティザーベルと繋がっているので、彼女が面識のある相手ならば判別可能という事か。
「スンザーナ殿下は、無事?」
「はい。王都内を移動しています」
おそらく、探索の目から逃れる為に動いているのだろう。とりあえず、彼女が生きて無事なら、救出した方がいいのではないか。
――んー、マレジア経由でフォーバル司祭かノリヤに相談出来ないかな……
教会が関わっているだけに、こちらの勝手で動くのもどうかと躊躇われる。
「ティーサ、マレジアにこの事を伝えてもらえる? それと、同じ内容を彼女からでもフォーバル司祭と修女ノリヤに伝わるように出来ないかな?」
「問題ありません。少し、お待ちを」
しばしそのままで待っていると、いきなり目の前に映像が投写された。
『シーリザニアが襲われたってのは、本当かい!?』
どアップのマレジアだ。しかも怒鳴っているものだから、耳に刺さる。
「本当らしいから、フォーバル司祭と修女ノリヤにも知らせてほし――」
『状況は!? 管理局の奴ら、好き勝手にやりやがって!!』
聞いていない。ティザーベルがだんまりを決め込む間にも、映像のマレジアは怒りを発散させている。
人は、他者が怒ると自分の怒りが萎えるものだと、久しぶりに実感した。
冷めた目で映像のマレジアを見ていると、向こうにも伝わったのか、咳払いを一つする。
『……あー、いきなりあれこれ言っちまって、悪かったよ。で、フォーバル達に知らせりゃいいのかい?』
「こっちで勝手に動く訳にもいかないからさ。助けていいものかどうか、相談したいんだ」
『わかったよ。ちょいと待ちな』
映像のマレジアは、フレームアウトした箇所を探り、何かを手にする。どこからどう見ても、電話の受話器部分だ。ただし、コードは繋がっていない。コードレスの子機と言ったところか。
『……ああ、フォーバルかい? マレジアだ。あんた、シーリザニアに異端管理局の奴らが攻め入ったって話しは、聞いてるかい?』
言った途端、マレジアは受話器から耳を離した。こちらにまでフォーバルが怒鳴っているのが聞こえる。
『怒鳴るんじゃないよ。とりあえず、王族のうちスンザーナの嬢ちゃんは生きてるって話しだ。でも、それもいつまでもつかはわからない。でだ。この間引き合わせたティザーベルに、何か手があるって言うんだよ。嬢ちゃんを救い出しても、大丈夫かい?』
その後、マレジアとフォーバルの間で話し合いがもたれた。こちら側には、マレジアの声しか聞こえないけれど、大体の内容はわかる。
救い出せるだけ、国民を救い出してもらいたい。最悪、スンザーナ王女殿下だけは確保してほしい。出来れば獣人達も保護を頼む。
なかなか厳しい要望だ。管理局が引き上げている今なら、間隙を縫ってどうにか出来る手は確かにある。
だが、問題はその後だ。
「どこにどうやって受け入れ先を見つけよう……」
「ここじゃ駄目なのか?」
ずっと隣にいたヤードからの質問に、ティザーベルは疲れた顔を向ける。
「色々と違いすぎて、ここに連れてきた人達が混乱するのが目に見えるんだよね……出来ればもう少し、街ではない場所がいいんだけど」
「それでしたら、七番都市の郊外区域を使って野営をさせてはいかがでしょう?」
「郊外区域?」
「はい。七番都市には保養設備として、郊外区域が設けられています。森林地帯と人工の山があり、キャンプ施設も整っているんです」
都市内部なので、外敵を心配する必要がないし、自然環境ではないので気温差などを気にする必要もない。食料に関しては、調理済みの料理として都市の各施設から供給すれば事足りる。
元々百万人以上の居住が可能なように作られた地下都市だ。シーリザニアの人口がどれだけかは知らないけれど、文化や技術のレベルを考えるに、そこまでの数ではないはず。
器は確保出来た。手段もある。後はゴーサインを待つのみだ。
ちょうどその時、映像の中のマレジアが、とてもいい笑顔をこちらに向けた。
「フォーバルと話しはついたよ。シーリザニアの連中、助けられるだけ助けてくれってさ」
「報酬は?」
「抜け目ないねえ……何が欲しいんだい?」
「あんたの頭脳」
「はあ?」
ティザーベルの返答に、さすがのマレジアも理解が及ばないようだ。
「都市の機能は手に入れた。でも、開発する頭脳はまだなのよ。自分で出来るとも思えないし。これまでに開発済みのものなら都市で再現が可能だろうけど、これからの事を考えると開発者が欲しいんだ」
「……随分と大きく出たね」
映像の中のマレジアが、表情を変える。
「嫌なの?」
「嫌じゃないさ。ただね、あたしの頭も大分古くなってる。あんたの役に立つかどうか、わからないよ?」
「それはこっちで決めるよ。で? どうするの?」
軽い物言いで、彼女に選択を迫る。答えはもうわかったようなものだ。
「いいよ、こんな老いぼれでよけりゃ、もっていきな」
「毎度あり」
満面の笑みで、ティザーベルはマレジアにサムズアップした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます