百九十一 獣人の里

 翌日は朝から晴天。地下都市の天気は、地上の天気をそのまま映している。


「これが地面の下とはなあ……」


 レモのぼやきも、当然だと思う。こちらの技術力で地下都市を構築出来るなど、誰が思いつくのか。


 もっとも、前世でもこんな形の地下都市にはお目にかかった事はないが。


「ともかく、村の方は当面の食糧支援はするとして、後は自立して行けるようにしないとね」

「そうだな。まあ、あの場所なら前の村とそう変わらない生活が送れるだろうよ」


 標高その他の地理的条件による気候の差は受け入れてもらわなくてはならないが、周囲にある森での狩りも出来るし、あの土地で栽培出来る農作物の種や苗も渡してある。


 それに、植える時期や世話の仕方もレクチャー済みなので、何とかなるだろう。


 実はその辺り、先に近場に入植しているエルフの里の皆が手を貸してくれている。


 里の方はダンジョン畑を使っているので、農作業が気候に左右されない。とはいえ、ダンジョン以外でも作物を作っているらしく、そちらのノウハウを村の方に渡してくれたのだ。


 もっとも、そのノウハウも元はといえば地下都市由来のものであるのだが。


「エルフの里のみんなが、もらった親切を返すという考えになってくれたのが、一番大きいなあ」

「少しは傷が癒えて余裕が出てきたって事かねえ?」

「うーん……余裕はそうなんだろうけど、傷の方はねえ……」


 心の傷は、目に見えない分厄介だと聞いた事がある。彼女達の傷が癒えるには、もっと長い時間が必要だろう。


 それでも、定期的な村と里の交流はわずかながら行う方向でいるという。なんとも強いエルフ達だ。


「で? 今日、行くんだよな?」

「うん。移動に時間がかかるかと思ってたけど、十二番都市を再起動したおかげで、楽に行けるようになったからね」


 本日、ヤードとの合流を果たす。何せ彼がいるのは山の中なので、そこまで行くのが困難と思われていた。


 けれど、三つの都市を再起動させたおかげか、都市の移動機能が飛躍的に向上して、ヤードがいる場所まで一気に移動で行けるようになったのだ。


 その前に、その機能を使ってレモと合流したのだけれど。


「にしても、また三人ともバラバラな場所に飛ばされたもんだなあ」

「うん。それもあの罠の機能だったんだと思う」

「なるほど。聞けば聞く程悪意を感じる罠だぜ」


 確かに。その後仕掛けられていた罠の種類を見ても、仕掛けた人間の底意地の悪さを感じる。


 信仰を持つのは別にいい。魔法を否定するのも、個人の自由だろう。だが、何らかの力を使って他者にそれを強要するのは間違っている。


 とはいえ、だからといってその信仰組織のトップを倒す手伝いをする羽目になるとは。世の中本当にわからない。




 移動先は、これまた木立の中だった。人目に付かないようにするには、障害物があった方がいいのかもしれない。


 レモも、一番都市で作った新しい服に袖を通している。着替えを持っていなかったせいで、助けられた村で古着をもらって生活していたそうだ。


 ティザーベルとフローネルも、それぞれフード付きの上着を着ていた。体温調整機能付きなので、どんな場所でも過ごしやすい。


「方角は?」

「待って……あっち」


 レモに聞かれて、ヤードがいるであろう方向を指差す。情報はティーサからだ。


 詳細な情報は、ここがどの都市の影響圏でもないせいか、入手出来なかったらしい。ただ、こんな山奥に村があるとしたら、外界と隔絶した場所だろうという予測だけだった。


 木立から出て歩くと、下はかなり雑草が生えている。道らしきものもなく、歩くのが困難そうだった。


「結界張っておくね」

「おう、頼むわ」


 こういう足場が悪い場所でも、ティザーベルの結界は有用だ。馬車の時同様、足下が確かになるので歩きやすくなる。


 そのまま三人で進んでいくと、ややして開けた場所に出る。その向こうに、木製の柵、それと門があり、門の両脇には人影らしきものがある。


 だが、どうやらその人影が通常とは異なっていた。


「ありゃあ……」

「あれが……」

「獣人の里か」


 フローネルの言う通り、門の両脇に立っていたのは、黒い犬型の獣人である。獣の姿が強い獣人のウェソン族だ。


 相手もこちらに気づいたらしく、一人が槍をこちらに向け、もう一人が里の中に声をかけている。あっという間に、獣人達が門のところへ集まってきた。


 まるで吠えるような声でこちらに何かを言ってきている。さっそくパスティカに相手の言語情報を収集してもらった。


「ユルダがこの里に何をしに来た!!」

「帰れ! 穢れたユルダめ!」

「押し入ろうというのなら、その喉食い破ってくれる!」


 なんとも物騒な内容のオンパレードだ。逐一レモにも通訳しておく。情報共有は大事だ。彼もうへえと漏らしていた。


 さて、この状況からどうやってヤードを探したものか。考えていると、フローネルが一歩前に出た。


「私はクオテセラ氏族のフローネル。故あって里から離れた身だ」


 そう言うと、フードと帽子を脱ぎ去り、耳を見せた。獣人達の態度が少しだけ、軟化する。


「クオテセラ……」

「偉大なるエルフの氏族だ」

「あの耳、間違いなくエルフだぞ」

「何故、エルフがユルダと行動を共にしているのだ?」

「よもや、あのエルフはユルダに唆されているのでは!」


 何やら、またしても話がおかしな方向に行きかけている。


「待て! 彼女はベル殿。穢れたユルダではない。その証拠に、彼女は私と私の妹、そして長の直系の娘をヤランクスの手から救ってくれた!」

「おお! ヤランクス!!」

「にっくき奴らめ!! 俺の妹は奴らに連れ去られたのだ!!」

「うちは娘が!」

「俺の姪だって!」


 次から次へと、ヤランクス被害を口にする獣人達。何だろう、話が進まない。


「落ち着いてほしい。今日ここに来たのは、ベル殿の仲間がこの村にいるらしいと聞いたからだ。この村に、人間はいないか?」


 フローネルの言葉に、獣人達が何やらひそひそと話し合っている。そのうち、集まった獣人が全員背後を振り返った。


「村に、いるんだな?」


 確かめるフローネルに、門番を務めていた獣人が決まりが悪そうに教える。


「確かに、いるよ。人間が一人。でも――」

「嘘よ!!」


 彼の言葉を遮り、少し高い声が獣人立ちの背後からした。


「彼は嘘を言ってる! 人間なんて、この村にはいないわ!!」


 獣人の群れが左右に割れ、奥まで見通せるようになった先にいたのは、小柄な獣人だ。声の高さや着ている服が周囲と違うところから、女性だと思われる。


 彼女は見通しがよくなったこちらに向かって、再び叫んだ。


「ここは私達の里よ! 部外者は入ってこないで!!」

「仲間を見つけたら、すぐに出て行く。だから――」

「いないって言ってるでしょ!! いい加減にして!」

「いい加減にするのはお前の方だ、エジル」


 彼女の背後から、今度は杖をついた獣人が出てきた。彼女は振り返って先にいる者を見て、怯えたような声を出す。


「おじいさま……」

「お前があの者を助けたのだ。情が移っても仕方あるまい。だが、こうして仲間が迎えにきたのだよ。返してやるのが、彼の為だ」

「違う! 違う違う違う!!」


 エジルと呼ばれた獣人は、頭を振って否定すると、そのまま村の奥へとかけていった。残された獣人達も、ティザーベル達も言葉がない。


「何だったの? あれ」

「多分、あの子の行き先にヤードがいる」

「え?」

「しかし……参ったねえ……」


 ぼやくレモは、フローネルに声をかけた。


「エルフの嬢ちゃん、村に入る許可をもらってくれねえか?」

「嬢ちゃ……私の名前はフローネルだ! ……少し待て」


 レモに嬢ちゃんと呼ばれたのが気に入らないフローネルは、それでも律儀に獣人達に中に入る許可を求めた。


 門番達はうろたえているけれど、先程エジルがおじいさまと呼んだ獣人が一歩前に出てくる。


「入るがよい。ただし、仲間を連れて早く出て行ってくれ」


 なんともつっけんどんな言葉だが、彼等が人間にされてきた事を考えると、この警戒心は当たり前なのかもしれない。


 レモを先頭に、おそるおそる村の中に入る。獣人達の視線が痛い。


 村そのものは大して大きくないようで、すぐに先程のエジルが逃げ込んだと思しき小屋の前に出た。


「ここかな?」

「間違いないわ。あのヤードって人の反応があるもの」


 そう言ったのはパスティカだ。彼女はティザーベルのフードの陰に隠れていて、獣人達から見えないようにしている。


 小屋は物置のようで、簡易な扉が付けられている。その取っ手を取ろうとした瞬間、中から凄い勢いで扉が開いた。


 その先にいたのは、見間違いようのない相手である。


「ヤード……」

「無事だったか!」


 喜ぶレモに、ヤードの反応は微妙だ。何か、具合でも悪いのだろうか。


「どうした? 何でそんな――」

「あんた達、誰なんだ? 俺の事を、知ってるのか?」


 ティザーベルとレモの時間が止まった瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る