百九十 新天地
ティザーベルの方の事情をあらかた話したので、今度はレモの方を聞く事にした。
といっても、本人曰くたいした事はないらしい。
「俺は飛ばされた先がここからもうちょい南にいったところでな。途方に暮れてるところを、あそこにいる若夫婦が拾ってくれたんだ。いやあ、言葉が通じなくて困ったぜ」
その後、魔物を倒す力があるので、村で雑用をこなしながら畑を荒らしたり村に侵入しようとする魔物を退治する仕事をしていたらしい。
「冒険者の仕事とあんまり変わらないね」
「まあ、そうだな。で、その村に、半年くらい前から、さっきの連中が来るようになったそうだ」
「半年前から?」
「ああ、何でも今崇めている神を捨て、自分達の神を崇めるよう言ってきたんだとよ。そうは言っても、先祖代々崇めている土地神を簡単には捨てられねえ。村長が、うちの村には余所の神を祀る余裕はないと突っぱねたらしい。そうしたら――」
「あの襲撃者がきた」
「ああ」
教会組織はもっと広まっているのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「教会組織って、クリール教っていうらしいよ」
「名称はどうでもいいなあ」
「まあね。で、ちょっと成り行きで、その教会組織のトップ……首領の暗殺、請け負っちゃった」
「はあ!?」
さすがにレモが声を上げた。驚きで顎を落としそうな彼に、ティザーベルはてへっと笑う。
「他にも地下都市があるって言ったじゃない? その全部の情報と引き換えに……ね」
「おいおいおい……人外専門じゃなかったのか?」
「いやあ、私が直接手を下さなくてもいいっていうしさあ」
マレジアからの依頼を伝え、教会組織も一枚岩でない事を説明した。
「で、その穏健派の手伝いをするって感じかな?」
「首領の暗殺を企む穏健派……ねえ」
確かに、物騒な事を企んでいるのに穏健派とは、これ如何にといったところだが、組織のガンを排除しようと考えていると思えば理解も出来る。
どんな組織も、長く続けば腐敗する。内部から浄化しようという力が現れたのは、まだ救いがあるという証拠かもしれない。
「ま、まあ、とにかく、教会の腐敗一掃の為に、手を貸すって事で」
「そんな安請け合いしていいのか? 嬢ちゃん」
「う……」
まだヤードとも合流していない。それに、帝国ではネーダロス卿を待たせているのだ。
言いよどむティザーベルに、レモは溜息を吐く。
「まあ、俺らはどこででも生きていけるっちゃあ生きていける。嬢ちゃんも、帝国を捨てる覚悟があるなら、これ以上は言わねえよ」
「それは……」
「まあ、今はヤードとの合流を考えようや」
「……そうだね」
レモの意見は先送りというやつだが、考えがまとまらない今はありがたい。それに、実はすぐ目の前に問題が一つ起こっている。
「それはそうとおじさん、あの村の人達、どうするの?」
「うーん……村に戻れるのが一番いいんだが、おそらく教会の奴らに目を付けられているからなあ。出来れば新天地に移動させてやりてえ。助けてもらった恩があるから、俺に出来る事なら手伝ってやりてえところだが」
別の大陸が飛ばされて、言葉もまだ片言状態の彼では、村人全員が安心して暮らしていける場所の目星などつかないのだろう。
ティザーベルは、ティーサを呼んだ。
「ティーサ、近場で教会組織の目から逃れられる場所って、ないかな?」
「人間の思惑を無視していいのであれば、ございますが」
最初は何を言っているのかわからなかったが、どうやら国や地域の問題を言っているらしい。
そういえば、レモがいた村の所属はどこになっているのだろう。
「おじさん、村ってどの国の所属なの?」
「そういや、聞いた事ないな……ちょっと行って、聞いてくるわ」
「あ、私も行くよ。多分、言葉が通じるように出来ると思うから」
「本当か? いや、嬢ちゃんなら出来ても不思議はないな」
「ねえ、それどういう意味?」
「さあなあ?」
レモとあれこれ言い合いながら家を出る。フローネルにはそのまま中で待っていてもらった。
村人達のところへ向かうと、皆ぐったりと疲れているのが見て取れる。いきなり住み慣れた場所を追い立てられるように出てきたのだ。疲れもするだろう。
「おじさん、村長ってどこ?」
「あの奥に座ってる老人だ」
「よし」
レモと一緒に村長のところへ行き、こっそり同行してもらったパスティカに村長をスキャンしてもらう。
言語情報を獲得出来たので、彼等との会話も可能になった。
「突然すみません。私はこちらのレモの仲間でティザーベルと言います。彼を助けてもらった事、感謝します」
「おお、レモさんの……失礼だが、随分年が離れているように見えるが……」
「え? ええ、まあ……それで、少しお尋ねしたい事があるのですが、いいでしょうか?」
「私が答えられる事なら」
村がどの国に所属しているのか、税金はどうしていたのかなどを尋ねると、意外な言葉が返ってくる。
「え? 国に所属していない?」
「ええ。以前からこの辺りは小国がひしめいていたんですが、三十年程前に、大きな戦がありましてね。そのせいで、国の殆どが滅んでしまったんですよ」
国や街がなくなっても、辺境の村などは隠れて生き残っていたらしく、そのまま小さな村だけで、ほぼ自給自足の生活をしていたらしい。
小さな村だからこそ、出来た事だろう。それに、少し行けば隣の国の街に入れるそうで、足りないものや現金収入が必要な時はその街へ農作物などを売りに行っていたという。
思わず、レモと顔を見合わせてしまった。その時、脳内でティーサからの連絡が入る。
『国に頼っていないのなら、いっそエルフの里へ移住させるのはどうでしょう? あの里は規模に比べて人口が少ないですから、働き手として送ってはいかがかと』
一瞬いい案だと思いはしたが、現在里で暮らしているエルフ達の意向を無視して話を進める訳にはいかない。
それに、あそこにいるエルフの女性達は、人間の男性に散々な目に遭わされた者達ばかりだ。そこに村を失った身とはいえ、多くの人間の男性を連れて行くのは気が引ける。
少し迷った末に、この案は却下とした。
『悪いけど、里と似たような条件の土地を探してもらえないかな? エルフの里程支援はしなくていいけど、出来れば畑の土は整えてあげてほしい』
『わかりました。少しお待ちを』
三つの都市の情報は、全てティーサが統括している。その辺りは、支援型の序列が物を言うらしい。
答えはすぐに返ってきた。
『お待たせしました。里から山一つ超えたところに、似たような条件の土地があります。何分深い山の中ですから、どの国にも属していません』
将来的にどこかの国になる事もあるだろうけど、それはその時。ティザーベルは、早速村長と交渉した。
結果として、ティザーベルの申し出を村長は受け入れてくれた。一行の中にはまだ乳飲み子もいるらしく、早く安定した生活が送れる場所を探す必要があったらしい。
「では、少しの間周囲に靄がかかりますが、何も心配はいりません」
そう言って、村人を一カ所に集めて周囲に結界を張り、その結界を靄で包む。そうしておいて、一気に都市を経由して新天地へ移動させたのだ。
靄が晴れた後、先程とは全く違う景色に、村人達がどよめいた。
「皆の者! 恐れる事はない! これは土地神様がお示しくだされた、我等の安住の地だ!!」
村長の言葉に、村人達の恐怖や怯えはいっきに解消される。さすがは村長だ。
「用意したのは神様じゃなく、嬢ちゃんなんだけどな」
「別にいいよ。感謝が欲しくてやった訳じゃないから」
どちらかというと、今回の事は村人達に対するお礼の気持ちからだ。彼等がレモを受け入れて生活させてくれていたから、無事彼と合流出来たのだから。
だが、なんとなく照れくさいのでレモ本人には言わない。再会した時、大泣きしただけで十分恥はかいているのだ。
「さて、じゃあ残りは」
「ヤードの奴を見つけないとな。場所はわかってんのかい?」
「一応ね。こっから山をいくつ越えるんだっけかなあ……」
新しい村がある場所は、周囲を高い山脈に囲まれた盆地だ。北に見える山脈の向こうに、ヤードの反応があったという。
都市の移動機能を使えばすぐに飛べるけれど、多分今日は無理だろう。興奮している村人達が始めた宴会から逃れる術は、二人になかった。
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