百八十二 スミスという男
魔法を禁じるクリール教、そのトップである教皇に狙われる老女。彼女は六千年生きていて、教皇の本名を知っている。
ジョン・ウォルター・スミス。転移者なのか転生者なのかは知らないが、マレジアからの情報では、アメリカ人だという。
「その、聖都? の地下に研究実験都市があるっていうのは、本当なの?」
「間違いないよ。何せ、研究実験都市の設立に関わっていたからね」
「はい!?」
本日最大級の爆弾発言ではなかろうか。二の句が継げないティザーベルに、マレジアはからからと笑う。
「そんなに驚く事じゃないだろうに。言ったろう? 六千年生きてるって」
「いやいやいや、設立に関わったなら、六千年以上でしょうが!」
「細かいこたぁ、気にしなさんな。まだ若いのに、はげるよ?」
「はげねえよ!」
あまりの言葉に、つい地が出た。モーカニールからの殺気を感じるけれど、正直彼女はティザーベルの敵ではない。
この場で敵となり得るのは、目の前で笑っているマレジアただ一人だ。
「久々に笑わせてもらったよ。たまには外の人間に会うのもいいねえ。あ、こっちの嬢ちゃんはエルフだっけ。まあ、元は人間なんだから、いいか」
あけすけな婆さんだ。フローネルの方はすっかり飲まれてしまってタジタジである。
「さて、ここまで聞いたんだから、こっちの頼みは聞いておくれよ?」
「いや、その前に大事な事を聞いていないんですけど?」
「何か言い忘れていたっけねえ?」
とぼけるマレジアに怒りがこみ上げるが、多分こちらの怒りですら、彼女にとっては娯楽だ。こんなところも、年の功だろうか。
「何故、クレール教とかいう宗教のトップに狙われているの?」
「簡単な話だよ。あたしがスミスの罪を知ってるからさ。あと、あいつらが言っている神の教えとやらが嘘なのもね」
「罪?」
「スミスは、六千年前の世界が崩壊する引き金を引いた男だ」
背筋がざわっとした。六千年前というワードに反応するのは、パスティカ達との縁からだが、世界崩壊などという言葉まで出てくるとは。
愕然としていると、マレジアは淡々と続けた。
「都市を再起動させたんだ、自然派がやらかした事は知ってるね? あいつらは研究実験都市のみならず、そこで開発された魔法技術を多用していた社会そのものを疎んでいた。だから、壊したのさ。テロ行為でね」
「その、首謀者が……スミス」
「そうだ。まあ、今となっては、奴の犯罪を声高に叫んだところで、誰も信じまいよ。六千年前の事など、知っている人間は誰もいないのだから」
確かに、生き残りは殆どいない。マレジアは知らないが、クオテセラの族長は既に亡くなっている。その事を伝えるべきかどうかは、悩むところだ。
それよりも、今は確認しておきたい事項がまだあった。
「神の教えが嘘っていうのは?」
「ああ、クリール教では、人間以外の種族は神が作った存在ではないとして、人間より劣った存在だとしているんだよ。それと、スミスが毛嫌いしている魔法ね。あれも神の教えに反するものとして、宗教で禁じているんだ」
エルフに関する宗教的な考えは、アデートの広場で見ず知らずの老女に教えてもらった覚えがある。エルフだけでなく、獣人も同じカテゴリーという訳か。
「あいつらは楽だろうよ。何でも『神様がそう仰っている』と言えば通るんだから」
「反論する人はいないの?」
「いるだろうね。だが、クリール教の上の部署に異端審問管理局というのがある。読んで字のごとく、異端審問、クリール教以外の宗教を信仰していないか審問する部署という訳だ。ここがくせ者でね。異教徒のみならず、今のクリール教を批判する者達も全て異端とみなして取り締まってるのさ」
「恐怖政治かよ」
命が惜しくば沈黙しろ、という事だ。宗教がやる事ではないだろうに。
それにしても、どうしてアメリカ人のスミスがそこまで魔法を毛嫌いするのか。ティザーベルはマレジアに尋ねてみた。
「何故、スミスはそこまで魔法を嫌う訳? あとエルフや獣人も。アメリカ人なんでしょ?」
「アメリカ人だからさ。知ってるかい? あの国では、聖書とは違う事を教えると言って、子供を学校に通わせない親がいたりするんだよ」
「え……」
「これは私も聞いただけだから、本当かどうかは知らないけれど、聖書の教える歴史とやらを展示した博物館らしきものもあるんだとさ」
開いた口が塞がらない。さすがに進化論を頭から鵜呑みにしろとは言わないが、聖書を丸ごとそのまま信じるのも危険なのではないか。
呆然とするティザーベルに、マレジアは苦笑する。
「まあ、そんなこんなでキリスト教が教えていないものなど、あってはならないってのが、奴の主張でね」
「キリスト教? スミスが教皇をしているのは、クリール教では?」
「どうも、どこかでなまってクリールという名称になったらしいよ」
さすがに六千年経つと、色々と変化するようだ。それはともかく、スミスという男は、周到に今の教会組織を作り上げたらしい。
そして、過去の汚点となるマレジアの命を今も狙っているという。
「まあ、それ以外にもあたしらはクリール教徒じゃないからね。あの連中からしたら、異教徒として攻撃するのは当たり前ってところだろうよ」
マレジア達隠れ里では、特定の宗教はないようだが、どうも彼女同様前世日本人が何人か仲間にいたらしく、日本風の風習が残っているという。
隠れ里には神社や寺のようなものがあり、毎年祭りも行われるという。
「祭りに関しちゃあ、あちこちのが入り乱れてかなりおかしな事になってるけどねえ。向こうのクリスマスやハロウィンはもちろん、花祭りも大晦日や元旦、七夕、盆、それに加えてここらの土着の宗教が混ざって、そりゃ見事なもんだよ」
からからと笑うマレジアに、ティザーベルは言葉もない。少し隠れ里に興味が引かれるけれど、優先順位は低くしておく。
「私に他の都市の再起動をさせて、あなたに何の得があるのか、聞いてもいい?」
「得なら山程あるさ。まず、スミスが都市の機能を掌握しているのはさっきも言った通りだ。奴はその力で管理局を運営しているからね。あそこは教皇直轄の部門なんだよ。そして、ヤランクス、彼等もまた、管理局の下部組織だ」
「何だって!?」
これには、さすがにフローネルが反応した。だが、言われてみれば納得出来る。
エルフどころか、異教徒は全て「人」とは見なさない管理局だ。そんな彼等がヤランクスの背後にいる事で、彼等は誰に咎められる事もなく「仕事」が出来る。
――全部、繋がってる訳ね……
反吐が出そうな話だが、これも現実だ。そう考えると、色々不正はあったものの、帝国の何と平和な事か。
それもクリール教が入り込まず、また一つの大陸をほぼ一国で動かしているからか。東側に小国群があって自治がなされているけれど、それだけだ。
未だに捕まっているエルフは多いし、彼等の救出の為にはどのみち都市の再起動は不可欠。
こちらのメリットとマレジア側のメリットが重なるのだから、何も問題はあるまい。
「都市の再起動に関しちゃ、あんた達にも有益なのはわかってるだろう? この近辺にもエルフの里がある。だが、都市が凍結されてもう長い。そろそろ隠蔽の結界に綻びも出来ようってもんだ。実際、ヤランクス共の動きがここ数年近場で活発になってるしね」
「十二番都市がある、って話よね? その影響圏はどのくらい?」
「それは十二番都市の支援型に確認しな。それと、必要なら他の都市の場所も教えるよ。どうだい?」
なかなか魅力的な言葉だ。だが、何故マレジアはここまでするのだろう。都市の再起動が彼女達にもたらす恩恵とは。
「都市の再起動は、あなた達に何をもたらすの?」
「簡単な事さ。隠れ里の隠蔽にも、エルフの里のように都市の機能を使ってる。隠れ里そのものは、まだ都市が凍結される前に用意されていたんだ。都市の研究者用にね」
「研究者用?」
「都市は地下だろう? いくら人工の自然を作っても、本物には勝てないんだよ。どうしても精神に不調を来すものが出てくるから、彼等のリフレッシュ用に用意されたのが、今あたしらがいる隠れ里なのさ」
既にその頃から、過激な自然派連中が研究者の命を狙っていたようで、彼等の安全を守る為に隠蔽結界が使われていたそうだ。
その隠れ里の結界が、そろそろがたついているという。
「都市を再起動してくれるだけでいい。そうすれば、エネルギーがこっちにも自動で来るように設定されているから」
「支援型は、それを知っているの?」
「そりゃ知ってるさ。隠れ里は都市の持ち物だからね。支援型に与えられた命令の中でも、上位に入る重要度のはずだよ」
研究者の命を守る事は、都市にとっては重要な事だったようだ。それもそうか、研究実験都市なのだから、研究者が中心だったはず。
しばらく考え込んだ後、ティザーベルはマレジアから情報を受け取る事にした。
「十二番都市は最優先で再起動するとして、他の都市の情報もちょうだい」
「いいだろう。だが、他の都市の場所は、十二番都市の再起動と交換だ」
なかなか抜け目ない婆さんだ。さすがに年齢と経験が段違いなので、負けるのは当然かもしれない。
その事を了承し、十二番都市の場所を聞く。なんと、隠れ里から少しはずれた地下だというではないか。
研究者の為に作られた場所だから、都市に近い場所に作られたようだ。
何にしても、次の目標は十二番都市の再起動に決定した。
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