百六十九 説得

 フローネルによる説得は続いている。


『言葉で言ったくらいでは信じられないと思うが、ここから北にいった場所、山奥に新しき里を開く予定だ。既に土地は用意してあり、住居その他もこちらで用意する』


 捕らえられているエルフは、その殆どが女性だ。男性も攫われる事があるそうだが、彼等は一カ所に集められる為、分散しているのは女性だという。


 ――里の男女比がおかしな事になりそうだけど、その辺りは今後の他の里との交流にかけるしかない。


 新生活を始める手助けはするが、全てに関わるつもりはない。ある程度になったら、自活出来るようにしてもらわなくては。


 静かだった地下が端の方からざわついていく。それはそうだろう、こんな出来すぎた提案、そうあるものではないし、警戒されて当然だ。


 うまい話には裏がある。地下のエルフ達も、不審に思っている事だろう。


「そういや、里の為の土地って、もう用意したんだっけ?」

「ええ。選定は終わって、向こうに整地や建築の為の機材や建材を送っているところよ。一番都市の影響範囲内で、一番の山奥ね」


 各都市には、地上へ影響を与えられる範囲が決められているそうだ。ちなみに、パスティカの五番都市の範囲は、なんとモリニアド大陸全域だという。


「随分広いよね」

「他の都市も似たようなものよ? というか、お互いの影響範囲がかぶらないように設計されているの」


 なるほど。どうやら、地下都市はそれぞれ所属するグループが違ったらしい。


 それは「国」と呼ばれる単位なのか、それとも「郡」や「州」、「県」のようなものなのか。


「国という概念ではないわね。政府は統一されていたから」

「なら、郡か州かな?」

「それは地上の都市にのみ当てはまるわね。地下都市は全て研究実験都市なので、所属は研究所になるの」


 意外な答えだ。それぞれの研究所には、関連の地方自治体や企業が名を連ねていたそうで、そこら辺の関係が影響範囲に絡んでいるという。


「昔も今と同じく、そこら辺は生臭いんだなあ」

「人間なんて、そう変わるものじゃないそうよ?」

「誰の言葉よ」

「さあ?」


 ティザーベルとパスティカが気の抜けたやり取りをしている間にも、フローネルによる説得は続いている。


『すぐには信じてもらえないだろう。だが、私が言っている事は事実だ。それを伝える為に、私は今日、こうして危険を冒しつつもここに来ている』


 地下のざわつきは、より大きくなった。その中から一人、問いただしてきたエルフがいる。


『新しい里って言ってるけど、一体どこにそんなものを作るっていうのよ』

『北の山奥だが、水もあるし他の里との隠し街道も通す。それに、新しい里にはダンジョンを作る予定だ』

『ダンジョンって……そういえば、あなたクオテセラって言っていたわね? あの里にあるようなダンジョンを、新しい里にも作れるっていうの? だったら! どうしてうちの里からの要請を断ったのよ!?』


 何やら、話がおかしな方向へ行っている。フローネルも、慌てているようだ。


『待ってくれ。一体何の――』

『私は氏族同士の里の間に挟まるような小さな里の出よ。小さすぎて自給自足が難しいから、クオテセラの技術を教えてもらえないか、里長が何度もクオテセラに掛け合ったのに! いつも断られた!! おかげで食べるものがなくて、里の外まで出なくてはならない者もいたわ! 私だって、里の端まで出る事になったのは、食料がなかったから……』


 地下がいきなり修羅場になっているらしい。思わずパスティカと顔を見合わせる。


「どういう事?」

「多分だけど、小さい里の結界は緩いんだと思うわ。都市の影響圏から外れる場所にあるんじゃないかしら。都市の影響下でないと、クオテセラのようなダンジョンを作ったり強固な結界を張ったりは出来ないの。おそらくだけど、今話していた彼女の里の結界は、エルフ達が見よう見まねで張ったものじゃないかしら」


 都市の力が影響していないから、弱い結界にしかならず、ダンジョンも作れないから普通に畑を作るしかない。


 しかも弱い結界ではエルフを狩る人間達から里を守り切れる訳もなく、運の悪いエルフがヤランクスに狩られてしまうという訳だ。


『どうして! どうしてよ!!』

『お、落ち着いてくれ。ダンジョンの事は、私達にもよくわからない――』

『嘘! 自分達が優位に立てなくなるから、隠したんでしょ!? うちの里の者達は、みんなそう言っていたわ!』


 どうやら、同じエルフ内でも、里の規模によって格差が生じているらしい。そしてそれは、時に憎悪の感情を生み出す。


「……フローネルに説得に行かせたの、まずかったかね?」

「うーん……」


 パスティカの返答も、曖昧なものだ。そして音声の方はといえば、激高したエルフもフローネルも、次の手を打てないでいるのか無言のままだ。


 そこに、またもや別のエルフが口を挟んだ。


『私は、あんたについていくよ』

『ピッパキア!? あなた、何言ってるの? いつも私には馬鹿な考えを持つなって言っていた癖に!!』

『ああ、そうだよ。何せ、ここを出ても行く当てなんてないと思っていたからね。でも、こいつは私らに新しい里を用意するって言ってる』

『騙してるかも知れないのよ!?』

『ユルダに捕まって、こんな生活をさせられている私達を騙して、一体何の得があるっていうのさ。何にもありゃしないよ』

『べ、別のユルダのところに連れて行かれるだけかもしれないわ!』

『だったらちょいと夢を見たって思って、忘れるさ。こいつに着いていっても、これ以上悪くはならないんだ。だったら、ちょいとばかり賭けてみようって思うじゃないか』

『ピッパキア……』

『ヴェスジナ、あんただって、ここから出たいって願っていたんだろ?』

『それは……』

『これは、あんたが望んでいた機会じゃないのかい?』

『でも!』

『私は、クオテセラとは関係のない里の出だから、その里がどういうところかは知らない。でもね、里の技術を簡単に余所の里に漏らさないのは、どこでも同じだよ』

『そんな……』

『あんたも、本当はわかってるんじゃないのかい?』


 ヴェスジナと呼ばれたエルフからは、何の反論もない。こういう時に映像がないのはもどかしい。音声だけでは、相手の細かい表情まではわからないのだ。


『何、こいつの言う事が信じられないっていうのなら、ここに残ればいいさ。その代わり、多分次の救い手は来ないよ』


 ピッパキアという名のエルフの言葉に、今度は若干焦りを含んだざわつきが広がる。


 彼女達とて、好き好んで地下にいる訳ではないし、娼婦をしている訳でもない。逃げ出せるなら、とっくに逃げ出しているだろう。


 ティーサからの情報にも、例のエルフの魔力を吸い取る道具があちらこちらに置かれているとあった。ヤランクスが使うものより、出力は落としてあるそうだが、十分エルフ達の力をそぎ落とす事は出来るという。


 地下では、ピッパキアが逃げ出す希望者を募っていた。徐々にだが、希望者が増えているのが聞こえる。


 やがて、その場のエルフのほぼ全員が希望してきたようだ。


『あんたはどうする? ヴェスジナ』

『私は……』

『いつまでもつまらない意地張ってると、いつか命落とすよ?』

『! そ! そんな事! あんたに言われる覚えはないわよ!! 何よ、つい昨日までは、あんなに後ろ向きな事ばかり言っていた癖に!』

『そうだね。でも、目の前にこんな希望が見えた時、昨日まで諦めていたんだから、今回の事も諦めよう、なんて事は思いたくない。これを逃したら、私は絶対に後悔する』

『ピッパキア……』

『ヴェスジナ、あんたもおいで。踏ん切りが付かないっていうんなら、私に騙されたと思いな』

『何、それ……』

『あんたは私に騙されて、ここから連れ出されるんだよ。いいね?』


 力強いピッパキアの言葉に、どうやらヴェスジナが観念したらしい。


『ああ、もう! わかったわよ! 私だって、いつまでもこんなところにいたくないし! ピッパキアに騙されて、連れてかれてあげるわよ!』

『全く、素直じゃないねえ、あんたは』

『ピッパキア程じゃないわよ』


 そのまま笑い合う二人に、どうやら話がついたのがわかる。それにしても、フローネルが説得したというよりは、ピッパキアとヴェスジナ二人でまとめ上げたようなものではないのか。


「フローネル、落ち込んでなければいいけど」

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