第20話 饅頭怖い

「強い…」

 白雨から相手の気が伝わってくるようだ。

 ヒリヒリとした空気が肌を突き刺す。

「こんな程度か…」

 男はエドモンド少尉を蹴り飛ばし、刀を収める。

「ふんっ…日本刀をぶら下げてるから、どれほどの腕かと期待したが…期待外れだ」

「な…んだと!」

 脇腹を庇いながら、ヨロッと立ち上がるエドモンド少尉、吐いたセリフとは裏腹に顔が歪んでいる。

「粋がるのは、何ともし難い腕の差を埋めてからにしな!」

 男の日本刀がエドモンド少尉の胴を薙ぐ!

「ぐっ!」

「峰打ちだ…と…聴こえてないか…」

 エドモンド少尉は完全に意識を失っていた。

「おい、早く渡せ!」

 男がオヤジに凄む。

「ヘイ!」

 威勢のいい返事を返し、パッと饅頭の箱を差し出すオヤジ。

「ふん!あんまり手癖が悪いとスパッと斬られるぜ…気を付けな」

 チンッと納刀し店を後にする男。


「おとといきやがれ!」

 オヤジが吠えた!のは、男が帰った後…20分ほど経ってからであった。

 長生きするであろう性格である。


 オヤジの遠吠えから、さらに5分後、ようやく意識が回復したエドモンド少尉。

 痛むのは身体…悼むのはプライド。

 商売人であるがゆえ…多少は空気が読めるオヤジ。

 だが…かけるべき言葉が浮かばない。

「ダンナ…」

 と缶コーヒーを差し出す。

「ん…」

 受け取るエドモンド少尉。

「まぁ…乾杯といきやしょう…完敗だけに」

 オヤジの額で缶コーヒーがカコーンと、いい音が鳴り響いた。


「無様だったねぇ」

 ニタニタ笑いながらエドモンド少尉に声をかける女性。

「お前…プリン女!」

「プリンセス天功だ…微妙に覚えていてくれたようだね」

「見てたんだな…」

「ぶっ飛ばされる瞬間までバッチリと…御気の毒でした」

 ペコッと頭を下げてはいるが…顔は笑っている。


「ひょっとしたらと思ったんだけどね~、勝てなかったね~仕事人には…」

「仕事人?」

「そっ、仕事人」

「…って何だ?」

「ん?…ジャポンにね古くから伝わる職業というか…殺し屋か」

「殺し屋?」

「そっ、殺し屋…良かったわね~生きてて」

「俺を殺しに来たっていうのか?」

「まさか、だとしたら…生きてないでしょ…絶対。アレじゃない取り戻しに来ただけなんじゃない依頼されてさ。今回は殺しを依頼されてなかった…ってことじゃない」

「殺し屋が…」

「殺し屋っても色々やるからね~奪還を依頼されただけなんじゃないの」

「ところで…お前はどうして、ここにいるんだ?」

「アタシの目的が~小判だったから~奪おうとして…つけてたら…殺し屋もいて~隙を伺ってたけど…アンタ瞬殺だったから~奪い損ねたのよ!」


 エドモンド少尉は思った…俺の周りはこんなんばっかだ…。


「宿舎に戻る…」

 エドモンド少尉が立ち上がると、

「やめといたほうがいいと思うよ…」

 プリンセス天候が、やんわりとエドモンド少尉を引き留めた。

「なぜだ?」

「アンタ…軍から追われるよ…たぶん…」

「なに?」

「アンタが乗ってた船はね、ただの軍艦じゃないんだよ」

「あぁ…快適な船旅だったな…なっオヤジ」

「ヘイ」

「バカね…運がいいというか…民間人と一緒でなければ、そのまま殺されてた」

「なんだと?」

「アッシのこと?」

「そうよ…オヤジさんがいたから、始末されなかったのよ…軍人なんて消えても誰も気にしないけど、民間人はね…そう簡単に消せないのよ」

「俺が…このオヤジに救われたというのか…不愉快だ…不本意だ…」

「命の恩人というわけですなぁ~ダンナ~」

「まぁ…饅頭を盗まなければ…何事も無かったんでしょうけどね…」

「そうだ!もともとはオマエが饅頭なんて盗まなければ!」

「いやぁー今さら言いっこなしですぜ」

「なにと…なにを…相殺させる気なんだ…えっ!」


「まあまあ…良かったじゃない、命があってさ…でね…」

 と…甘酒を差し出すプリンセス天功。

「でね?」

 甘酒を受け取りながらも、エドモンド少尉が顔をしかめる…嫌な予感しかしない。

「悔しくない?」

「ぐっ…」

 甘酒が喉に引っかかる。

「悔しいでしょ?」

「悔しいですぜ!アッシは…あの小判はアッシのもんです」

「それは違うだろ…オヤジ」

「一度、この手に触れれば…すべてアッシのもんです」

 悔し涙なんか浮かべてるオヤジは、ほっといて、

「ボロ負けどころか、瞬殺だったじゃない」

「ぐっ…むっ…」

「リベンジしたいでしょ?ねっ?」

「………」

 悩む…正直に言ってしまえば、悔しい…が、瞬殺である、悔しい以前の問題だ。

 清々しいとは言えないまでも…地団太踏むほどでもない。


「修行よ!」

「はっ?」

「ちょうどいいじゃない、軍には戻れないし…身を隠して修行編の開始よ!」

「うっ…あれ…なんだか意識が…何か入れたのか?」

 エドモンド少尉の意識が遠くなる…。

 最後に考えたこと…もう軍には戻れそうにはないな…俺。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る