第12話 プリンスとプリンセス
軍には軍規というものがある。
校則に比べて極刑が多いのが特徴だ。
変わった校則がある学校もある。
変わった軍規がある軍もあるということだ。
『軍支給のプリンを盗んだもの極刑に処す』
軍では隔週に1度プリンが配給される。
エドモンド少尉も楽しみにしている。
そして配給日にその事件は起きたのだ。
恥多き人類の歴史にまたひとつ過ちが刻まれた。
「プリンが盗まれただとー」
その一報が入ったとき、エドモンド少尉の手から醤油が滑り落ちた。
寄宿舎は蜂の巣を突いたような騒ぎである。
実際、蜂の巣のほうがまだマシである。
彼らは蜂の針より恐ろしい武器を、うっかり…いや、しっかり装備している連中なのだ。
人も街も蜂の巣にすることなど造作もない。
何事か起こると、あのオヤジのにやけた顔が頭に浮かぶエドモンド少尉。
今回は関係なかろう……。
詐欺は得意だろうが空き巣はやらないだろう…………と思うエドモンド少尉。
頭に浮かぶオヤジの顔は…いやいや思い過ごしだ…いや!お菓子を取られた!
いやいや…だからと言って、軍の配給品に手を出すようなことは…。
百余名のプリンを盗んでどうするというのだ。
エドモンド少尉は『
「オヤジ!貴様…やはりお前だったのか!」
ドアを開けるなり、刀に手を掛けるエドモンド少尉。
「なんの話です!ダンナ…いきなり!」
そういうオヤジの手にはプリンが握られている。
「銃殺刑は忍びない…不本意だが長い付き合いだ、せめて、俺の手で一瞬で首を跳ねてやる……」
言葉こそ憐れんでいるように語るエドモンド少尉だが、その顔は薄ら笑いを浮かべている。
「ホントになんなんですか?ダンナ、勘弁してくださいよ…アッシが何をしたんです」
慌てふためいて、店の奥へ後ずさりしながらエドモンド少尉を距離を取るオヤジ。
「そのプリン……盗んだな」
「プリン……コレの事ですかい?」
この非常時に置いても、このオヤジ、プリンを離さないあたり、ある意味立派と言うよりほかない。
「アッシは確かにプリンは好きでさぁ~、子供頃なんて、プリン好きすきてプリンの王子プリンスなんて呼ばれてたくらいで……」
「で…盗んだんだな……」
エドモンド少尉の上半身が少し右のめりに傾く…一気に距離を詰めて斬るつもりだ。
「違います!盗んでません!買ったんですよ、特売品」
「買った?特売品?」
なぜ軍の配給品が売られているのだ……。
「オヤジ…お前が売らせてるんじゃあるまいな」
「ダンナ!勘弁してくださいよ」
「案内しろ!…嘘だったら、その場で斬る」
…………
「ここか?」
「へい……」
旧世界の地下鉄、線路、現在は闇市開催の場になっている。
「健全な市民がショッピングを楽しむ場所とは思えないな…」
「まぁ…あれでさぁ~…表に出せないような~感じの…アレが…置いてあったり…なかったり…する場所みたいです」
「ほぅ…常連だと思ってたのだが」
「そんなわけねぇでしょ…ホント今日初めて来たんです…道に迷って…なんか…寂しくて、猫追いかけて…たら…みたいな…道を教えてもらったお礼に、プリンを買ったというわけでして」
「よっ!」
「毎度!」
すれ違うたびに皆がオヤジに挨拶してくる。
「初めて来たようには見えないが……」
「気のいい連中なんでさぁ~…あっ!ダンナ、アイツです。プリンを売ってたのは」
オヤジが指さす方向に黒いローブの小柄な男。
「おい貴様!私は、食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1。エドモンド少尉だ!配給品強奪の、あっ!」
ローブの男は振り返ると、あっという間に、エドモンド少尉の前まで距離を詰めてきた。
男の掌底がエドモンドの顎をかすめる。
エドモンドが刀の柄で男を突こうとするが、身をひねってかわされた。
(やるな……)
男の両手にいつの間にかクナイが握られている。
一呼吸の間を置いて、エドモンド少尉の刀とクナイが交差する。
男のフードがハラリと床に落ちる。
「女?」
エドモンド少尉を睨みつける鋭い眼光。
「忍びの素顔を見たな…エドモンド!必ず殺す!」
そういうと、女は煙幕を炊き姿を消した。
「逃がしたか!」
結局、プリン泥棒は捕まえられないまま、寄宿舎に戻ったエドモンド少尉。
「少尉!これを…」
差し出された紙切れ。
『プリンは頂いた。 プリンセス天功』
「なんだこれは?」
「食糧保管庫に張ってありました」
(アイツ…か…プリンスにプリンセス…なんか腹立つ)
エドモンド少尉、今回の配給を楽しみにしていたのだ。
旧世界の文献によると、『プリンに醤油をかけると、ウニの味になる』
試さずにはいられなかった。
醤油を握って待っていたのに……。
部屋で醤油を雑巾で拭きとるエドモンド少尉であった。
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