第9話 下ごしらえ

『エドモンド・ナカムラ少尉 第八管轄区域外20Kmでの食糧探索任務を命ず。

期間2週間』


コジマ大隊長からの命令書を受領したエドモンド少尉、管轄区域外とは暗に人の立ち入らない場所を指していることは理解している。

つまり、野宿しながら食えるものを探せということだ。


軍用バイクにキャンプ道具をくくり付け、出発である。

「おやつは300円まで。バナナはおやつに含まない…か」

ルールは遵守したいところだが

「800円になります」

「ふっ」

思わず苦笑を浮かべるエドモンド少尉。

おやつは買い過ぎてしまうのが遠足のセオリーだ。


『食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1』

建前は、食べれるものを探すことが目的の特殊部隊である。

様々な土地へ派遣される軍隊にとって現地の情報は貴重だ。

地形、気候、文化、食べ物である。

『食』は部隊維持の基本であり、それを絶たれることは『死』を意味する。

調達部隊の本当の任務は、食べれるものを探す…だけではない。

どちらかといえば、食べれないものを探すことが本分だ。

うっかり食べて、部隊全滅などあってはならないのだ。


キャンプの場所は河原、水の確保が最優先である。

河原の石で釜戸を作り、飯盒を用意する。

「なんかテンションあがる」

独りきりであるが、キャンプは気分を高揚させるものだ。

とりあえず…カレーの準備だ。

エドモンド少尉はキャンプを全力で愉しんでいるようだが、そうではない。

彼は、これから食材の調達に向かうのである。

魚、山菜、獣、時間の許す限り調達しまくるつもりである。

鎌を片手に山に入るエドモンド少尉。


湿度の高い日陰で、キノコを採取。

日当たりのよい山肌で手当り次第植物を採取する。

途中、大きな獣の足跡を目にしていたのだが気にしない方向で不安をスルーした。


河原に戻ると、エドモンドがテントを設営した場所から300mほどの場所で若い女の子達がキャッキャッと川遊びをしている。

(楽しそうだ…羨ましくはない、俺は任務でココにきているのだ)

テントの中に野草やらキノコやらを置く。

(ん…何かおかしい……ような?)

「おやつが無い……」

あの女達か!

テントを飛び出すエドモンド少尉。

おやつを盗まれたことは、100歩譲って許せる…許さないが。

走って女の子達に近づく、勢い余って止まるときに砂利がズザザザと音を立てる。

「貴様ら!シールはどうした?」

「はっ?シール?バカじゃね…軍人バカじゃね」

ビッチ臭漂うギャル3人がエドモンド少尉を鼻で笑う。

「とりあえず、俺のおやつを返せ」

「おやつ?なんかヤバくね?軍人、言ってることわかんねぇし」

「いや…今さらとがめはしない…ただ、ヒックリカエルマンシールだけは返せと言ってるんだ!」

「ひっくり返るがどうしたんです?ダンナ?」

彼女たちのピンク色のテントの中から顔を出したのは

「オヤジ!貴様、何をしている!」

「へっ?いやいやキャンプでさぁ、見ての通り…」

「貴様・・・」

何か言葉をかみ殺したような表情のエドモンド少尉、右手がつかにかかる。

「いやいやいや…確かにアソコのテントからお菓子を拝借したのは私です」

「だろうな…」

「しかしダンナ、あんなところに食べ物を出しっぱなしにしといた旦那もいけねぇ」

「なに?」

「このあたりは、凶暴な猛獣もいますぜ…まぁ、めったに出くわすもんじゃありmせんがね、食い物を出しっぱなしにしとくなんて、おびき寄せるようなもんでさぁ、それで私が…緊急対策として処分役をかってでたというわけで…」

「ほう…で…食ったんだな?」

「まぁ…いただきやした…あっ、コレ、シールですヘッドじゃありやせんでした」

「ねぇ~社長~、軍人さんと知り合いなの?…あっ、もしかして、この軍人さん?

いつもガラクタに大金支払うっていう…」

「バカ!」

オヤジがギャルの口を塞ぐ。

カチャッと音を立てて、刀身が鈍い光を放つ。

「ダンナのことじゃございやせん!神に誓って、ダンナを騙したりはしません」

「では…その神に祈れ」

切り捨てる!と思ったのだが…エドモンド少尉、ふと思いついた。

「おい…オヤジ…お前カレーは好きか?」


エドモンド少尉、オヤジを大きな石に縛り付け、カレーを運んできた。

カレーを小皿に取り分けて、先ほど採取した山菜、まぁ主に草を適当に混ぜてみる。

「さて…10種類のカレーを作った」

「へい…ほどいてくだせぇ旦那」

「そうだよ~社長、かわいそうだよ~」

「うるさい!お前らは水遊びでもなんでもしてろ!」

「なによ~、つまんない帰ろ!社長、またお店に来てねチュッ」

投げキスなんかしたりして、ギャル達は退散したのだった。

「ダンナ~、キャンプファイヤーの準備が…」

「どうでもいい!お前、このカレーを試食しろ」

「へっ?嫌ですぜ…ダンナ、そのカレーの7割は危ねぇ色と臭いがします」

「そうだ…俺も食ったらダメな予感がする」

「そうでしょう…やめましょう!」

「いや…だからやる!お前で試す、万が一ということがある。俺の任務は、その万が一を引き当てることだ」

カレーがオヤジの前に運ばれる、

「さぁ食え」

「ん~ん!」

口をしっかりと閉じるオヤジ。

「そうか…ならば」

鼻を洗濯バサミで挟んで塞がれるオヤジ。

ほどなく、カパッとオヤジが口を開ける。

「んぐっ!」

すかさず、カレーを流し込むエドモンド少尉。

ゴクン。

「苦ぇ…マズイ…」

「どうだ?食えそうか?」

「ダンナ…カレーの枠を広げましたぜ…この味は」

「どっちにだ?プラスか?マイナスか?」

「マイナス!」

「そうか…では次だ」


………………

心なしかオヤジが痩せたような気がする。

カレーも残り3種となっている。

「ダンナ…こんな拷問…カリギュラでも思いつかねェ」

「誰だソレ?」

「あっ…ダンナ…ほどいてくだせぇ…お願いします…ヤバイ」

「どうした?腹が痛いのか?」

「違います…いや…もう遅ぇ…ダンナ!刀を抜いて!」

「覚悟が出来たか!」

エドモンド少尉が一歩オヤジに踏み込むと、背中にブワッと生暖かい風が吹いた。

「ん?」

エドモンド少尉が後ろを振り返ると、黒いナニカと目が合った。

黒いナニカは真っ赤な目でエドモンド少尉を見据える。

「なんだ…コレは?」

「ソレは…この山に棲むとか、棲まないとか言われてる化け物でさぁ…」

エドモンド少尉は後ろに飛び、刀を構える。

ソレは鼻をクンクンと鳴らしながらカレーのほうへ移動する。

ペロッ…カレーを舐めだす黒い化け物。

残ったカレー3種をあっという間に全部舐め終えた。

満腹になったのか、黒い化け物はエドモンド少尉に背を向け去っていく。

(助かった…)

ほっと息をつくと、

ズズーンと化け物が倒れる。

「のわっ!」

驚いて変な声をあげるエドモンド少尉。

恐る恐る、化け物に近づく、絶命している。

オヤジのほうを振り返り、首を横に振るエドモンド少尉。

「助かった~」

オヤジが心から安堵したような声で呟く。


………………

オヤジとキャンプをすることになったエドモンド少尉。

化け物の肉をオヤジに毒見させ、安全だとわかると口にする。

「美味い!」

化け物は意外に美味である。

オヤジと酒を飲み、肉を喰い、たき火の前でペチカを歌ったりする。

「ところで…ダンナ、私は、あの化け物が出てこなければ死んでたわけですね?」

「そうなるな…感謝しろよ化け物に」


………………

翌朝、エドモンド少尉が目を覚ますとオヤジの姿は消えていた。

軍の装備品一式と共に……。

テント意外何も無い…バイクも無い。

2週間、本当のサバイバルを経験したエドモンド少尉であった。

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