第2話 ビーストマスター

 テケテン テケテン エドモンド少尉は、寄宿舎自室にて、ひたすら小太鼓を叩いていた。

 あぐらをかき、足の上に収まりのいいサイズの小太鼓を置き、ひたすらテケテンする姿、軍服を着ていなければ、軍人とは誰も思わないだろう。

 その様子は滑稽ではあるが、彼の表情は真剣そのもの、彼はこれから山に赴くつもりだからだ。

 山といえば、猛獣に遭遇することも重々じゅうじゅうあり得る。

 エドモンド少尉は理解している。

 自分に運というものが無いことを。

 RPG風にいえば、運の数値が一向に伸びない薄幸キャラである。

 会心の一撃は出ないが、痛恨の一撃は受ける。

 メタル系が倒せないキャラだ。

 そんな人間が、山に入れば、クマなりトラなりに出くわすこと請け合いだ。

 どんな猛獣も手なずける小太鼓……。

 勢いで買ってしまった、疑わしくも信じるしかない。

 エドモンド少尉は、壁に立てかけられた日本刀より、今や小太鼓に期待をしていた。ナウ○カのような世界を。

 憧れもある。

 森の動物たちと心通わせ、ピンチとあらば、窮地きゅうちに駆けつける動物たち。

 信じたっていいじゃないか。


「よしっ」

 エドモンド少尉は、手の甲で額の汗を拭った。

 練習は充分だという根拠のない自信が芽生えたのだ。

 エドモンド少尉は、準備を始める。

 ホルスターに拳銃、予備マガジン×3、腰には日本刀、携帯食糧3食分、

 ライター、アーミーナイフetc。

 そして、最後に小太鼓を小脇に抱え、いざ入山。


 秋の山、紅葉が美しい。

 入山から1時間、登山ではないので、頭頂部を目指しているわけではない。

 ひたすら山肌を登ったり、滑ったりを繰り返す。

 不思議と動物とは遭遇しない。

 1時間の成果といえば、1Kgを超えたであろう、色鮮やかなキノコのみ。

 エドモンド少尉は、キノコに詳しくない。

 食材としてみれば、嫌いである。

 エドモンド少尉は思う、食糧調達を担う自分が偏食へんしょくってどうだろう?

 そして考える、この部隊でアビリティに“食わず嫌い”と“偏食”って致命的なんではないのかと。

 それゆえに、キノコばかり採取していたのだ、弱点の克服というやつだ。

 先祖は勤勉なジャパニーズである、真面目ではあるのだ。

 まぁそれ以外に食べれるものを吟味できるほど、野草や木の実などの知識が無かったことが大きいのだが。


 歩き疲れて、座り込んだ。

 というか、山肌からいい勢いで滑り落ちて、ヒックヒック泣いていた。

 突然の雨が悪い。

 山の天気は変わりやすい。

 雨具を忘れたことも、エドモンド少尉のメンタルを地味にえぐっていた。

 それよりも、採取したキノコが、滑り落ちた際、軍服にこれでもかと擦りついていたことが、なんか気持ち悪かった。

 HPよりMPにダメージをくらっていた。

 マジックポイントではない、メンタルポイントだ。

 雨・泥・きのこ の3コンボだ。P・P・K!みたいな。


「雨を凌げる場所を探そう!」

 誰も居ないのに、誰も居ないから、大きな声で呟いた。

 そして、立ち上がり歩を進めた。

 それが、どこに向かっているかも解らないままに。

 マッピングはしない派なのだ。


 山中を彷徨さまようこと1時間、雨いまだにやまず。

 風まで出てきた。

 雨ニモマケズ、風ニモマケズ・・・サウイフモノニ、ワタシハナリタイ。

 エドモンド少尉、全敗中である。

「来るんじゃなかった」

 心の底からポロリとでた言葉だった。

 足を引きずりながら、どこへ向かっているかもわからない山中、

 また、ヒックヒックしかけたころ、横穴を見つけた。

 嫌な予感がした。

 お約束のクマの寝床でした、とかありそうである。

 拳銃を抜き、足音を殺して近づき、中を覗う。

 なにもいない。

 ナニカが居た様子もない。

 とりあえず、風雨を凌げそうな、横穴に避難することにした。

 それにしても冷える、軍服どころか、下着までびしょ濡れだ。

 横穴で、燃えそうなものをかき集め、火を起こした。

 あたたかい。

 軍服を脱ぎ、たき火で乾かす。

 携帯食を食べながら、エドモンド少尉は考えていた。

 この香ばしい香りはなんだ?

 トラブルとは、降ってくるものなのだろうか?

 招きよせるものなんだろうか?

 天災なのか、あるいは必然なのか、

 ここにきてエドモンド少尉は、新たなアビリティを身に着けたようだ。

“トラブルメーカー”


 軍服が乾き始めたころ、横穴に来客があった。

 招かざる訪問。

 クマである。

 鼻をヒクヒク鳴らしながらノッソリと巨体を揺らしながら入ってくる。

 灰色熊(グリズリー) 

 RPGでもモンスター(架空生物)に混じり、モンスター扱いで登場するクマだ。

 エドモンド少尉の中で、山で遭遇したくないNo1である。

 ちなみにNo2はヒルでNo3はミミズである。

 つまり、圧倒的なNo1なのである。

 どうする?自分に問いかける。

 ハンドガン!致命傷を与えるのは難しい巨体、

 刀は!この狭い横穴で急所を一突きというわけにはいかない、

 なにより、自分はパンイチ(パンツ一丁)だ。

 完全に油断した。

 横穴で、思いのほかくつろいでいた。

 グリズリーが顔をだしたときに後ずさりしながら、エドモンド少尉の右手が無意識に掴んでいたもの、小太鼓の肩紐であった。

「やるしかないのか」

 エドモンド少尉は、小太鼓の先のバチを握りしめた。

 響け魂のサウンド、ひれ伏せ我が前に猛獣よ!

「エドモンド・ナカムラが命ずる!この横穴から出ていけ!」

 テケテン!


 横穴に、テケテンが響く、グリズリーは、まったく意に介さない様子だ。

 もう一度 テケテン!

 ちょっと控えめに テケテン♪


 グリズリーはクンクンと、たき火の周囲を嗅ぎまくる。

 たき火を挟んでグリズリーとエドモンド少尉が向かい合う。

 グリズリーが手を伸ばす、エドモンド少尉の眼前を超え、

 大きな手は、乾かしていた軍服を掴んだ。

 軍服を口に引き寄せるとグリズリーは軍服をなめ回した。

 鼻を鳴らしながら、一心不乱に軍服をフガフガするグリズリー。

 エドモンド少尉は気づいた、

 焼きキノコである。

 軍服に、こびりついたキノコがたき火にあぶられて、香ばしい香りを放ち

 横穴にグリズリーを招きよせたのであったと。

 エドモンド少尉は、すばやく潰れたキノコが入った網袋をたき火に放り込んだ。


 ――どのくらいの時間が流れただろうか、グリズリーはキノコをほぼ完食していた。

 あたたかい横穴でグリズリーは眠りだしていた――。


 エドモンド少尉は、グリズリーのよだれでベタベタになった軍服に袖を通し、

 荷物をまとめ横穴を後にしようとしていた。

 携帯食糧は、すべて置いていくことにした。

 ヤツが満腹なら襲われないと思ったのだ。

 日本刀を腰に差して、ふと気になった。

 キノコとは、そんなにうまいのだろうかと、

 エドワードは、たき火に炙られたキノコを一口かじってみた。

「うまくはない、が食えなくもない」

 1本食べ終え、小太鼓に手を伸ばしたが、

 小太鼓は置いてきた、所詮、動物を道具を従わせるなど邪道である。

(心で伝わるさ)

 それが人と動物であっても……。

 決して、役に立たなかったからではない、人を信じたくなったのだ。

 ぶっちゃけ騙されたと思いたくなかったのだ。


 風雨は収まり、夕日が美しかった。

 ベトベトで生臭い夕暮れであった。


 山を下ること20分、町の外れに差し掛かるころ、

 エドモンド少尉は、意味もなく笑っていた。

 ハハッハッハハハ……。

 止まらない笑い。

 苦しい……グッ。


 ワライダケ、そんなキノコの群生地での一幕であった。

 エドモンド・ナカムラ

 運 2

 職能 食わず嫌い 偏食 トラブルメーカー

 状態異常 毒


 配属されて2週間、初めて命令書が届く、うなぎを調達せよ!

「うなぎ」とは何か?

 まずはソコからだ、エドモンド少尉。

 次回『イールが要る』

 海・山・とくれば川である。

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