食べ物を探す簡単なお仕事です。

桜雪

第1話 海釣りの日

 不幸にも、文明は崩壊した。

 多くは語らない、意味をなさないからだ。

 しいてゆうなら、お米の国の偉い人が短気で、北の独裁国家にミサイル飛ばして、ボンッ!ボボボン!と地球全土に火柱が上がったのである。


 結果、不幸にも、東方の小さな島国が地図から消えたのである。


 それから200年、世界レベルで文明は衰退し、残念な時代を迎えている。


「なぜ……俺が……」

 5年の訓練期間を経て、配属されたのは『食糧調達部隊』

 地獄のような訓練、同期入隊は訓練終了までには1/5に減っていた。

 銃火器の扱いから災害対策までこなせる精鋭兵士。

 加えれば、先祖代々受け継がれる日本刀と居合のわざ

 近接戦闘においては教官も太刀打ちできない技量を持っている。

「なぜ?」

 訓練終了時の肩書は少尉、エリートコースだったはずだ……。


 この地に転属してきた、エドモンド・ナカムラ少尉はコジマ大隊長への挨拶を済ませた後、宿舎でヒマを持て余していた。

 配属先は、食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1。

 食べるものを探す。

 もしくは、食べれないものを食べれるように調理する。

 なんでも恐れず口にする!をモットーとする、通称吸血部隊だ。

(毒見係りじゃねえか!)


 吸血部隊の正式登録人数は非公式だ。

 というより、日々何人かは食中毒か運が悪ければ殉職している。

 だが、戦地の食糧事情を変えるような発見もある。

 何年か前になるが、河豚ふぐなる魚の調理法を記された旧世界の文献が発見され解読されたこともある。

 えっ?食えたんだアレ!の良い例、語り継がれる実績である。

 もちろん、何人もの尊い犠牲がでたことは言うまでもない。


 基本的には自由行動で、食材の調達や文献の解読などを行うのだが、報告書の提出以外は特に制限されていない完全自立部隊だ。

 長く書いたが、要するにヒマなのである。


 エドモンド少尉は、視察(観光)に出かけることにした。

 繁華街で中華まんを食べながら、ブラブラと歩く、

 いかがわしい路地から娼婦が笑顔で誘いかける。

 軍服の効果だろう、ガラの悪い輩も横目で牽制するだけだ。

 銃も携帯しているが、エドモンド少尉の腰に携えられた日本刀は、

 伝説の島国ジャポンの騎士、サムライの証。

 サムライは、ブレード一振ひとふりりで、数人は切り殺すと恐れられている。

 そのせいか、軍でもエドモンド少尉に絡む輩はマレだった。

 もっとも、エドモンド少尉が抜けば、噂に違わぬ腕前であることも事実だが。


 表通りから外れて歩くこと10分、寂れた通り、風に軋む看板。

『骨董品グラスホッパー』

 エドモンド少尉はフラリと店内へ入って行く。


「らっしゃい。軍人さんだね。いいものあるよ。探し物かい?なんでもあるよ」

 愛想のよい店主、店内には、コ○コーラの瓶やら、植木鉢やら、ガ○ダムの模型やらが無造作に置かれている。

 ちなみにコ○コーラの瓶には、旧世界の花瓶との説明が添えられていた。

「おやじ、食糧調達に役立つ遺物は無いか?」

 エドモンド少尉は店主に尋ねた。

 店主は愛想笑いをピタリと止めた。

 丸メガネをクイッと上げて、エドモンド少尉の目を真っ直ぐ見据えた。

「旦那、あんたになら、託せるかもしれねぇな、階級は少尉、しかも吸血部隊とはね」

「知っているのか」

「もちろんだ。鶏の頭蓋骨にナイフとフォークのぶっちがい!食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1 待ってたぜ、このときを」

「あるんだな、なにか」

 店主は無言で店の奥に姿を消した、すぐに戻った店主がエドモンド少尉に差し出したのは、ゴワゴワとした黄ばんだビニールのケースに収まった、短めの華奢な釣竿。

 ボロボロになった紙のシールには、キャップを被った子供が、自身の倍はあろうかと思われる巨魚を一本釣りで釣り上げたイラスト、旧ジャポンの文字と思われる書体で、[子供釣竿セット 980円]と書いてある。


 読めないエドモンド少尉を責めることは誰もできない。

 この世界で、旧世界の文字を読めるものなど数少ないのだ。

 ましてや、島国ジャポンの文字など解読が困難な筆頭格だ。


「旦那、この釣竿は、伝説のフィッシャーマンが幼少の頃に使用していたものです。コレを掘り出したときは震えましたぜ、あのヒローキ・マツカタの釣竿が私の手の中にあるんですからね」

「これが、あのヒローキの釣竿だというのか?」

 ずいぶん貧弱に見えるが、とエドモンド少尉が言いかけたとき、遮るように店主が語りだした。

「これは、もともと・・・このエンブレムが云々・・・まったく劣化してないとかなんとか・・・」

 とどめの言葉が「伝説を継ぐ者が今、現れた」だった。

 説得、洗脳、豚もおだてりゃなんとやら、納得したものはしょうがない。

「いくらだ」

「毎度あり!」

 足取り軽く、サイフも軽くなったエドモンド少尉は、ビニールのゴワゴワした肩掛けに手を通し、肩に釣竿を掛けて意気揚々と海岸へ、

「あのオヤジめ、俺に伝説を継げとは大袈裟な」

 と満更でもない様子、自嘲気味な笑みがこぼれるあたり察してもらいたい。

 空きの悪いジッパーを下ろし、黄ばんだビニールケースから釣竿を取り出す。

 糸はすでに装着済みだが、長さが2mほどしかない。

 釣竿も1m強といったところだ。

 心もとなくもない、華奢な釣竿、針にミミズを通し、とりあえず

 砂浜からポチャリと海に投げ入れてみた。

 ほどなくして、当たりがある。

 クンッと竿先が沈む、そう海の底へと沈む?

 スッとね、スッと……。

 ポキリともいわず、釣竿は半分になっていた。

 目視するに、さんまクラスの魚の魚影が釣竿の先端半分を引っ張りながら

 ユラユラと海の底へ沈んでいった。


 何が起きたのか、エドモンド少尉は、しばらく釣竿を握ったままだった。

 そして、ヒックヒックと泣いた。

 夕日がトプンと海岸に沈むころには少尉は泣き止んでいた。

 喜怒哀楽。

 違う、喜・哀・怒・楽だ!

 悲しみの後は、怒りの感情に支配されていた。

「おやじ、居るか!」


 改めてよく見れば、丸めがねにチョビ髭、バーコードハゲ、インチキが服着て歩いてるような男だ。

 この親父を切り捨てれば、待っているのは『楽』である。


「旦那、音も無く崩れたって?どこで使ったんです」

「海だ、ここから3キロほど歩いた海岸でだが!」

「それです!あの竿は、川用です」

「なに?」

 エドモンド少尉は釣りの経験が無かった。

 子供の頃から、刀しか振ってこなかったのだ。

 雀ばっかり追いかけまわしていたのだ。

「川用だと、釣竿には川と海があるのか?」

「当然です」

「だが、ポキリともいわずに折れたんだぞ」

「長いこと空気に触れていない神秘の釣竿が潮風にいきなり晒されたんだ、

 一気に劣化したんでしょうかね」

「俺が悪いのか……」

「いや、旦那、私も悪いんです、釣りの心得が無いとは知らずに竿を託してしまった、許してください」

「いやいいんだ、X-1の部隊章を掲げた俺が、釣りもできないとは思わないものな」

「旦那、お詫びと言ってはなんですが、伝説の猛獣使いが使用していた小太鼓があるんですが」

「小太鼓?」

「これなんですが、なんでも大陸を荒らしていたソンゴクウとかいう猿の王様をも手なずけたとも云われる小太鼓です」

「猿の王?」

「はい、どうでしょう、お詫びにお安くお譲りしますが、あっ!特別にソンゴクウの絵巻も付けますが」

「猛獣を手なずける小太鼓か」

「もらおうか」

「毎度あり!」


 エドモンドは宿舎に帰ると、さっそく絵巻を開いた。

「孫悟空の大冒険」と書かれたである。

 そして、猿回しが持っているテケテンと鳴る太鼓。

 責めてはいけない。

 絵巻に目を通したエドモンド少尉。

 文字こそ解らなかったが、絵で大まかに理解はしたようだ。

 妖術を使う猿の王、かわいらしい絵からは想像もできない化け物だ。

 こんな化け物をも抑え込めるのか、この小太鼓は……。

 エドモンド少尉は己の手の内にある、強大なアイテムに恐れおののいたという。

 テケテン。


 無知こそ罪、知らぬが仏と嘲り笑う運命に翻弄されるエドモンド。

 小太鼓を担ぎ、いざ山へ、次回『ビーストマスター』。

 言葉通じぬ獣よ、わが前にひれ伏せ。

 こうご期待。



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