4-2

神上と香苗が自動ドアをくぐってカウンターに歩み寄ると、勤務していたスタッフたちの視線が二人に集中した。香苗は神上から微妙に距離を取りながら、内心で恥ずかしさと申し訳なさと諦めをぐるぐるとかき混ぜて、どこか遠くへ流してしまおうと体の力を抜き、事の行く末を見守ることにした。工藤は出せない声で必死に何事かを菊池に伝えようとしているようだったが、菊池は困惑した顔でただ頷きを繰り返すばかりだった。神上が後ろから工藤の横に回り込んで声をかけた。

「こんにちは。ちょっと、いいですか。あ、菊池さんありがとう。あとは僕が話しを聞きますから、お仕事に戻って大丈夫ですよ」

 神上のその言葉に菊池は「すみません、お願いします」と小さく頭を下げると「お並びのお客様お待たせ致しました」と軽く片手を上げて、二番目に注文を待っていた客をレジへと誘導した。神上は周囲に他の客がいない席を見繕って工藤を誘導すると「どうぞ」と言って工藤を座らせ、自身は傍らに片膝をついてしゃがみ込み、目線を合わせた。香苗は神上から少し離れた位置で二人の会話に聞き耳を立てた。

「また何か、当店の商品に問題がありましたでしょうか」

 神上がそう言いながら白紙のコピー用紙とペンを工藤に差し出した。工藤はゆっくりとペンを手に取ると、少し震えた手で何事かを書き始めた。香苗の位置からでは工藤が何を書いているのか分からなかったが、神上がそれを察してか内容を声に出して読み上げた。

「なるほど。フィッシュバーガーを注文して持ち帰ったら、違う商品が入っていたということですね。それで、その商品は食べられない具材が入っていたから食べずに捨ててしまったと。それで、レシートも捨ててしまったということですね」

 どうやら今回もいつもと同じ手口のようだった。あの日、川で出会った釣り人の男性が言っていた。夫がなくなったショックでボケてしまったのではないかと。確かに、ここまで懲りずに毎回同じ手口を繰り返すとなると、本当に認知症の疑いも捨てきれない。神上は少し黙って、言葉を選ぶように会話を続けた。

「毎回こちらの不手際で不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが、先日もお伝えした通りレシートをお持ち頂かないと、商品の交換や返金はできないことになっております」

 神上が深々と頭を下げると工藤は納得のいかない様子で再び何かを紙に記していった。手の動きから察するに数字のようだった。恐らくまた件の霊園の番号でなかろうか。だが工藤がそれを最後まで書ききる前に神上は顔を上げ「ですが」と話しを続けた。工藤の手が止まる。神上は周囲の客に配慮するように様子を窺うと、工藤の目を見てゆっくりと口を開いた。

「私個人の気持ちとしましては、なんとか対応をさせて頂きたく思います。これは私の想像なのですが、いつもお持ち帰り頂いている商品を召し上がっているのは、ご家族かお知り合いの方、ですよね」

 神上の言葉に工藤の反応が変化した。神上の目を力強く見つめ、小刻みに頷きを繰り返した。

「ですので、本日は私が商品を購入しまして工藤様にお持ち帰り頂こうと思うのですが、いかがでしょう」

 工藤が困惑の表情を見せた。今まで幾度となく詐欺行為を繰り返してきただろうが、このような提案をされたことはまずなかっただろう。その心情の変化を見逃さず、神上はさらに続けた。

「ですが、一つお願いがございます。私もご迷惑をおかけしてしまったお客様に直接謝罪をしたいという気持ちですので、商品を持ってご一緒させて頂きたいのですが」

 工藤が唖然とした表情で神上と目を合わせたまま静止した。何かが変わり始めている。工藤の人生に一歩踏み込んだ神上が、何かを動かそうとしている。香苗は立ち尽くしている自分にスタッフや客の視線が注がれていることにも気づかず、固唾をのんで二人のやり取りを見守った。神上がゆっくりと立ち上がり、工藤に片手を差し伸べた。

「今日は大切な日ですよね。行きましょう。旦那様の、居る所へ」

 少しの間を置いて、工藤は神上の手にそっと自身の右手を重ねると、小さく頷いてゆっくりとイスから立ち上がった。

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