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十七時の退勤時刻を迎え、疲労困憊の体を引きずってタイムカードを打刻すると、神上が口先を尖らせながら香苗に近づいてきた。怒っている、というわけではなさそうだが何か言いたげな雰囲気を全身から醸し出していた。
「お疲れ様です……」
そう言って素早く更衣室に籠ろうとする香苗の前に神上が立ちふさがった。距離が近い。
「天野さん、知ってたんだよね」
そう言って神上は工藤光代が書き残した電話番号の記されたメモをひらひらと香苗の目の前でちらつかせた。
「ま、まあ……。電話、かけてみました?」
「かけた。びっくりだね。ちょっとぞっとした」
「ですよね……」
「まさか霊園の電話番号とはね。どうして先に教えてくれなかったのさ」
神上が香苗に顔をぐっと近づけて答えを迫った。香苗は背筋の力だけで体をのけ反らせて神上から距離を取る。
「す、すみません。ちょっと驚かせたくって……」
苦笑いで対応する香苗から、神上は鼻で溜息をもらすと距離を置いた。
「駅前からバスで四十分くらい行ったところにある霊園だそうだね。話しを聞いたら、あのお婆ちゃんは至るところで詐欺まがいのことを働いているそうで、連絡先はいつもこの霊園の番号を残して行くんだそうだ」
「そんな話しまで、聞いたんですか」
前任の店長は、電話が霊園につながった途端「失礼しました。間違えました」で終わっていたのを香苗は覚えていた。個人の家だと思ってかけた電話で開口一番「霊園です」という単語が飛び出たなら焦って電話を切りたくなるのも頷ける。番号を記していった相手が齢九十になろうと思われる老婆という先行情報も、恐怖を煽るには十分な布石といえる。
「うん。ついでに面白い話しもいろいろね」
「何ですか? 面白い話しって」
香苗が聞き返すと、神上は不敵な笑みを浮かべて「ふふん」と鼻歌まじりに香苗の顔と手にしたメモを交互に見た。
「気になる?」
「はい。気になります」
「天野さん、今度の土曜日オフだよね」
「はい。それが何か」
「行ってみる?ここ」
神上はそう言いながらメモ用紙を指さした。よく見ると電話番号の下に、神上の字で霊園の名前と住所、電話対応した人物らしき名前が記されていた。
「え? 行くんですか! 一緒にですか?」
何故そんな話しになってしまったのか。香苗は混乱する頭で今日の出来事を反芻した。誤算は二つ。一つはこの神上という新任店長をちょっとからかってやろうと思った悪戯心。もう一つは神上という人物の性格を全く理解できていなかったこと。
「気になるんでしょ? あのお婆ちゃんが、なんで詐欺なんてやってるのか」
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