ラヂヲ・スタアは何故死んだ?

 店主は箱を開けた。開けるなり、ヒュウ、と高い口笛を吹いた。


「驚いたね。純正品じゃないか、今時。嬉しいねぇ、こりゃ」


 トレヴァは、店主の手の中でY字ドライバがクルクルと回るのよりも、店内のごった返しに心を奪われていた。押入 クローゼットと屋根裏部屋と階差機関エンジンの中身を全部混ぜれば、おんなじ具合になりそうな部屋だった。東洋風オリエンタルな薬箪笥から歯車ギアやネジがこぼれ落ち、天球儀にはコルク抜きが刺さっている。ワイン箱を流用した棚には、形も大きさも様々な真空管が押し込められている。作業机は、何に使うかよく分からない工具ツール や設計図の海の中だ。そうした雑貨ジャンクの隙間から、商店街の催し物のポスターや、『特注スペシャルの真空管、ご用意いたします(※合法リーガルです!)』といった張り紙が顔を覗かせていた。都会タウン特有の胡散臭さが、トレヴァを引きつけていた。


「――どこって言ってたけか、お兄さん」

「え?」

「出身だよ。出稼ぎだろ?」

「あぁ……ダーラムだよ」


 今も雪が残っているであろう故郷を思い起こす。牛の匂いと、星空だけが自慢の雪深い場所を。


「ほ! 随分と北だァ! なるほどねェ。あっちにゃまだまだ掘り出し物があるんだろうなァ」

「ド田舎、ですからね」


 だからこそ、閑農期の間に勉学に励み、街へ出たのだ。僅か3シリングの日当と、都会タウンの喧噪さを求めて。


「古い物しか無いんですよ」


 トレヴァは若かった。だからこそ、都会タウンに来たのだ。粗末な荷物に、『箱』だけを宝物として詰め込んで。別にアテがあった訳でもコネがあった訳でも無い、この街に。


「ソレがイイんだヨ。こんな純正の星間電音箱アステロイド・ラヂヲなんざ、こっちじゃお見限りヨ? ほれ、この音!」

 カチリ、カチリとスイッチが音を立てる。それを合図に、いつもだったら音楽ミュージックを奏ではじめるはずのボロボロの木箱は、未だに沈黙を保ったままだ。3日も前から、ずっと。


「ふむ――スイッチ系じゃない、と。となると、タマかな……」

「タマ?」

「真空管のコトさ。オジチャン達プロはそー呼ぶのヨ。ちょっと雑音ノイズが出るから耳塞いでな――」


 店主は計測器テスターの針を真空管当て、壁に据え付けた装置のダイヤルを回す。途端、ブウンと巨大な音と共に、閃光と振動が店内に拡がった。


「壊さないでくださいよ」


 瞼をパチパチと言わせながら、トレヴァは店主に文句をつけた。開拓民だった曾祖父さんからの形見なのだ。それも店主の言葉が確かなら、純正品の値打レア物。壊されてしまってはたまらない。


「そんなお間抜けしないサ。オジチャン、プロだから。それに、この程度で壊れるようじゃそのタマは偽物コピーってコトだし――さて、タマぁ、増幅 アンプ整流 コンバータも正常か……となると――お兄ちゃん、ちょいと手伝って」

「え?」

「タマを片づけないとナ。小さい部品パーツを扱うときは――」


 悪びれもしない店主の声に従うままに、作業机の上を片づけていく。どうやら、設計図と工具の海の下は、胡桃ウォルナッツの一枚板だったらしい。綺麗な木目が、数世紀ぶりに世間の衆目に触れたようだ。その中央に、ポツンと箱がある。教会チャーチの中の聖柩アークと同じような恰好で。ちょっとした儀式セレモニーが始まりそうな具合だった。


「よい……せっと。あぁ、やっぱりコイツ、かな?」


 店主が、その聖柩アークら仰々しく人差し指と親指で取り出した立方体 キューブは、弱いながらも深い藍色インディゴの光を放っていた。


「何です、これ?」

星石ジェムだヨ、コレが」

「ジェム?」

「何だイ。知らないのかイ。ま、時代かなァ……」


 店主は、呆れた顔でドライバを教師の差棒のように振り回した。


「コイツがナ、本当は彩度たっぷりで輝いてだナ、星の声を拾うのヨ」

「あぁ、空中線アンテナのことですか?」


 トレヴァがそう聞くと、店主はチッ、チッとドライバを横に振った。


「それ以上の代物サ。星の片割れだからナ。親星ラヂヲ・スタアの写し身同然よ」


 ま、こんだけ小さいし、増幅アンプのタマが必要なんだが、と店主は続けた。


「ま、百聞は、ってヤツだ。ちょいと繋いでみよう」


 ゴソゴソと作業机の下から店主が取り出したのは、いくつもの真空管と歯車 ギア配線ケーブルがむき出しの、奇妙な椅子のように見える代物だった。


業務プロフェッショナル用でナ」


 聞いてもいないのに、店主はそう言って自慢気に、髭の中から歯を覗かせた。少しだけ、黄ばんでいる。


「はぁ……」


 パチンパチンと装置の留錠ロックが外れる音がした後で、店主はまた星石ジェムとやらをゆっくりとつまみ上げ、装置の一番てっぺんに据え付けた。


「さて、どうなるか……よっと」


 店主が、トグルスイッチを傾けたと同時に、星石ジェムが光を取り戻す。そして、部屋の中の空気が急激に膨れ上がった。


「わ……」


 音。音楽ミュージックの洪水だった。

 水の中から、泡が立ち上る高音ソプラノ

 火山の噴火にも似た基調ベース鼓動リズム

 雷鳴のように轟く拍動ビート

 吹き抜ける風のような主旋律メロディーライン

 雑多な鳴き声の和声ハーモニー


 いくつもの音が途切れなく、混成曲メドレーのように続いていく。

 ときに激しく、ときに優しく。曲調こそは入れ替わるが、美しさは変わらない。

 

 店内のあちこちの真空管が、共鳴するように共に歌い、星石は一層輝きを増す。音楽はやがて最高潮を迎えて、始まったと同じように、唐突に終わった。素人のトレヴァでも、何となく、見当がつく終わり方だった。「電球の線条フィラメントが切れる直前に一際大きく輝くようなものだ」、と。


「ふーむ、どうやら、やっぱ死にかけだったんだナ。親星ラヂヲ・スタアが」

「……で、今、死んだと?」


 最後までカタカタと共振していた真空管が止まると、部屋の空気が、萎んでいくようだった。壁にかかった柱時計によると、3分も経っていない。それが、幾千、幾億もの時間であったかのように感じる。それほど濃密なひと時だった。トレヴァは、自身の体の芯が未だに震えているのに気付いた。


「そ。貴重だゼ? 星の死ぬのを聞けたんだ」

「そっか、死んじゃったんだ……」


 不思議と、トレヴァは悲しくなかった。星石ジェムの、いや、親星ラヂヲ・スタアの最期のラストソングを聞いたという高揚感のまま、どこかボゥっと惚けていた。


「どの星だろうなァ。瓦斯ユピテル型でも氷岩ウラヌス型でも無ェし……」


 そんなトレヴァを横に、店主は分厚い辞典ペディアのような製品台帳カタログと束になった星図チャートを引っ張り出して、星石ジェムに掘られた銘を確認していた。


「ふーん、星図チャートの方にゃ無ェ、てコトぁ大分と遠い星だナ」

「どこです?」


 店主は、型番と製品名が並んだ台帳をトレヴァに差しだし、該当個所を指さした。岩石マルス型の一覧ページだった。


「『地球ガイア』、だってよ。聞いたことあるかイ?」

「いえ、全く」

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