勝手な話あるいはバイオサーディン(株)工場跡潜入レポ
どいつもこいつも、結局『自分勝手』なんだ、と俺はそう思う。
もちろん、自己紹介もせずに、こんなこと急に言いだす俺自身も含めてだ。
俺?俺は、猫だ。
てなことを語りだすと、だ。お前さん方、『名はまだない』と続くと思うんだってね?そういうのが自分勝手だというんだ。
おあいにく様。名前なんていくらでもあったさ。フラッフィーにフィリックス。エトワールにミィにトムってな。
だが、俺としちゃ名前なんざどうでも良いんだ。自分が呼ばれたのかどうかさえ分かれば。
勝手と思うかい? いや、それはお前さん達の方だろう。
好き勝手にコッチを色々呼びやがってさ。どれが本当の名前だか分かりゃしない。
おまけに、そのことに、僭越ながら抗議の一つもお申し付けさせて頂いたときだって、だぜ?
「おやおや、ミィちゃん。どしたの~? お腹、すいちゃった?」だの、
「なんだよ、フィリックス。遊びなら無理だぞ。こちとら仕事中! お前さんも戻った戻った!」だの、
とにかく、こっちの話を聞こうとしやしねぇ。
好きでニャーニャー言ってるんじゃねぇってのにさ。
勝手で不公平と思わないかい?アッチの言うことは分かるのに、コッチのことは聞きもしないってのはさ。
イヤんなって、俺はしばらく前から、一声も鳴いてやるもんかと心に決めた。
勝手だと思うかい? いいんだよ、俺のは自覚してる自分勝手さだからさ。
お前さん方のは自覚してない自分勝手さだ。だからダメなんだと、俺は思うのよ。まぁ、俺の勝手な意見だろうがね。
そう、そんな自分勝手なヤツにこの間、また一人会っちまったのよ。
あれは、夜になるかならないか、てな時間帯だった。
俺が、日課の見廻りに出ようって時間だ。
突如、眩いばかりの光が、俺を包んだ。稲光か、お日様とやらが落っこちてきたのかと思うような、強くて白い光が。
「おや、おや、こんなところに可愛らしいのが」
光の野郎はそう言った。だんだんと、目が慣れて来る頃には、光の野郎には足が生えていて、その手が俺に向かって伸びてきた。
咄嗟のことに、俺は避けることもできずに、なすがまま、光の野郎の頭んところまで抱え上げられた。
「こんばんは、おチビさん。一人かい?」
謝りもせず、光の野郎はそう言った。
よくよく見ると、ヘンテコな頭の形といい、二足なんざ不安定な立ち方してるところといい、お前さん方の一味らしい。
まったく、だから勝手と言うんだ。驚かしておいて、謝りもせずに、イキナリこっちを『おチビさん』呼ばわりだ。
「僕はジャーナリストでね。この『廃墟』を取材しているんだ。少し、邪魔をするよ」
本当に、勝手だ。他のヤツの巣にまで出かけてきて、断りもなく邪魔をする。どういう神経してんだか。
大体、ここは『廃墟』なんて名前じゃない。確かに、カビも生えたし、あちこちガタは来てるけどな。お前さん方が決めた名前ぐらいちゃんと覚えて欲しいもんだ。
『バイオサーディン株式会社コロニー近在型工場第三号』。まぁ、俺が呼ぶことは無いから別に良いんだけどさ。
「あぁ、ここは所長室だったんだね。じゃぁはじめるかな――≪取材日誌、十八時三十分。かつてバイオサーディンは夢の食材として……≫」
お前さん方の勝手さがまた出た、と思ったよ。俺は。
俺に話しかけていた、と思えば、今度は、腰元の袋に隠し持ってた妙ちきりんな箱みたいなのにしゃべりだした。
「≪……高タンパクであるに関わらず、悪玉コレステロールを完全に除去すると言われたDHA-εを含み……≫」
俺のねぐらである、他よりちょっと立派な部屋を勝手に歩き回り、延々と一人で勝手にしゃべりながら、ときおり『フラッシュ』とかいう光る武器を振り回す。
まったく、勝手にも程がある。
「――うん。まぁ、ここではこのぐらいかな……あ、そうだ、それは良い考えだ」
そして極め付けは、これだ。
ずっと抱きっぱなしにしていた俺を降ろすことなく、そのまま抱えて、お前さん方が言うところの『所長室』を出やがったんだ。
「写真に華が欲しいときには、映ってもらおう。ロゴマークと同じ黒猫だしね」
そう言って、俺の喉元を、そいつはくすぐりやがった。
実に勝手だ。勝手で暴慢だ。
「≪……夕暮れ時の、薄暗い廊下を、僕は歩く。かつては勤勉な工員達が忙しく歩き回っていたこの場所を……≫」
そうして、また例の箱に向かって、勝手にしゃべりだす。
勝手な想像のおまけつきで。
この辺りを忙しく歩き回っていたのは『経営陣』とか言う名の、口調は丁寧だが、俺に餌の一つもやらないケチな上に怠惰な糞野郎共だというのに。
「≪……基準値を大きく上回るハイドロモノキサイドが検出されたと発表されるまで、この工場は、この町は世界の胃袋を……≫」
そうして、こいつは勝手に俺の縄張りを蹂躙して回った。
自分勝手な想像や、自分勝手な意見を言いながら。
例えば、こんな具合だ。
「≪大型の発動機。工場の動力源だろうか。きっと何人もの男達が汗をかきながら動かしていたに違いない≫」
大外れ。そいつは『変電装置』とかいう代物で、自動化していた上に一人だけいた作業者は女だった。
その女は、猫には優しかったから、ときどきここまで来ては、カリカリしたエサを頂戴しに来たもんだった。
今じゃ、女の座ってた椅子ってのもボロボロだし、変電装置ってのも蜘蛛の野郎が縄張りめかして巣を張ってるがな。
こんなのもあった。
「ここは――ははぁ。工員の子供のための学校、か。さぞかしみんな、笑顔で学んでいたんだろうね」
またも外れ、だ。学校っつうのは、間違っちゃいないんだろうがさ、『笑顔』ってのが嘘っぱちだ。
宿題が出たといっては腐ったイワシみてぇな目をしてたし、親の迎えが遅いといっては泣きわめいてたぜ?
あとは、ここらから、人っ子共が一人たりともいなくなる前にゃぁ、深刻な顔した大人共が雁首突き合わせて喚きあってたな。
今じゃぁ、バラバラになった机とクレヨンが散らばってるだけで、そんなことも分からねぇだろうけどさ。
他にもある。
「お、こんな所にバイオサーディンの缶詰がまだ……賞味期限は流石にもう過ぎてるね。君も、食べたことあるかい?」
半笑いでめかしこみ、勝手に言いやがったが、冗談じゃない。俺が、その缶詰ってのを食う?
どうやってだ。この人間野郎が。まったく、人間共は勝手だ。そのままで十分美味いバイオサーディンを、なんでそんな殻ん中にブチ込むんだか。
俺の爪じゃそいつのツルツルしたハラワタは掴めないし、俺の牙じゃそいつの喉笛を食いちぎれない。
俺達、猫のことをまったく考えて無い、外道も良いところの自分勝手さだ。
おかげで、俺は、お前さん方がここらから勝手にいなくなってから、一度もバイオサーディンのあのテラテラした脂を味わってない。
人間共は本当に勝手だ。輪をかけて、俺を抱えてアレやコレやを一人しゃべりまくる、この野郎はさらに勝手だった。
バイオサーディンが泳いでた水たまりに辿りついたときのことだ。
「≪……バイオサーディンの養育槽には、もはや何も泳いでいない。時間が乾かしたのだろう、水はもうほとんど無い――≫」
時間だけじゃねぇよ。マヌケが。水を減らすのに、どれだけ俺が苦労したと思う?
チマチマ、チロチロ飲んでやったんだ。別に水分が欲しかったわけじゃないがな。
さもなきゃ、ふやけちまうほど、ここの水にこだわりに通わないさ。
まぁ、俺なりの、自分勝手な理由があったのさ。
「≪――そう、あの魚達の姿はもうどこにも……≫ おや?なんだ、あの汚い……ボール?」
汚い、ときた。実に失礼だ。俺の『エモノ』に対して何たる勝手な言い草だ。
そう、アレは俺のエモノだ。缶詰なんかより、ずっと噛みごたえも、襲いがいもある食い物だ。
バイオサーディンの匂いが染みついて、そいつが、またたまらない。
おまけに、あの丸っこさ。俺が爪を立てると、器用に逃げていく。
どこまでも、どこまでも。ネズミみたいにすばしっこく。
そんな所が、俺の狩猟本能を、文字の通りに駆り立てるってぇわけだ。
ある日、そいつは俺の手を逃れて、水の中に逃げ込みやがった。俺が水に潜れないのを見越して。まったく、イカれてイカした野郎だと、敵ながら思ったね。
それから、俺はコイツと睨みあいを続けてるわけだ。根競べってヤツだな。まぁ、俺が勝手に決めた勝負なんだが。
だが、もうそれも終わりに近い。俺が水を飲み続けてやったから、もうそろそろ、ヤツの足下も干上がるだろうさ。そしたら、あいつに噛みついてやるんだ。
そんな、俺がここに居続けて、俺が水を飲み続ける理由に、ケチをつけるのは許せない、と一声上げてやろうかと思った。
思っただけにしといてやったのは、例のお前さん方の勝手さのせいだ。
どうせ『腹が減った』とか『遊んでほしい』とか思われるだけだ。
そういうのが癪なんで、ここは俺が大人んなって黙っておいてやることにしておいた。
「うーん……画的に……邪魔、だな。よいしょっと……」
そうしたら、だ。俺が黙ってるのを良いことに、だぜ?
勝手極まりない人間は、勝手極まりきって、俺のエモノを、放り投げやがった!
チャポン、と暗闇の向こうで、水の音がする。
隅っこの方の、別のバイオサーディンが泳いでいた水たまりに落ちたらしい。
俺があまりの所業に唖然としているのを知ってか知らずか、お勝手糞野郎がパチリとまた、『フラッシュ』を振り回す。
「うん。流石にボールは今回の趣旨には合わないからね。余計な情報は省いた方が説得力が出る」
余計なのはお前自身だ、と抗議しようとした。
暴れに暴れて、こいつの腕に噛みついてやろうかとも思ったほどだ。
だが、それはできなかった。そいつがしっかりと俺を抱え込んでいて、体勢を変えることができなかったからな。
「――さて、今日の取材はこんなところかな。君がいた場所はここだね、っと……」
元来た所に戻って、勝手に俺を連れ回ったそいつは、そう言って俺をまた勝手に俺を離した。
ふざけるな。俺のエモノを返せ。
「しかしまぁ、キミみたいな可愛いのを残していくとは、よほど余裕が無かったんだね。ここの従業員たちは……」
また勝手なことをぬかしやがる。俺が勝手に残ってるんだ。俺のエモノのために。
それだけのために、長い時間をかけて――
「もう一枚、いいかな? 廃墟に残された、ぬいぐるみ。うん。絵になるね」
そう言って、そいつはまた勝手に俺にフラッシュを向けた。
誰がぬいぐるみだ。また勝手なことを。俺は猫だ。七度生まれ変わるというあの猫だ。百万回生まれ変わった同輩もいる、あの猫だ。
今はたまたま生まれ変わる先が無かったせいで、仕方なしにこんな格好だがな。
だが、あと、もうちょっとだったんだ。
あともうちょっとで俺のエモノは、この体でも手の届く範囲にたどり着くはずだったんだ。
それをコイツが勝手に放り投げやがった。全く、人間というのは勝手な生き物だ。
「でも、安心しなよ。例のハイドロモノキサイド騒ぎも、ライバル会社の流した風評と分かってきたことだし。その内、ここにまた人間が戻ってくる日が来るさ」
冗談じゃない。お前らの勝手で俺をおいて、俺が生まれ変わる先であるはずの、他の猫達すら連れて行っちまったくせに、今更どの面下げて戻ってくる気だ。
俺は、俺の勝手でここで過ごしているんだ。お前らも、お前らの勝手さを自覚して、俺に迷惑をかけるな。
「それじゃぁ、明日は荒廃したかつての企業城下町を見て回ろう。君とはここでお別れだ。さようなら」
勝手なその男は、最後まで自分勝手なまんまスタコラと帰りやがった。
俺は、腹立たしい気持ちのまんま、あのエモノをどうやって自分の元に引き寄せるかを考えていた。
こんな動きにくい体で、また、あの勝手すぎる人間たちが戻ってくるまでに何とかしなきゃぁならない。
いや、いっそ、猫達も一緒に戻ってくるのを待ってもいいかもしれない。そうすれば、腹に俺の生まれ変わる先を抱えた母猫が一匹ぐらいはいるだろう。
そうすりゃ自由にあのエモノに齧りつくことができるってものさ。そうだ、それが良い。
新たな計画に満足しながら、俺はまた眠りにつくことにした。
勝手な計画、だって? どうせ、みんな勝手なんだ。俺は、自覚した勝手さだがな。
お前さん方は、どうだい? 答えはいらないさ。勝手に考えてくれ。
俺は、寝るとする。
おやすみ……
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